第17話
「待ってくれ。多分、誤解を──」
努めて冷静に事情を説明しようとするも男の怒声でさえぎられてしまう。
「黙れ! 妙な真似をするな!」
男は背に帯びていた弓矢をこちらに向け、警告する。
「あ、怪しい動きをしたら撃つぞ!」
その声には怯えの色が見えた。なぜ? 不審者とはいえこちらは丸腰なことは相手も分かるはずなのに。
「そうか……」
男の視線がアイネに向いているのを見て、俺は状況を理解した。そうか、一般市民にとっては魔人族はたとえ素手であっても十分すぎる脅威だ。
「おいおい、勘違いするでない。我はこの薬をじゃな──」
「しゃべるなと言っている! こちらヤゴウ! 魔人族の女と妙な男が老婆に襲い掛かっている! 見たところ強盗目的のようだ、反抗的な態度をしていて、俺一人では手に余る! 応援を頼む!」
男が弓を引き絞りながら自身の胸部へ話しかけている。きっと通信機のような魔道具を介して仲間へ応援を要請しているのだ。自警団のヤゴウといえば、魔人族に対してあまり良い印象を抱いてないっていう、あのヤゴウか?
状況は膠着し、それから数分経過したところで数人の自警団の仲間が集まって来た。まずいな。
「アイネ。絶対に反抗するなよ、もしそんなことしたら本格的に町の人間を敵に回すことになっちまう」
「我も馬鹿ではない。人間共の狡猾さは身に染みておるわ」
話している内にうずくまっていた老婆の病状が悪化し、白目をむいて嘔吐をし始めた。
「ちぃ、じゃがこのままではこの女の命がもたぬぞ──」
「そこの魔人族の女と男! 両手を上げて女性から離れるんだ!」
まるでこちらの心境を読み取ったかのように自警団から指示が飛んでくる。俺もアイネもそれに素直に従う事にする。
「おばあさん、大丈夫ですか? もう大丈夫ですよ!」
集まった自警団の内、一人の男が老婆にかけよる。
「ちがう……その人達は……あいたたた」
「無理に喋らなくていいですよ! すぐ近くの病院に連れて行きますからね!」
男は老婆の発言を遮り、俺たちの元から担ぎ去っていく、彼女の安否も心配だが、今は自分たちのことで手いっぱいだ。
「ヤゴウ副団長。あのご老人ですが、北区に住むウェンディ家の方だそうです」
部下らしき男の言葉に、ヤゴウはうなずく。
「この町、有数の名家だな。おそらく彼女を狙った計画的な犯行だろう。ふっ、だが稚拙な計画が仇になったようだな。──団長はまだお越しにならないのか?」
ヤゴウの頭の中では既にこちらが悪人であることは決定事項らしい。客観的に見てもこのままじゃ本格的にまずい。
「頼む。話を聞いてくれ! 俺達は強盗なんかじゃないんだ!」
「さあて、それを決めるのはお前たちではない。──全体、弓、構え!」
周囲の仲間に指示を飛ばしたヤゴウは、ニヤニヤと品の悪い笑顔を浮かべながらこちらへと歩み寄ってくる。自身が圧倒的な正義であると思い込んだ者の歩みだ。その傲慢さは彼の発言にすら漏れ出ていた。
「女、残念だったな。よりにもよってこのヤゴウに犯行の現場を押さえられるとはな。ん? どうだ、悔しいだろう?」
「……ふん」
安い挑発にはのらん、そう言いたげにアイネはぷいと視線を反らした。だが、それが彼のカンに障ったのだろう。衝動に任せてヤゴウがアイネの肩につかみかかる。
「魔人族風情が! ナメた態度をとりやがって!」
「我の服に触るでない!」
「なにぃ?」
アイネの鋭い声にたじろいだヤゴウだったが、すぐさま笑みを浮かべ、
「おお。もしやこの服、盗品か? そのネックレスも随分高価なものに見えるぞ。こちらで預かるとしよう」
「違う! これはエニシが……エニシが我に買ってくれたものじゃ!」
強引にネックレスを奪おうとするヤゴウに反抗するアイネ。人間相手という事で彼女が手加減をしているのは分かるが、非常にまずい。
「ヤゴウ副団長危険です! 離れてください!」
周囲は弓を構えた自警団に囲まれている。こうなったら仕方がない。
「アイネ。そのネックレスのことは良い! 渡してやれ!」
「そんな、せっかく貴様が買ってくれたのに!」
「ものなんていつでも買い直せる! 俺にとってはお前の方が大事なんだよ!」
「……くそ」
しぶしぶ、といった様子で抵抗をやめるアイネ。
「おい、ネックレスだけで何を安心したようにしているんだ? その服も盗品の疑いがあると言っただろう? さあ、それも脱いでこちらに渡せ」
何を言ってるんだ? こいつは。
「邪神より生まれた魔人族は獣も同然。羞恥心など持ち合わせてないだろう?」
「──!」
俺が怒りに任せ、ヤゴウに掴みかかろうとした直後、
「すまない、少しばかり待たせてしまった。なにぶん、この辺りは道が複雑でな」
俺たちの背後から風と共にそんな声が響いた。若い、十代の少女の声だった。




