第18話
「トオン団長! お越しになられたのですね!」
声のした先には想像通り、小柄な少女の姿があった。
「いかにも。拙者がミナノの自警団団長、トオン・ムラマサである。ヤゴウ副団長、状況を説明せよ」
それは良く響く芯のある声だった。腰に刀を差し、仁王立ちする少女は自らをトオンと名乗り話を続ける。あれがユーリの言っていた、曲がったことが大っ嫌いな自警団の団長か。
「先ほどの連絡では状況がいまいちつかめなかったのでな。もし此度の相手が人心を忘れし巨悪であれば、ためらうことなく斬る」
彼女を一口に言い表すなら『侍』というのが適当だろう。日本刀の様なものを帯刀し、膝下まで伸びる鮮やかな黒髪を一つにまとめる姿はどこか禁欲的だ。うちの入居者達とも比べて細身に見えるのも、その印象に拍車をかけていると思われる。
「はい。金に困った魔人族による強盗かと思われます。老人の腹部を殴打し、持っていた金品を強奪しようとしたところを自分が制止にかかった次第でございます。このネックレスも恐らくどこかの店から奪った品かと思います」
出鱈目な証言だ、俺の腹の中で怒りがマグマのようにぐつぐつと沸く。
「承知した。ちなみにヤゴウ、おぬしは犯行の様子はその目で見ていた訳だな? 実際に魔人族の娘が老婆に襲い掛かったのを目にした、という認識で相違ないだろうか」
トオンの問いにヤゴウは一瞬、間をあけたが、
「──はい。実際にこの目で見た事実です」
と答えた。
「嘘つくんじゃねえ!」
あまりに荒唐無稽な証言だったので、抗議の声をあげるも、
「ふん、薄汚い魔人族とその仲間の話など誰が聞くか。ですよね、トオン団長?」
鼻で笑い、ヤゴウは一顧だにしない。
「ヤゴウ、言葉が過ぎるぞ。魔人族は拙者たちと同じ人間である」
「自分は認めてません。しょせんはヒトによく似たケダモノに過ぎませんよ」
「ケダモノだと? お前、よくもそんな事を!」
我慢出来ずに声を上げる俺を、アイネが制止する。
「やめい、エニシよ。冷静でいろといったのは貴様の方じゃろう。これではあべこべではないか」
「でも、あんなこと言われて黙ってられるかよ! 同じ人間なのに酷いじゃねえか、お前はなんとも思わないのかよ!」
怒りに身を任せてアイネに向き直ると、彼女は今までに見せた事のない、笑顔を見せていた。
「なんとも思わないのか、じゃと?」
それは怒りや悲しみを乗り越えた先、諦観から生まれた儚い笑顔だった。
「もう、慣れたわ」
「な……!」
卑屈な笑みだった。おおよそ人間が浮かべるべきではない、もの悲しい笑顔だ。
さっき町を歩いていた時、ひそひそと噂話をしていた男達に対し噛みつかなかったアイネを見て、俺は彼女を強い女性だと思った。だが違う。アイネが人と争わなかった本質的な理由は、彼女の守るべき尊厳などとっくに踏みつぶされていたからだ。
「国を滅ぼされ十年。色んな目に遭った。優しく手を差し伸べた者もいれば、口に出せぬような悪逆を働く者もおった。そんなものにいちいち腹を立てていては生きていけぬのじゃ」
アイネは力なく笑う。
「『これは当たり前のことなのだ』と自分自身に信じ込ませて生きていくのじゃ。人生とは、世界とはそうやってやり過ごすものなのじゃよ──」
「人に悪意を向けられるのが当たり前だと? ふざけるな! そんな世界、こっちから願い下げだ!」
話している間にもトオンが刀を抜き、こちらに迫ってくるのが見えた。スキル『鑑定』の結果、彼女はレベル52。かなりの手練れではあるが、俺の障害にはなりえない。
俺にとっての初めて『ユニークスキル』持ちの相手との戦いになるが、これもまた俺の障害にはなりえない。
そもそもこの場において俺が戦わなければいけない障害はたった一つしかない。
「俺が戦うべきなのはそこにいるトオンでもヤゴウでもねえ!」
「ほう? ではおぬしはなにと戦うつもりだ?」
こちらの眼前に迫ったトオンが刀を振り上げて告げる。冷たい言葉と刃が見える。心まで冷え切っていないことを心から祈る。
「妄想だよ。お前達が抱いている馬鹿馬鹿しい妄想こそが俺の敵だ」
アイネの抱く『人に悪意を向けられるのが当たり前だ』と思う妄想。
ヤゴウの抱く『魔人族は悪人だ』と思う妄想。
トオンの抱く『自分の部下や仲間は嘘をつかない』と思う妄想。
なんて下らない障害だろう。だが、もっとも打ち破るのが難しい相手と言っても過言ではないだろう。
「言ってる意味は分からんが。ではそのバカバカしい妄想に囚われた者が振るう刃に対し、おぬしはどう反応する?」
「別に、どうもしないさ」
頭上から振り下ろされる刀を見据え、俺はそう返事をした。トオンには手心を加える意図はあるらしく、峰打ちだった。
「──なん、だと?」
彼女としては会心の一撃が入ったはずだろう。確かにこちらの首筋に打ち込まれたのは普通の人間だったら昏倒必至の打撃だった。俺が相手じゃ無ければの話だが。
「トオン。お前じゃ俺には勝てねえよ」
あえて俺は威圧する様に告げる。これでトオンの闘志を削げると思ったからだ。しかし、彼女は予想外な事に困惑しつつも確かな笑みを作った。
「……素晴らしいな。峰打ちといえど拙者の一刀を受け、倒れないとは」
彼女はむしろ戦意をこれでもかという程にたぎらせ始めた。まるで欲しかったものをプレゼントしてもらった子供のように、目がらんらんと輝いている。
「困った。おぬしと本気で殺し合いたくなってきた」
言いながらトオンは再度、刀の切先をこちらへ向ける。争いはまだ続くようだ。




