第41話
now realized it's 2022...where's my 2021...
コンコン、と部屋のドアがノックされる。
「どうぞ」
その場にいる者を代表して私が声を掛けると、すぐに扉が開いて人が入ってきた。
「お待たせいたしました。会議は問題なく終わりましたよ」
にこにこしながら入室してきたのは、第1王子フィリップ。
彼は先程まで、貴族会議に出廷していた。
「フィリップさん、お疲れ様!お茶入ってるよ!お菓子もあるし!」
朗らかな声が、フィリップに掛けられる。
声の主は勿論、マリアだ。お菓子を片手に、のんびりと寛いでいる。
「ああもう、マリアはまた…。ほら、クッキーの欠片が口についていますよ。フィリップ殿、ご公務お疲れ様です。すみませんね、マリアがお腹が空いたと言うので、先にいただいていたんです」
フォローを入れているのは、マリアの隣に座る大司教レオ。小言を言いながら、マリアの口をさり気なく拭いてやっている。
この場に居るのは、前述の3人と私の、計4人。護衛は部屋の外で待機中だ。
何でもマリアが「物々しいのは肩がこっちゃうから」と言って、護衛や侍女は席を外させているとのことなのだが…正直、私は別の意味でこのメンバーは気疲れする。
純粋な疑問なのだが、何故この4人で態々顔を合わせなければいけないのだろうか。
否勿論、形式的な意味で「聖女2人と王族、大司教が友好の場を持つ」ことは、王政府や教会府にとって好ましいというのは理解している。政治的な思惑、というやつだ。それに付き合わされる方は辟易するが、ここで反発する意味も無いので、今は大人しくするのに異存はない。
だがそれは、飽くまで“必要最低限”の話だ。
今回の集まりは、「フィリップが参加した貴族会議の内容を、他の3人に共有すること」。今回の議題は私にとっても重要なので、決議結果はきちんと知っておきたい。
しかし、だ。それを知るのに、態々4人顔を突き合わせる必要があるのだろうか?
いち早く知る全員に知らせるには、フィリップが議会終了後に他の3人を集めることは適切だ。それは当然なのだが、別に今回の決議は緊急性が非常に高いものではない。秘匿性の高い内容でもないから、手紙か伝令で伝えれば十分。というか、フィリップから直接伝えなくとも、公式決定として遅かれ早かれ告知される。更に言えば、王子や大司教に加えて聖女とくれば、近辺警護やら館内の警備やら出される飲食物一つ一つに至るまで、気が遠くなるくらい面倒な手続きや手配が必要になる。寧ろこの4人を集めることは、今回に限っては骨折り損のくたびれ儲け以外の何でもない。
…はずなのに、何故かこうして4人で茶をしている。
それもこれも、盾の聖女様の鶴の一声のせいだ。
マリアが膨れっ面をして、レオの声に応えた。
「あっもうレオったら…っ!私だって17の乙女なんだよ!口くらい自分で拭けますっ!…でも良かった~『4人で集まりたい』って言った時、侍女の人ちょっと困った顔してた気がするけど、結局こうやってみんなで集まれたし!わがままも言ってみるものだねっ」
…そう、元凶はマリアである。
彼女は普段、王都の教会府王都支部で訓練をしている。日常的に接するのは、レオや教会府の人間が中心だ。フィリップとも偶には顔を合わせる機会もあるようだが、彼も王族の身だ、毎回は顔を出していられない。
先日トイトーネ帝国から王都へ戻った際の様子を見るに、マリアはレオとフィリップに懐いている。だから、2人と一緒に過ごす時間が欲しいのだろう。だが彼女も子供とはいえ、彼らが立場上常に自分と居られないことは理解しているはず。だからこうした公的な名目があると思えば、それにかこつけて会おうと試みたに違いない。
それに私まで付き合わされているのは些か謎だが…どうせ純朴な彼女のことだ、「同じ聖女なのに、マーガレットさんだけ仲間はずれにしたら可哀想」とか何とか考えたのだろう。
まあ現時点で彼らと距離を置きすぎて、他列強のモグラ共にトイトーネ帝国との繋がりを嗅ぎ付けられることは避けたい。だから仕方なく、マリアと大司教と王子のお茶会にも参加する。
でも声を大にして突っ込みたい。お茶を飲むなら私は1人ないしエマール視察官と飲んでいたいし、書類の整理だってしたいし、トイトーネ帝国に戻るまでに諸々の資料に目を通しておきたいし、『ソル・レ・バル』に行ってお酒飲みながらトイトーネのエージェントと交流したいし、最近運動もしていないから身体鍛えたいし、つまり私にだってやりたい事は山の様にある。決して暇ではない。あと、マリアは「肩がこっちゃうから」とか言っていたが、そもそも肩が凝るお茶会を提案しているのは君自身だ。下々にまで慈悲深い聖女様であれば、そのお茶会を用意させられる侍女や近衛兵や役人等“下々の”人間たちの、有り余る苦労を考慮し給え。
そんな愚痴をこぼす相手もこの場には居ないので、黙って口角を上げながらティーカップを傾けている。
「あれ、このクッキー、いつもと味が違う気がするけれど」
フィリップが首を傾げると、待ってましたと言わんばかりにマリアが瞳を輝かせた。
「そうなの!フィリップさん分かった?」
「ああ、いつものより甘さが控えめで…何だろう、花みたいな薫りがするような」
「そうそう!どうかな、食べれそう?」
少しそわそわしながら、マリアがフィリップの感想を聞いている。すると彼は、にこにこして彼女に答えた。
「ああ、美味しいよ。いつものよりも好みだ。私は甘すぎるのは少々苦手だからね…これ、どこで用意させたんだい?」
するとレオがくすりと笑って、マリアの方を見た。
「ふふっ、フィリップ殿、聞いたら驚かれると思いますよ?」
「ん?何か珍しいところから取り寄せたのか?」
「取り寄せたもなにも、何ていったってこのクッキー、マリアの手作りですからね」
何故か得意気な面持ちで話すレオに、フィリップが驚いた顔でまじまじとクッキーを見詰めた。
「え?!手作りだって?マリアちゃんの?」
「はい…。あの、レオにフィリップさんは甘いもの苦手って聞いたから、試しに甘さ控えめのローズクッキー作ってみたんだけど…。その、味とか、どうかなって」
マリアは少し恥ずかしがっているのか、もじもじして口ごもる。フィリップは最初目を見張っていたが、そのうち晴れやかな笑顔を浮かべて、マリアの頭を撫でた。
「ええっ、ちょ、フィリップさん急になに?!」
「いやあ、何だか頭を撫でなくなっちゃって。ありがとう、マリアちゃん。こんなに美味しいクッキーを食べたのは、初めてかもしれない。私のためにわざわざ作ってくれて、本当に嬉しいよ」
そう言いながら微笑むフィリップに、マリアの頬がふんわり上気する。
「ええっと…どういたしまして?」
「はは、なんでそこ疑問形なの?」
「いや、なんとなく…えっとでも、フィリップさんの幸せ度がちょっとでも上がったなら、その、何よりです…」
「私の幸せ度は、マリアちゃんに会えた時点ですごく上がっているよ。でもそうだね、手作りクッキーまでもらっちゃって、今最高に幸せかな」
フィリップの言葉に、とうとうマリアは照れて俯いた。その様子を、レオとフィリップが微笑まし気に見詰めている。
――うん、クッキーは美味しい。私もローズ味のお菓子は好きだから、マリアがこれを作ってくれたことには感謝だ。既に何枚か戴いている。
その上で、改めて問いたい。
この場に私が同席する必要、あったのか?
皆様もお気づきであろう。先程から会話をしているのは、フィリップとマリア、レオである。私は一言も声を発していない。最早空気を越えてキセノンである。肺の毛細血管にすら気づかれないレベル。
というか否が応でも気づいてしまったのだが、これはもしかして、甘酸っぱい男女の物語が始まりかけてはいないだろうか。
この場合はマリアとフィリップ…だと思う。見ている限り、マリアのフィリップに対する反応は、明らかに意識している感じだし。
しかし私は、普段のマリアとレオの遣り取りは知らない。時間の長さでいけば、レオの方がフィリップよりはマリアと接しているはず。となると、同級生の様な遣り取りにも見えるマリアとレオの関係も、もしかしたら別の感情がある場合も…?
面倒なことにならなければ、それで良いのだが。
そもそも私は、恋愛に関しては専門外だ。男女の機微とやら程、不合理で出鱈目な事象はない。恋愛をする人間というのは、往々にして非理知で理解不能な行動を取る。時には“感情”とやらに“流されて”、どう考えても非合理的な選択をし、不利益を自ら積極的に被りにいく。数学のリーマン予想よりよっぽど謎である。
…え?そういう私だって結婚して子供まで生んでるだろう、だって?
そりゃそうだ。確かに私は結婚も出産も経験した。異性と付き合ったのも、結婚相手が初めてではないし、何なら付き合った人数自体は人より多かった方かもしれない。
しかしそれは、私が「恋愛を理解できない」ことと、何ら互換性はない。
そもそも“「交際」「性的関係」「結婚」といったものに、「恋愛感情」が必要だ”、という前提が間違っているのである。
まあ簡単に言ってしまえばこうだ。私は交際も、セックスも、結婚も、出産も可能だし経験済みだが、恋愛感情は他人に抱いた試しがない。だから、目の前で繰り広げられる光景の概容を推察することは出来ても、それが正解かどうかは不明だ。乱暴な言い方をすれば、こういうことである。
興味もないので、通常であれば、他人の恋愛事情は気にも掛けない。
しかし相手はマリアである。マリアだから、というより「盾の聖女だから」、と表現した方が正しい。
マリアは教会府の駒として、順当に利用されている。イメージキャラクターとしての役割も果たしているし、マリアの聖女の力そのものもきちんとある。
教会府はこれから何かある度に、マリアを利用しようとするだろう。そしてマリアも、今のところ教会府に悪感情は抱いていない、寧ろ信頼しているから、積極的に貢献しようとするに違いない。
そうなると、必然的にトイトーネ帝国の邪魔になる。ハルダー少将に確認した時に、彼ははっきりと「帝国の邪魔になる者は殲滅せよ」と言った。つまりいずれは、マリアを何らかの手段で排除しなければいけない。
マリア自身の力は常人より大きいが、現時点で彼女はそれを使いこなせていない。それに魔力の膨大な人間が1人いたところで、組織的な運用が出来なければ、潰すことは容易い。だから逆に言えば、マリアは教会府に手綱を握られている限り、大した脅威ではない。
しかし、ここで「マリア自身の個人的な感情」という変数が介入した場合、話は少々捻じ曲がる。
教会府の敷いたレール通りに行動してくれるのなら、彼女の行動を予想することは簡単なのだ。だが彼女自身が何らかの意思を持って、思惑外の行動を取り始めたら?
私もある程度社会で他人と交流してきたから、感情的になった人間の行動パターンも、多少なら予測することは出来る。でも、恋と愛、そこから派生する憎悪だけは別だ。あれだけは、個人偏差がバラバラ過ぎて、系統化が不可能なのだ。リーマン予想より謎、と表現した所以である。
つまり何を心配しているかというと、マリアが誰かしら特別な思い入れを持った人間のために教会府の制御から外れ、行動予測が困難になってしまうという事態である。
それは困る。大いに困る。更にネックなポイントとしては、「愛」というトピックは大衆受けが良いことだ。下手に民衆の心を掴まれてしまうと、植民地化における無駄な火種になる可能性すらでてくる。こちとら余計な業務は増やしたくないのだ。面倒事は真っ平御免である。
と、いうことで、糞ほども興味のない他人の恋愛事情を、注意深く観察せざるを得ないのだ。ああ、何て阿保らしい。
さりとて私の中のプライドが、仕事に対する手抜きを許さない。如何に矮小な物事であれ、仕事の成果に響きそうなものは見逃すことが生理的に出来ない。どうも私は、少々ワーカホリックの気があるようだ。
無駄な気苦労ばかりで疲れるなと思いながら、仕方なしに彼らの会話に割って入ることにした。




