↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無神論者の聖女紀行  作者: はっぴーせっと
第1幕 無神論者の転職紀行
52/59

第40話

ご無沙汰しております!間があいてしまいましたが、再びお楽しみいただけたら嬉しいです:)



 「先日の諸侯との会談、ご苦労様でした。大変見事な話術で、思わず私も聞き入ってしまいました」


 エマール視察官が、ティーカップをセットしながら声を掛けてくる。

 彼が言及しているのは、この前の秘密のお茶会のことだ。


 私の雄渾な演説のお陰…かどうかは別として、王政府の3大臣と、4大辺境伯に教会府へ反旗を翻すことを決意させたのは、スタートアップとして上々だろう。今彼らには、それぞれの役割を果たしてもらっている。


 財務大臣には、市場価格のより正確な調査把握を。いずれトイトーネがロベールを植民地化するとなれば、トイトーネ帝国の通貨であるRN(ライヒノーテ)が正式通貨として制定されるはず。そうなった時に、より素早く潤滑に貨幣流通することが望ましい。建前上通貨統一されているものの、現状ロベールには、王政府が公式に定めている「王貨」以外に、教会府の発行する「神聖札」というのが存在している。教会府の影響力が強い地方程、後者の価値が高いのだ。勿論どちらも潰すつもりだが、神聖札がどのくらいのレートで、どのくらい出回っているのか知っておいた方が、後々面倒が少ないだろう。


 軍務大臣には、竜を倒すことが出来る国がある、という噂を各軍団に流してもらう。突然トイトーネ帝国の戦闘団を介入させようとしても、旧体制に盲信している状態では、反発が大きいに決まっている。無理に介入して活躍して見せても、逆に反発が強くなるだけだ。

 だからこそ、“上から漏れ出たトップシークレット情報”として、トイトーネ帝国の存在を軍団の兵士単位にまで匂わせるのだ。不安は混乱を呼ぶ。その混乱に乗じてトイトーネ帝国が姿を現せば、軍事権威はトイトーネのものである。


 そして宰相には、王政府貴族の反教会府化を進めてもらう。植民地化に際して、帝国情報局はいきなり国王を廃するつもりはない。当面は“ロベール地方の歴史的象徴”として形骸化した冠だけ与え、王の血筋を絶やすことで完全廃止する予定だ。だから、宰相である彼には王政の形骸化と、反教会府感情の煽動を進めてもらうのである。

 …そう考えると、第1王子であり次期国王とされるフィリップは、自分の子供を一生持てない訳だ。下手をすれば、妻帯すら出来ないかもしれない。要は正当な嫡子を持つことを、禁じられるのだ。

 悪いなフィリップ、恨むなよ…と心で呟きつつ、1μも罪悪感は抱かない。私は他人を憎悪することも無ければ、他人に罪悪感を持つことも無いのである。


 4大辺境伯には、早速領地に帰還してもらって、領民の“教育”を手助けする役割を与えた。

 各辺境伯領にも、教会が設立されている。だが、4大辺境伯は独立貴族だ。教会府の影響力は王政府貴族領には及ばず、教会の司教選定権はほぼ辺境伯が握っていると言える。


 それを利用して、各領教会司祭をトイトーネ帝国のエージェントに挿げ替えてもらう。辺境伯領教会は、教会府の監視が行き届いていないため、多少勝手をしても教会府にはすぐには露見しない。その間にエージェントは適当な神託を説いて、教会府、延いては唯一神に対する不信感を煽る。


 これらの計画は元よりあったのだが、如何せんロベールの現地民とのパイプが無いために、表立って動きづらかった様だ。勿論、ロベールに対しての危機感からでは無い。他列強が黙っていないのだ。他列強もロベールに対しては、味見をしたいパイではあるが、どうナイフを入れようか考えあぐねていた。トイトーネ帝国と同様、領土拡大には魅力を感じるものの、支配下に置くための労力を鑑みると採算が取れない、と読んでいるのだ。だから、水面下でお互いに牽制し合うのみで、直接行動に出ることはなかった。知らぬは渦中の真ん中にいる、当事者のロベールだけである。


 そういう訳で、私たち聖女の出現というのは、その膠着状態を激変させる起爆剤となったのだ。いや、聖女という存在のみでは、特に変化は無かったかもしれない。大人しく教会府の愛玩犬でいられる、模範的な聖女であれば。


 ロベールの誤算は、召喚した人間が自動的に「聖女足り得る」と勘違いしてしまったことだろう。召喚されて来るのは、必ずしも聖女様ではないのだ。只の異世界の住人である。


 生まれた時から「自分が何者であるか」を知っている動物はいない。動物は、「何者に、どの様に育てられるか」によって、自分がどの様な生物かを自覚するのである。


 聖女も同じだ。まだ自我が発展途上な者であれば、「自分は聖女になるためにここに来た」と覚えるだろう。マリアがその良い例である。彼女はまだ学生で、人間としては子供で、自我が形になる前だから、素直に聖女としての自分を受け入れた。


 しかし私は違う。良くも悪くも、既にある程度自我が定まってきた大人だ。孔子から言わせれば「五十而知天命(五十にして天命を知る)」らしいから、私の年齢じゃまだまだ小童扱いかもしれないけれど。だからといって、物を知らぬ幼子はとうに過ぎた。ボランティア精神も持ち合わせが無い。


 こうしてロベールは、自ら爆弾を引いてしまったのだ。運を引き当てたのは、トイトーネ帝国だった。ロベールをめぐる列強諸国の領土拡大運動は、これから急激に新たな局面を迎えるだろう。ロベールがトイトーネ帝国支配下に入るとなれば、他列強は絶対に黙ってはいない。公式にも非公式にも、合法非合法の手段問わず、妨害してくるのは間違いない。


 勿論、それに対する対抗策は講じなければならないし、既に帝国情報局の上の連中は考えているはず。今私が一番にすべきことは、植民地化計画の第1フェーズを恙なく完了させることである。まずは最低限のクオリティをクリアしなければ、いくらプラスαを提供出来たとしても、プロフェッショナルとは言えまい。


 「そんな大したものではない。あれくらい、私の元の世界の同僚でも、普通に出来る人はいるよ」


 「マーガレット様は大変謙虚でいらっしゃる」


 「事実を言ったまでだ」


 「それが事実だと仰るなら、随分と優秀な方々の中でお勤めなさっていたようですね」


 「ふん、エマール視察官もお世辞が板についてきたじゃないか。煽てられても、私は給料分の仕事しかしないけれどね」


 「ははは、ごもっともです。しかし上も、恐らく同じように言うと思いますよ。貴女の話術は素晴らしい。聞いている私まで、思わず話に引き込まれてしまいました」


 「そうか?それなら、喋った甲斐があったというものだ」


 「後学のために、是非とも私にその話術を伝授していただけませんか?」


 「いや、話術と言えるほど高尚なものでもないんでね。ま、何回か聞いていたら、そのうち否でも分かるようになるんじゃないか?」


 実際、私は弁護士や政治家でもないし、宗教家の様に洗脳を得意としている訳でもない。先人たちの真似をしているだけである。


 一応、手法として確立されていたりはする。

 対象を瞬間的に不安にさせた後安堵を与えると、対象は精神的に無防備になりがちであり、より説得効率が上がる。心理学で"fear-then-relief technique(恐怖後安堵手法)"と呼ばれる、心理操作の常套手段だ。

 私が先日の会談で真似をしたのは、この手法である。自国への不安を煽った上で、解決案を提示して安心させる。今回の様な事案には打って付けの方法。


 まあファシストが使っていたとかで悪名高いし、加減を間違えればただの恫喝。私は勿論ファシストではないし、脅迫罪で起訴されたくもない。しかし残念ながら、慈悲深い人間でもない。相手の心理を自らの操作下に置いた方が、交渉に勝つのである。だからきちんと、法に抵触しないぎりぎりの用法用量を守って、使用するのだ。


 ――ん?ロベールって、法治国家であるかすら疑わしいよな。あれ、もしかしてこれは権力さえ味方に付けてしまえば、やりたい放題なのでは?つまりトイトーネ帝国という権力を笠に着ている、今の私の状態って、まさかの無双状態だったりするのか?


 「…マーガレット様、今非常な危険思想を思い浮かべていましたでしょう」


 「…何のことだい?」


 「私は使い走りではありますが、一応目付け役でもありますので。事の次第に差し障りのある危険があれば、貴殿を御止めする場合もあります」


 「まあまあ、想像するだけなら自由じゃないか。向こう見ずな手を打つほど、私が馬鹿に見えるかい?」


 「勿論、そうでないと願っておりますし、現時点で貴殿は十分要領良くやっておいでです。ただ、何せ私も貴殿と知り合ってから浅いので。ほんの微小なリスクでも考慮するのは、職業病でして」


 「はは、そりゃそうか!悪いね、ちょっと揶揄っただけだよ。これから貴殿をこき使うのに、少し気の利いたコミュニケーションを取って、仲良くなろうかなと思ってね。ほら、上司と部下の連携には、相互感覚の擦り合わせが必須だろう?」


 するとエマール視察官は、少々眉を下げて溜息をついた。


 「分かりました。ただ、突然凶悪犯みたいな顔になるのは、出来れば遠慮願いたいです。…心臓に悪いですから」


 「ふふふ、君も言うじゃないか。誰が凶悪犯だって?こちとら善良なる“聖女様”だぞ?レディのかんばせに対して、その表現は些か失礼だと思わないかね」


 「おや、マーガレット様はご存じない?その美貌が素晴らしいものであればある程、その表情にも凄みが出るのですよ。演劇だって、悪役は必ず美男美女と決まっているじゃないですか」


 「へーえ、確かにねえ。思い返してみれば、我らが長も、大変迫力のある美形だったなあ。若き頃はさぞや異性を騒がせたに違いない。いや、年齢を重ねられて、更に凄みが増したのかな?」


 にやりと笑って、ゲレン長官のことを引き合いに出す。途端にエマール視察官は、遠い目になった。


 「ああ…まあ、お噂はかねがね。私は式典等でしか拝見したことはありませんが…あれは、そうですね。ベテラン俳優も真っ青でしょうね…」


 「そうそう、それから見たら、私なんてまだまだ小娘だよ!積み重ねてきた経験(・・)の差だろうね」


 言外に、ゲレン長官なんか悪役中の悪役、黒幕の大ボス級だろう、と匂わせる。あの雰囲気からして、数多の屍を踏みつけてきたはずだ。直接手を下した人数は知らないが、彼の決定により間接的に殺した人間で、屍者の国でも創れるんじゃないだろうか。

 …とか思わせてしまうくらい、ゲレン長官は業を背負っていそうな人相をしていたのだ。


 これに関しては、エマール視察官も異論はないらしい。そっと肩をすくめるだけだった。


 「まあ、これから宜しく頼むよ。私は魔弾だ。弾道の確保は、観測手である君らの仕事だからね。君はその取りまとめだ、期待しているよ」


 「有難きお言葉、感謝いたします。限りなく正確な弾道を描けるよう、微力を尽くす次第です」


 敬礼は控える代わりに、背筋をびしりと伸ばして、エマール視察官が応える。


 その顔つきを見て、良い仕事が出来そうだな、と一人頷いたのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。