第42話
「話を遮って悪いのだけれど、フィリップ、会議はどうだったんだ?」
私がフィリップに話し掛けると、彼ははっとしてこちらに目を向けた。
「っはい!会議は恙無く終わりました。マーガレット様のご提案ですが、ご希望通り、出征は9ヶ月後となりました!」
「そうか、それは良かった。いくら聖女とはいえ、国政の分野だからな。私の一存では決められないことだった。だからフィリップ、君の尽力に感謝するよ」
にこりと微笑むと、彼は少し挙動不審になった。どうも褒められたのが嬉しかったらしい。
「いえ、そんな!私は私の出来ることをしたまでです。マーガレット様のご提案は、大変理にかなったものでした。だから、貴族たちも納得したのでしょう。そのお手伝いを少しでも出来たのであれば、私としても大変嬉しく思います」
そう、今回の貴族会議の議題は「次回北方蛮族征伐の派兵時期」である。
次回征伐では2人の聖女が表舞台に立つ、ということで、派兵時期に関しては各方面からそれぞれの希望が出されていた。早く蛮族を倒して安心したい王都周辺貴族たち、財務的な問題から聖女を矢面に立たせて自領騎士団を派兵したがらない遠方貴族、聖女の力が本物なのか早く確かめたいと考える王族、そして出来るだけ効果的に聖女を使い自分たちの権威を高めたいと考える教会府。四方八方から出される意見は、全くもってばらばらだ。
エマール視察官から、事前にどのような意見が出ているかは聞いていた。一刻も早く、という貴族たちからは、1か月後の出征要請が出ていた。一方で、経費や日取りを理由に1年以上は出立を待って欲しい、という声も上がっていたという。
私はハルダー少将から「6ヶ月後を目安に」という指示を受けていたので、少なくとも半年は期間を置くよう進言することにした。各方面の事情を鑑みた上で、「9ヶ月後が出征時期として妥当と判断する」との意見書を、フィリップに提出しておいた。トイトーネ帝国のエージェントたちの根回しもあって、無事私の意見が通ったようである。
「9ヶ月後かあ…意外と先だなー。そんな後になっちゃって大丈夫なのかな?」
マリアがうーん、と首をひねっているので、一応説明してやった。
「そうだね、すぐにでも、と言う人間からしてみれば、少々遠く感じられるかもしれない。しかし、出征は私たちだけで行くわけでないのは、マリアも知っているだろう?聖女だけでなく、今回はリールレア、ディジヨーヌ軍団に加え、パーリツィ軍団やヴィザンティ軍団からも義勇軍へ参加する。いつもに増して規模が大きい。それだけの大軍を動かすとなると、編成には時間もお金もかかるんだ。それに作戦だってきちんと立てないといけない。前もって準備してあったならまだしも、今回の出征は私たち聖女が作戦の要なんだろう?今から準備するとなれば、普通1年は時間がかかるものだ。逆に1年以内に派兵するのだから、これでも出来るだけ早めた方だと思うよ」
本当は作戦だけでなく、戦略・戦術の時点から考え直した方が良い気はするが、無理な話だろう。竜騎士と魔法騎士の運用形態に、何の疑問も持っていないこの国の軍上層部の考え方じゃ、ろくな戦術も思いつかない気がする。そもそも戦略の時点で破綻しているんだから、話にもならない。
「んー、難しいなあ。作戦って、どうやって攻めるか決めて、軍団を集めて一気に攻めてく感じじゃないんですか?ていうか今って、蛮族の活動が大人しくなってるんですよね?向こうが準備してる間に攻めちゃった方が、手っ取り早く終わっちゃったりしないですかね?ほら、私もそれなりに魔法は使えるようになってきたし、マーガレットさんなんて超強いじゃないですか!マーガレットさんがバッて魔法使ったら、蛮族なんて蹴散らせちゃいそうだけど…」
良い事思いついた!という笑顔で言い切ってくれたが、マリアよ、それは私に「貴女強そうだから1人で戦えばいいんじゃん?」と言っているのか?笑顔で堂々と喧嘩を売りつけてきたのか?それとも本気で何も感がえずに発言しているのか?
そもそも「どうやって攻めるか決めて、軍団で一気に攻めてく」って…戦争はチンピラの喧嘩じゃないんだぞ。そりゃトイトーネ帝国から見れば「喧嘩」と称して等しいレベルである。しかし一応ロベール王国にとっては、「戦争」である。戦争と名目するのであれば、形式だけでも戦争の態を則るべきだ。
「いやいやマリアちゃん、何を言っているんだ。確かにマーガレット様はお強いけれど、流石に凶暴な蛮族にお一人で立ち向かうなんて、そんな危険な真似はさせられないよ。ロベール王国軍は、マーガレット様の矛でもあり、彼女をお守りする盾でもあるんだよ」
フィリップが優しく指摘すると、レオもそれに頷いた。
「そうだよマリア。そして君は盾の聖女だから、傷ついた兵士たちを癒す役目がある。2人いて初めて、聖女としての力を発揮するんだ。だから、みんなで力を合わせる必要があるんだよ」
「あ、そっか…私も聖女として、ちゃんとお役目果たさなきゃだめだよね。自分勝手なこと言っちゃってごめん」
しゅんとした様子で俯いたマリアに、穏やかに声を掛ける。
「気にするな、マリアは戦争なんて無縁な環境で生きてきただろう?今でこそ盾の聖女として訓練を頑張っているが、実際どんな風に国が戦うのかなんて、想像もつかないはずだ。だから、矛の聖女の力があれば、それだけで勝てるんじゃないかと思ったんだろう?そう考えて当然だよ。ただまあ、聖女は2人で1体らしいからな。マリアはマリアの出来ることをすれば良いだけだ。周囲も親切みたいだし、大丈夫、マリアもきちんと役目は果たせていると思うよ」
役目以上のことは、絶対にして欲しくないけれど。私たちの計画に支障がでるから。…というのは、喉の奥に引っ込めておく。
「そう、ですか…?だといいな。私もマーガレットさんみたいに、もっと強くなって役に立ちたい!」
「マリアは十分強いよ。今だって庶民にも声をかけて、たくさん癒しているじゃないか。王都では『慈悲深い盾の聖女様は、貴賤分け隔てなく癒して下さる』って、すごい評判になってるよ。そんなことができるのはマリアしかいないと思うし、十分人々の役に立っているじゃないか」
レオが熱心に話しかける。
彼の話の通り、マリアは積極的に城下に出かけては、人々に癒しの魔法を施しているらしい。彼女にかかれば、重い怪我でも治るとか。巷では『癒しの姫』とかいう渾名まで付いている。
「そうだよ、マリアちゃんは十分役に立っている。王都市民はもちろん、王宮でも『盾の聖女様にお目にかかってみたい』と貴族たちが口々に言っている。マリアちゃんの癒しの力は、方々で噂になっているようだね」
「そ、そうなんだ。私みたいなちんちくりん、噂しても楽しくないと思うけど…」
「何言っているんだ。マリアちゃんは優しくて可愛らしい盾の聖女様じゃないか」
「えっ…」
フィリップの言葉に、マリアが面映ゆそうな表情で頬を押さえる。
私の娘もこんな表情をする日がいつか――来ないだろうな、あの子は性格が私に似てしまったから。
4人での茶会を終え、自室へ戻…りたいところではあるが、まだ仕事が残っている。
「それで、ご相談というのは、どういった内容でしょう?」
目の前に座るのは、にこにこと微笑むフィリップ。
私はあともう一つ、この王子に頼まなければいけないことがある。
「ああ、これは私の我儘なのだけれど。出征までの期間、各方面都市にて訓練を行うことは出来ないだろうか?」
「…それは、再び王都をお離れになりたいと?」
「そういうことになる。勿論、矛の聖女が直接の保護下から外れてしまうことに対する、君たち王政府の懸念は理解しているつもりだ。しかしその上で、方面都市を訪問することを、是非とも許可してもらいたいのだよ」
フィリップは眉を寄せて、難しい表情をした。
「マーガレット様の頼みとあれば、喜んでお受けしたいところではあるのですが…今回のご相談は、少々困難かと…」
「ふむ、貴族院が黙っていないと?」
「はい、一部貴族が騒ぐ可能性が」
「そうだろうな。今回の議会で、一刻も早く出征して欲しいと要請してきた輩は、北方民族に怯え切っている。そんな中聖女が王都を留守にすることは、彼らにとって言語道断といったところか?」
「ええ…お恥ずかしながら」
「まあ仕方がないか。特に北寄りの貴族たちは、いつ自分のところに火の粉がかかってくるか、びくびくしている。聖女さえいれば、自分の身は守ってもらえると考えているのだろう」
「耳の痛いお話です…聖女様というのは、決して一部貴族の所有物ではないというのに」
「そうだね、私はロベール全体を救うために、ここに召喚されたのだと思っていたが」
「仰る通りで…」
肩を落としたフィリップを見詰めて、一旦口を閉ざす。
一息入れた後、考える素振りをしながら口を開いた。
「まあ良い、全都市を回るのは諦めるとしよう。その代わり、こういうのはどうだろうか」
フィリップが首を傾げてこちらを見た。彼の意識が再び私に戻ったところで、続きを話す。
「今回方面軍で引き抜かれるのは、東のディジヨーヌと北のリールレアだ。有事の際は、王都や聖都の軍団よりも先に、この2つの軍団が動くだろう?」
「はい、そうです」
「とすると、だ。私は王都に留まるよりも、北都か東都へ赴いた方が、素早く対応出来るのではないか?」
「それは…確かにその通りです。しかし、聖女であるマーガレット様が不在にするということで、不安に思う者も、」
「フィリップ、何の為に聖女は2人いる?盾と矛、それぞれの役割を果たすためだろう?盾は護りを、矛は攻撃を担うのだ。そして私は矛の聖女。有事の際に打って出るのは、私の役目なのだよ」
「そう、ですね」
「ああ、従って私は、北都及び東都へ赴くべきかと考える。王都に居るより迅速な対応が可能、と説明すれば、貴族たちも納得するだろう。加えてマリアを王都に残しておけば、王都の守護は堅いと説得出来る」
フィリップが腕を組んで考える。各方面からの意見を鑑みて、私の意見が通りそうか思案しているのだろう。時間は十分にあるので、彼の返事をゆっくり待つ。
少しして、フィリップが慎重に答えを返した。
「マーガレット様のご意見は尤もです。確かにそのようなお話であれば、一部貴族も納得せざるを得ないでしょう。その上で、私の方から条件を付けさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ふむ、何だい?」
「北都か東都、どちらかにしていただきたいのです。2都市を行き来するとなると、道中の危険も増します。それにどちらかに滞在していただいた方が、いざという時に連絡も取りやすい」
「成程。それは一理あるね。では、以前と同じく東都はどうだろう?一度受け入れの経験があるから、向こうの準備もし易いはずだ。それに、ディジヨーヌ軍団との訓練は中途半端なところで切り上げてしまったから、少々心残りもあったんだよ」
私の提案に、今度こそフィリップは快く頷いた。
「そうしましょう!では貴族院にて議決してから、東都長官へ連絡を入れます」
「貴族院の決定は、どのくらいかかりそうだ?」
「はい、1週間程度みていただければと」
「そうすると、可決されたとして、準備も含めたら私が東都へ向かうのは3週間後になりそうだな」
「ええ、その程度のお時間をいただくことになりそうです」
「了解した。ではその間は、私も王都で励むことにしよう。有難う、フィリップ。貴殿に相談して正解だったよ」
にこりと微笑んで、よいしょする事を忘れない。
フィリップも安心したように、笑顔を見せた。
「いえ、微力ではありますが、マーガレット様のお役に立てるのであれば、全力を尽くしますよ!」
「そう言ってもらえると嬉しいな。何せ私は、頼る相手がフィリップしか居ないものだから。毎回こうして私の我儘を聞いてくれて、本当に感謝するよ」
念のためもう一段、彼を持ち上げておく。「貴方に期待している」というポーズと、「貴方しかいない」というプレッシャーだ。相手を煽てつつ圧もかけておく。
「そんな、勿体ないお言葉!是非ともマーガレット様のご期待に応えられるよう、議会の許可を得てきますね」
よし、この様子を見る限り、上手くやってくれるだろう。
3週間後が楽しみだなあ、と早くもトイトーネ帝国へと思いを馳せるのだった。




