第10話
さて、次の部屋は二〇三号室か。
「きぃちゃんさーん。元気ですかー? 大家のエニシです……ってなんか出てきたな」
インターホンを押すと郵便受けから一枚の紙が出てきた。
【何の用だ?】
「あなただけなんですよ、俺にもサーニャにも合わずに入居したのは。大家としてはどんな人が住んでるのかとか、健康状態とかをチェックしておきたいんです」
また紙が出てくる。
この人物は俺もサーニャも気づかぬうちにこの二〇三号室へ住み着き、顔はおろか声すらも一度も聞かせぬまま生活を続けているのだ。
きぃちゃんという名も本人が名乗った(正確には書いた)もので、本名や性別すらも不明な人物なのだ。
【健康状態だと? 笑わせる、自らの健康を保つのは作家としての必須スキルだ。それに家賃は既に十年分を先払いしている、わざわざお前と顔を合わせる必要はない】
本人が言うにはきぃちゃんは名の知れた作家らしく、このハイロウ帝国で一番の売り上げを誇っている超有名人らしい。
らしいらしいと続くのは複数のペンネームを持っているので、実際にどの作品がきぃちゃんの手によるものなのか俺はもちろん、世間の人々も良くわかっていないからである。
ともあれお金をたくさん持っているのは事実なようで、何年分をも家賃を先払いしてくれている。大家からしたら迷惑行為もしないので大変助かる、都合の良い入居者さんなのだが。
「否! 今日という今日は顔を拝ませて貰う! 俺は大家だ、アパートの合カギだって持ってるんだからな!」
と言い、マスターキーを鍵穴に差し込んだところで、どこからともなく『声』のようなものが聞こえた気がした。
──しかし、どうしてかカギは使えず。エニシは部屋の中に入ることが出来なかった。
「何か声が気がしたが気のせいか……あれ、カギが開かねえ」
──すると先ほどまでの威勢はどこへやら、エニシは扉を開ける気が失せ、二〇三号室の前からも離れたくなった。
まあ、別に今日絶対に合わなきゃいけないって訳でもないし、きぃちゃんとの顔合わせはまた今度にするとしよう。癖のある人物だが、悪い人間ではないだろうし。
「また来るからなきぃちゃんさん。病気だけはしないように」
階段を降りて一階に戻る。今度は一〇三号室に住むユーリさんだ。
「ユーリさーん。大家のエニシですー。家賃を受け取りに来ました~」
「うっ、エニシ殿ですか。しばしお待ちを……オエエエッ!」
扉の向こうから非常に汚らしい音がした。帰りたいな、と踵を返しかけた所でゆっくりと扉が開いた。
中から顔を出したのは金髪碧眼、薄着の女性だ。
「うっぷ。こんにちは、エニシ殿……本日は何用で」
「酒臭っ! ……ユーリさんあんたまた朝まで酒飲んでただろ」
「あれぇバレましたかあ? ふっふっふ〜」
こんだけ酒臭かったら誰でも分かる。
「しょうがないじゃないですかぇ。こんな世の中、飲まなきゃやってられないですよ~ひっく」
「ってかまたそんな薄着で……自分の今の姿を自覚してくれよ」
「だって暑いし……」
この朝っぱらから酔っ払っている女性はユーリッド・メロメロンさんだ。一見、お酒ばっかり飲んでいるダメダメな二十代という感じだが、実年齢は俺よりも上の男性だ。それも五十代の。
「それにぃ。私の事は気安くユーリと呼び捨てるように言ったではありませんかエニシ殿~」
「いくら頼まれても五十代男性の名前を呼び捨てには出来ないですって!」
「でも今の私は二十そこらの小娘の姿。敬語を使ってる方が不自然だと思いませんかぁ?」
「酔っぱらいのくせに正論を──分かった、分かったから抱きつかないでくれ! ゲロ臭いぞユーリ!」
寄りかかるユーリをはがし、ため息を吐く。まったく色々自覚をして欲しいもんだ。年齢的にも今のビジュアル的にも。
「どうせまた部屋も荒れ放題なんだろ……やっぱりそうだ」
「ふふふ、この年になってお恥ずかしい限り!」
「恥ずかしいならもっと反省してくれ……」
部屋に転がった酒瓶とツマミを見ながら呟く。本当にこの人はこの国でもっともすぐれた騎士と呼ばれた男なのだろうか?
ユーリッドという名はサーニャも知っていたようだが、まったくの別人といった線はないだろうか。性別も違うわけだし。
「私だって困惑してるんですぅ。ある朝目が覚めたら見ず知らずの女の子の身体になってたんですから~。酒でも飲まなかったらやってらんないです」
「何とかって騎士団からも外されたんだっけ?」
「皇族直下の特殊部隊、ハイロウ皇国でもトップの騎士しか入れない聖炎騎士団ですねえ。理由はどうであれ女人が隊に入ることが禁止とかって話で」
それで住んでいた皇都そのものにも居づらくなり、自分が普段関わった事のない人間だけがいる場所を探し、彼はこの町へ来たのだという。
「あの日から現実を忘れようと酒を飲む手が止まらず……よよよ」
可哀そうな身の上ではあるが、だからと言って自堕落な暮らしをしていい訳じゃない。週に何回かは酒場の用心棒として働いているらしいが、それ以外はずっと飲んだくれてるということだが、この調子だと仕事中も飲んでるんじゃないかこの人?
だが、実力は確かなようで過去に鑑定をした際も、他の人間とは比べ物にならないパラメータをしていた。
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名前:ユーリッド・メロメロン
年齢:25歳(肉体年齢)
レベル:75
種族:人間族
職業:酒場の用心棒
体力:300 魔力:150 筋力:300 素早さ:290 防御:450 知力:390 酒臭さ:500
スキル
ファイア
ファイアウォール
ライトニング
ウォーター
エアブレイド
ホーリーアロー
ヒール
怪力
身体強化
伝説殺し
ジャイアントキリング
対人間特攻
対人外特攻
交渉術
宮廷作法
罠耐性
状態異常耐性
火炎属性耐性
電撃属性耐性
風属性耐性
水属性耐性
氷結属性耐性
毒属性耐性
光属性耐性
闇属性耐性
ユニークスキル
特になし
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「良いから部屋の掃除を手伝ってくれ。なんでこう、来るたびに散らかってるんだ。あーもう、足の踏み場が……って、なんだこれ」
「ああ~それは私の剣です。重たいのであと自分が運びますんで~」
「剣って言われても、これ」
それは、剣というにはあまりにデカかった。
大きく、分厚く、重く、そして木でできていた
それはまさに──って。
「なんだこの狂戦士がドラゴンでもころす為に使うような剣は!」
「私は狂戦士じゃなくて騎士ですエニシ殿~! それは放っておいて他のものを──」
「良いよこれくらい。どっかに立てかけとくよ」
俺はひょいとその床に転がっていた大剣を片手で持ち上げ、適当な壁に立てかけた。みしり、と壁が軋む音がアパートに響いた。うわ、リフォーム代がかかりそう……と思ったが、この建物には多少の損壊なら自動で修復する機能があるので助かった。
「前見た時は気づかなかったけど、なんか刀身に字が彫ってあるな。えーっと」
「エニシ殿」
ユーリの声が響く。さっきまで酒に酔い不安定な声音だったはずなのに、今は刃物の様に冷たい声音をしていた。
「私の目が節穴でなければ、あなたはいま、その剣を片手で軽々と持ち上げたように見えましたが」
「ああ。ちょっと重かったが……触っちゃまずかったか?」
「いえ。その私の所属した聖炎騎士団でも、その剣を片手で持ち上げられるものは誰一人としておりませんでした。いいやこの私ですら普段は両手を使って振り回すなどしています。それをあなたはいとも簡単に」
あー。俺が異世界から来たことは住民たちにとって周知のことだが、レベル999の大家であることはサーニャを除き、皆を萎縮させないよう情報を伏せていたんだった。
ユーリからしたらロクな訓練も積んでなさそうな俺がこんな大剣を軽々と持ち上げる様を見て、驚きを隠せないのも仕方のない事だろう。
女神に力を与えられたといっても混乱させるだろうし、適当にごまかすとしよう。
「エニシ殿はまさか、このハイロウ皇国を作られた神の末裔なのですか?」
「そう、俺は昔から筋トレしまくりのインナーマッスルムキムキな上着痩せするタイプで……って、なに?」
「その木剣に使用されているのは、この世界の創生より存在したとされる大樹。そして神々はこの世界のありとあらゆる物体を自由に操り、その真の力を発揮することが出来たという伝説があるのです……!」
なんだかすごい方向に話が転がったな。しかし、それだったらユーリだってこの剣を使えている訳だろう?
「私はしょせん、力で持ち上げて武器として振り回す程度。エニシ殿のように、自然に操るほどではありません」
「期待させて悪いけど、俺がただ単に馬鹿力なだけだと思うぞ。ほーら触っても変なことが起きたりもしない。ただの木って感じだ」
「……ええ。私の考えすぎかもしれませんね。忘れてください」
「ああ。で、話は変わるけどさ」
さっきから気になってたことを尋ねる。
「ユーリって真剣な話になるとそういう喋り方になるんだな。結構かっこいいと思うぞ」
「エニシ殿に改まってそう褒められると、嬉しいですね………」
俺の言葉にユーリがぽっと顔を赤くした。不覚にもちょっとだけ可愛いと思ってしまった、ちょっとだけな!




