第11話
さあて、家賃回収も残すところあと一人となった。だが最初に言った通り、一番の問題児(児童ではない)がこの部屋に住んでいるのだ。
やれやれと俺は一〇二号室の立った瞬間──扉ごとぶっ飛んだ!
いきなり扉の向こう側から、部屋の主、アイネ・ヘッドバットが強烈なドロップキックを放ち、扉ごと俺の顔面を蹴りつけたのだ。ったく、こんな場所でなんちゅう技を撃ってくるんだあいつは!
「といっても、ダメージはほぼないんだがな!」
くるくると空中で回転し、キックの衝撃を受け流し着地する。敷地の外まで吹き飛ばされでもしたら近所迷惑になるからなあ。
「しかし、くそ、やっぱり面倒な感じになっちまったな」
「ハーッハッハッハ! 来ると思っておったぞオーヤの男よ! どうじゃ、いまの我の一撃、結構効いたじゃろう?」
「別に効いてねえよ。それに俺には御堂エニシってちゃんとした名前があるんだよ!」
「ぬっ。常人ならば二、三回は死んでいるはずじゃぞ。やはり簡単には勝たしてくれぬな」
さっきから偉そうに話しているアイネへ視線を向ける。赤い目と同じ色をした髪。炎のような彼女の姿はそれだけで相手に威圧感を与えるが、なによりも頭部に生えた二本のツノが彼女の獰猛な性格を体現していた。
どうも彼女は着る服などにはこだわりがあまりないらしく、動きやすそうだが薄着で、目のやり場に困るファッションをしていた。
「貴様のような強者は魔人族の中でもそういなかったぞ。だが、それでこそ倒し甲斐というものがあるものじゃ!」
「俺はお前と戦うつもりはない! 家賃さえ払ってくれればこちらも帰る!」
言いながらも俺は鑑定スキルで、彼女のステータスを拝見させてもらう。
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名前:アイネ・ヘッドバット
年齢:315歳
レベル:110
種族:魔人族
職業:特になし
体力:350 魔力:400 筋力:470 素早さ:350 防御:320 知力:5 わがままさ:1000
スキル
怪力
ファイア
ファイアブロー
バーンアタック
フレアアロー
フレアバインド
ユニークスキル
特になし
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うん、やっぱりすごいステータスだ。俺には敵わないとはいえ、普通の人間が彼女の真っ向から戦って勝利することはできなさそうな、圧倒的なレベルを誇っている。
「赤の他人に金を貢ぐなど、魔人族としてのプライドが許さん! どうしても金が欲しいなら、我を倒して奪い取るがいい!」
子供のようなことを言うアイネに応える。
「これまで何度も負けてるくせに、一度も金を払ってないだろうが! どうせ今日も『今は持ち合わせがないのだ』とかいうつもりだろ!」
そう、このアイネが一番の問題児と呼ばざるを得ない理由だ。他の住民はなんだかんだありつつも家賃はしっかりと支払ってくれるのだが、彼女だけは入居後これまで一度も家賃を支払った事が無いのだ。
「なぜ高貴な我の金を下々の者に渡さねばならぬのじゃ? むしろ貴様が我に跪き、金品を献上するのがスジじゃろう!」
「無茶言うな!」
何より厄介なのは彼女の出自。彼女はサーニャやハオたちと違い、生まれも育ちもハイロウ帝国ではない。魔人族という強大な力をもった部族の生まれな上、その族長だというのだからありとあらゆる贅沢をしていたのだそうな。
なので彼女は家賃やら勤労の義務はおろか、一般の人間の常識すら全く理解できていないのだ。つってもこの世界に勤労の義務はないが。
「毎度毎度、家賃などというものをせびりおって。貴様さえいなくなればもう二度と家賃など払わなくて済むのじゃ! おとなしく倒れよ!」
「家賃未払いの上、アパートの乗っ取りか……とんでもない目標だな」
呆れを通り越してもはや笑いが出てしまう。
「あーあエニシ君ってば結局こうなったんだね」
騒ぎを聞きつけサーニャがやってきた。他の住民はこの程度の騒動は慣れっこなので顔を出すことすらしない。
「あの人も勝てるはずないのに頑張るよね。ねえ、キミほどの力があれば、彼女を強制的に追い出すことも出来るんじゃない?」
「そうするのはきっと簡単だろうな。でも、ここを追い出された彼女はどこにいくんだ? 食うに困った挙句、略奪や窃盗を繰り返すだけになるんじゃないか?」
そんな無責任な真似はできない、と告げるとなぜか彼女は呆れたのようにため息を吐く。
「エニシ君、キミってば本当に……」
「大マジメな男?」
「いいや、大バカ者だよ」
「こら!二人でこそこそと何を話しておる! かかってこぬのならこちらから行くぞ!」
叫びと共にアイネが来る。
魔人族の攻撃はその大柄な肉体通り非常にパワフルだ。彼女にかかれば普通の突進も、ダンプカーの衝突ほどの威力になる。しかし、
「なっ……」
俺は猛然と向かってきた彼女の肉体を文字通り、人差し指一つで止めて見せた。
「いい加減分かっただろ。お前に俺は倒せない」
「それはどうかのう? フィジカルは大したものじゃが、我が魔法を前にしても果たして余裕でいられるものか? 『バーンアタック』!」
アイネは笑みを浮かべると共に中空に炎の玉を出現させ、勢いよくこちらに発射する。なるほど、自信満々に繰り出すだけある魔法だが。
『魔法攻撃吸収』
女神に与えられたスキルの前では全くの無力だ。
「んな! いともたやすく我の魔法を!?」
驚愕するアイネに向け俺は、この時まで考えていたあるセリフを口にすることにした。
「アイネ、今日まで我慢してきたが、大家としてはもう我慢の限界だ! これ以上家賃を滞納するんだったら三ヶ月後にはアパートを出て行ってもらうからな!」
と、言ってみたがこれは嘘だ。必要であればこれまで通り足りない食費なども渡してやるつもりだが、このままの生活では彼女は堕落の道をたどるばかりだ。ここらで厳しい事も言っておかないと、アイネにとっても良く無い結果になるだろう。
「三ヶ月後って、甘くないかいエニシ君?」
呆れたようなサーニャの声。
「ええ!? そ、そうかぁ──いや、そうじゃなくてだ!」
サーニャの指摘は一旦スルーして。
「三か月だ! 一か月以内に自分の働き口を決められなかった場合は、ユイノ荘から出て行ってもらう事にする!」
「なぜじゃ! 厄介な住民なら我の他にも沢山おろうが! それに高貴な我が働くなど──」
「厄介者筆頭のお前が言うな! しかもそいつらはちゃんと家賃も払ってるしな。ハオですらお仕事を頑張ってるんだぞ! あんな小さな子供よりダメ人間で恥ずかしいとは思わないのか!」
「む、あんな百年も生きて居ない小娘に負けるというのは、たしかに癪に障るのう」
ここがチャンスだ。この世界の民族に詳しいユーリが言うには、魔人族はとてもプライドが高い。そこをついてやる。
「俺が同じ魔人族だったら悲しくなるよ。あの族長、アイネ・ヘッドバットが人間の社会で働きもせず大家から施しを受けてると聞かされたらな。でも俺はそれでも良いと思う。たとえ自分よりずっと年下の女の子よりもグータラな生活をしていても、働くのが怖くて泣いちまうんだったら──」
「なっ、貴様に魔人族の何が分かる! 我を愚弄するか!」
もちろん、俺は魔人族はおろかアイネの事もほとんど知らない。しかし、ここで甘い顔を見せてしまっては彼女はずっとこのままだろう。
「……三百年の時を生きる我だがこんなにも屈辱を感じたのは初めてだ。良いだろう、我からしてみれば労働など簡単にこなせることを証明してやるわ!」
こちらの言葉にそう啖呵を切るアイネ。なんと純粋なのだろう。素晴らしい、俺の計画通りだ。
「そうか。だったら俺が教えてやるよ。バイトの面接のやり方をな」
「む、何か自信ありげじゃが頼れるのか貴様」
「当たり前だ。これでも元の世界ではバイトリーダーの経験があるからな」
「バイトリーダーがなにかは分からんが……きっと尊い身分なのじゃろうな。ふうむ、少しは期待してやるか」
そんなこんなで翌日から俺とアイネの面接対策を始めることなった。




