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第13話

「おお、エニシ殿~。こんな月夜の晩にお出かけですかな~」


「なんだ、誰かと思ったらユーリか……」


 声のした方を向くと、アパートの壁に寄っかかっているユーリの姿が見えた。まーた酔っ払ってるよこの人。


「見てましたよー。アイネ殿がエニシ殿の部屋から出てきたという事は……はっ、もしやお二人は既に!」


「勘違いだ! 俺があいつの仕事探しの手伝ってたんだよ!」


「ま~~エニシ殿にはそういった甲斐性はなさそうですからな~」


「そういうこと言うなって、悲しくなるから……」


 少しふて腐れてみる俺をはっはっはと豪快に笑うユーリ。この人はなにがそんなに楽しいんだ。


「少し歩きませんか? 私、少々飲みすぎてしまったようで、夜風にあたりたく」


「良いぜ。用事もないしな」


 そうして俺たちは近くにある広場へとやってきた。昼間は遊ぶ子供や老人たちの憩いの場となっているが、日も落ちたこの時間では人影も少ない。


「近頃はよく彼女の事を気にかけているようですね」


「アイネのことか? まぁ、一人だけ定職に就かず家賃も払えてないからな。大家も慈善事業じゃないから、やれるだけのことをしているだけだ」


 まさかではありますが、と前置きをして、


「もしやエニシ殿はアイネ殿の境遇に同情をしているのですか? だから彼女に親切をしているのですか?」


 何の話だ? 彼女の境遇に同情だって?


「ご存知ではないと? まああなたの立場上、知らなくても仕方がない、か。それともあえて聞いていないのでしょうか? ええ、そういうスタンスも私は大事だとは思いますよ」


「えらく勿体ぶるじゃないか。だけどゴシップには興味ないんだ」


 それじゃ、と俺はその場を後にしようとするが。


「彼女が治めていた魔人族の国はですね、滅んだのですよ、十年前に。だから言うなれば彼女は亡国の姫君なんです」


 滅んだ? なぜ? しかし、冷静に考えれば魔人族の族長が仲間も引き連れず独り暮らしなんておかしな話だ。なんらかの理由で故郷を離れる理由があったのかと想像はしていたが、まさか一族そのものが滅んでいたとは。


「理由を知りたそうなお顔ですね? 簡単な話です、魔人族は乱獲されたんです」


「らん、かく?」


 らんかくって、乱獲か? 動物に対して使われる言葉が、なぜここで出てくる?


「最近のことなのですよ。ハイロウ帝国が彼ら魔人達を『人間』として認めたのは。それ以前は人間に似た知性を持つ動物といったぐらいの認識だったんです」


 先ほどからユーリは妙にしっかりした口調で喋っている。さっきまでの酔っ払ったような態度は全て演技だったのか? しかし、なんのために?


「そんな動物扱いされた彼らが乱獲された理由。それは魔人族の身体を流れる『蒼き血』にありました。永き時を生きる彼らの血にはですね、飲むと万病を癒す不思議な効果があったのです」


「その血欲しさにアイネの一族は滅ぼされたってことか? ふざけてる」


「私はそうは思いません。過去、あらゆる権力者が求めた長寿の薬、誰だって欲しいに決まってますよ。例えほんの少量であっても、彼らの血液とあらば途方もない値が付くんです」


 当たり前のようにユーリは告げる。なんだ、この男は。さっきからこんなことを俺に言って、なにがしたいんだ。


 さっきまで隣人として理解しあっていたはずのユーリの事が、急に他人のような距離を感じる。


「ここの町はまだマシですが、魔人族っていうのは昔から嫌われ者の一族なんです。絶滅危惧種になったもんだから国も慌てて『人間』扱いをしましたが、それでも彼らに差別意識を持っている者は多くいます。普通に町を歩いているだけで騒ぎになったりする地域もあるですよ。はっきり言ってね、一緒のアパートに住んでるってだけで迷惑なんです」


「さっきから……意味の分からないことを」


「分からない振りをして。お金が欲しいのでしょう? 彼女を売れば莫大な金が手に入るのです。いかがですか、エニシ殿? 私と共に──」


「黙れ」


 不愉快な気分だったので、素直に命令する。腹の底でぐつぐつと黒い感情がうずまいていく。体内の血が沸騰していくのを感じる。


「せっかくだから話を最後まで──と思いましたがどうやら交渉は決裂のようですね。良いんですか? 厄介者を排除しつつ大金も得られる素敵な提案のつもりでしたが」


「当たり前だ。一考する価値もない」


「それは、大家としてのお答えですか?」


「違う、人間としての返事だ。たかだか金の為に誰かを傷つけるなんて真似、俺には出来ない」


「私は出来ます、と言ったら?」


「させない」


 しん、と広場が静まりかえる。ユーリは無言で携えていた大剣に手を添える。寒気が、全身に走る。恐怖しているのか、俺が? 目の前の相手に?


 馬鹿な。女神の言葉を信じるのであれば、俺はこの世界で最強のはず。事実、目の前に表示されたスキル『鑑定』のウィンドウには彼のレベルは75であると示している。この世界で見た中では、アイネに次ぐ高レベルだが、それでも俺にとってはまるで相手にならないレベル差だ。


 だが、歴戦の騎士が発する威圧感を前にすると、本能的恐怖はごまかせない。


 が、やるしかない──


「なーんちゃって。エニシ殿合格~」


「──は?」


「冗談ですよ~。あなたがどんな反応をするか気になっちゃいましてね~」


 そう笑顔を見せると、ユーリはいつもの口調に戻る。先ほどまで場を支配していた威圧感もいつの間にか霧散していた。


「……心臓に悪いよ。あんな嘘までついて。もし俺があんたの提案に乗ったらどうするつもりだったんだ?」


「その時は心置きなく我が剣を振るっていたでしょうな、あなたの頭に」


 それに、嘘なんかじゃありません。とユーリは告げる。


「アイネ殿の故郷が滅亡しているのも、そして魔人族が人間扱いされていなかった、というのも全て真実です」


「……なぜ俺にこんな話をしたんだ? あんたが言わなければ、アイネで金儲けだなんて考えもしなかったはずなのに」


 こちらの問いかけにユーリは背を向ける。そうすることで俺からは彼の表情がうかがえなくなる。


「エニシ殿、あなたは強い。おそらくこれまで私が出会ってきた誰よりも。しかし、強きものが必ずしも正しき心を持っている訳ではない。これは理解できますよね?」


 彼の言葉を聞き、ようやく理解した。そうか、俺はこの人に試されていたってことなのか。


「あんたは確かめたかったんだな。俺が金や世間体の為にユイノ荘のみんなを裏切るかどうか」


 その通りです、と告げたユーリがこちらに向き直り深々と頭を下げる。


「この度は試すような真似をして申し訳ございませんでした」


「構わない。しかし、俺も大概だけどあんたもよく言われないか? お人好しだって」


「私の場合は義務感ですよ。辞めた身とはいえ、騎士の責務は民を見守り助けるものですから。どうです、見損ないましたか?」


「まさか、見習いたいくらいだ」


 むしろこうして話が出来たことで、前よりも好印象だ。色々言っているがこの人も本質的に良い人なのが分かった。


「そう言って頂けて幸いです。しかしエニシ殿、もっと自分の身体を大事にしてあげなさい。あなたはまだ若いんですから」


「若いって……俺もう三十五歳なんだが」


「私なんて五十ですよ? こちらからしたら三十代なんてまだまだひよっこです。と言っても、今は二十代の身体ですがね」


 はっはっは、とまた楽し気に笑うユーリ。それは彼の年齢に見合った、とても若々しい笑みだ。


「しかし、さっきの話が本当だとしたら、バイトを始めろなんて俺はなんと無神経な頼みごとをしちまったんだろうか」


 アイネの出自を知った今、俺は自分の浅はかさに呆れるしかなった。きっと町の人々から心無い言葉をかけられたりすることもあっただろう。


「事情を知らなかったのですから、仕方がありませんよ。それにこの町のほとんどの人間は魔人族に対して同情的ですよ。ほんの一部の人間を除いてではありますが……」


「やっぱりいるのか。魔人族を見下す連中っていうのは」


「ええ。例えばこの町を守る自警団に勤めているヤゴウという人物は魔人族に対し、強烈な偏見を持っているようです。私が酒場で用心棒の仕事をしている際、酔っぱらった彼の発言の節々からそう感じられました」


「まさか自警団っていうのは、そんなやつらの集まりなのか?」


「とんでもない。むしろ彼らはこの町の法といっても過言ではないほどに中立で、正義心の塊ですよ。中でも団長を務めるトオン殿は曲がったことが大っ嫌いな人物。彼女の前では流石のヤゴウ殿も下手な言動をみせることはないでしょう」


 聞くところによると自警団とはハイロウ帝国各地に存在する自治組織で、時に皇都より派遣された騎士団と共同作戦を行ったりする、半分民間、半分帝国公認の立場だ。


 彼らは町民の推薦を受け、その実力が認められることで自警団に加入することが出来、治安を守るために武力の保持とその行使が許可されているのだそうだ。


「そうか、町の人間に認められたやつが務めるって言うなら、悪い組織じゃないんだな」


「はい、そもそもアイネ殿が騒ぎを起こしたりしなければ、そもそも彼らとは接点も生まれないかと思いますよ」


「なら、あとの心配はアイネのバイト先が見つかるかだけ、か」


「それはもう、神に祈るしかないでしょうな~」


 神か。あの怖い目つきをした女神がアイネに仕事をくれたりするだろうか。


「ダメかもなぁ」


「あきらめちゃダメですって、エニシ殿!」

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