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第16話

 そろそろ焼肉の準備も出来てるだろうということで、俺達はユイノ荘へと帰る事にした。


「せっかくエニシに買ってもらった服じゃものな。肉を食う前に一度着替えるとしよう。肉は理性を失って食すべきものだ──うん?」


 聞くべきではないだろう、と心のどこかで思いながらも俺はアイネの袖をつかみ尋ねてしまった。


「出来れば、聞かせてくれないか。魔人族の歴史を」


 びくり、と彼女の方が震えた、様な気がした。ゆっくりとアイネは振り返って、こちらを見た。彼女からすればせっかく良い気分だったのに、と水を差された心地だろう。


「まあ、大した話でもないからのう。それにこんな話、その辺の子供ですら知っていることであるからな。うむ、話してやろう」


 彼女が口にしたのはダイタニアと言いう大陸の成り立ちだった。男女一対の神が現れ幾度も世界を作り直した。だがどうあがいても人々は争いを起こす為、神々は全ての大陸をたった一つにまとめてしまったという。


 こうして現在のダイタニア大陸が生まれたのだが、問題が一つ生まれたのだという。


「一対の神々の内、男の方がのう。正気を失ってしまったのじゃ。そして無辜の民の殺戮し始めたのじゃよ」


「物騒な神話だな。それに神様って完全無欠な存在だろ? だったらそんな訳わかんないことをするはずないんじゃないか?」


「神と言えど感情を持つものなら、そういうときもあるじゃろう。それともエニシのいた世界の神は皆、正気を失ったりせぬのか?」


 こう聞かれると俺も引き下がるしかない。忘れちゃいけないがここは異世界なので、自分の常識が通じない神話があっても不思議はないだろう。


「俺が知る限りはそうだな」


「ほう、ならエニシのいた世界はきっとこの世界よりもずっと安全で、争いのない場所だったのじゃろうな」


 アイネは心の底からうらやむようにそう呟く。


「さて、話を戻すとじゃな。正気を失った神によってこの大陸から全ての命が失われるか、となった所でようやく女の神によって男は封印されたのじゃが」


 しかし、その後が悪かったらしい。男の神は封印される寸前の所で、世界に呪いを振りまいたのだ。自分の代わりに世界を滅びへと導く『種』を蒔いたのだろいう。


 その『種』は文字通り、人をくらう凶暴な植物の種子であったり、暴力を至上の快楽と感じる民族であったり、多種多様な形態をしていたという。


「神話によればその振りまかれた『種』の一つが我が魔人族の先祖なのじゃ。ゆえに最近まで魔人族は、その他の人間どもと異なった種族、つまり『動物』として捉えられていたのじゃ。しょせんはただの昔話でしかないが、今でも信心深い者の間では、魔人族は世界を滅ぼす種族ではないかと恐れられておる」


「そんな……神話か何か知らんが、そんなもんのせいで理不尽な目に遭わされるなんて──」


「そうじゃな。お陰で我らの国……やつらは『巣』と呼んでいたな、とにかくそれは滅ぼされて我も故郷を離れることとなってしまった。一族の安否はまるで分らず、頼りになるのはこれだけじゃ」


 彼女の視線の先には、いつも左人差し指につけている指輪があった。簡素な作りだが、美しい蒼の宝石が嵌っているのが見えた。そのまま何かを語ろうとした彼女の言葉を俺はじっと待つつもりだったのだが、



「やめじゃ。こんな湿ったい話、するのではなかったな。せっかくの焼き肉が待っているのだ、もっと明るい話をするとしよう。ということでエニシよ、何でも良いから話せ」


 明るい顔を見せ、そう告げるアイネだった。


 無茶ぶりを、と思ったがむしろこれは、深刻な顔をしてしまっていた俺に対しての彼女なりの気遣いなのだろう。だから俺もその気持ちに応えるべく、あえて何でもない体で話をしてやることにした。


「しょうがねえなあ。それじゃあ、この前、ユーリに酒場へ連れ出された時の話なんだけどな──」


 なんて話を二人でしていると、人気のない路地に差し掛かった。すると、うずくまって腹部を抑える老婆の姿を見つけた。裕福な家のものらしい化粧をし、豪奢な衣服を身にまとっているが、その顔色は青ざめていて芳しくない。


「むぅ人間か。しかし、放っておいても目覚めの悪い……おい、そこの者、大丈夫か!」


 流石のアイネも無視できなかったのだろう、めんどくさそうではあるが相手を心配するような声をかける。対する老婆もこちらの存在に気付き、苦しみの中だが笑顔を見せた。


「こりゃ珍しい魔人族の……何年か前に国が無くなって散り散りになったと聞いてたけど……あいたたた!」


「おばあさん、俺達はどうすればいい? 医者、呼んだ方が良いか?」


「大丈夫……そこに落ちてる袋に薬があるから、それを取ってちょうだい……」


 老婆が指さした先には品のある小袋が転がっていた。


「あれか。よし、我はいま機嫌が良いからのう。取ってきてやろう」


「ありが──あいたたたた! あー痛い!」


 と、上機嫌でアイネが袋を手にしたその時、つんざくような女性の声が響いた。


「あそこです自警団さん! おばあさんが魔人族に!」


 その声に思わず振り向くと、


「おい動くな、そこの二人!」


 大柄な男性が若い女性をかばうようにして立っていた。町の住民と思しき女性と違い、男性は動きやすそうな革製の防具を身にまとい、背には弓と矢を腰には直刀を帯びているのが分かる。


 先ほどのやり取りからするように、苦悶の声を上げる老婆とそれを囲む俺達を見て勘違いした女性が近くにいた自警団の男に助けを求めた、という構図だろう。


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