幕間 マリアの場合4
今回はヌガーのように激甘なので、ヌガーが苦手な方は次回更新までお待ちいただくことをお勧めします。
私は今、とっても困っている。原因は手に持っているこの手紙。
『マリアちゃんの愛らしいその姿を想って、この花を添えます。この花の囁きを、そよ風がその可愛らしいお耳に届けますように』
手紙の最後に書かれた一行の通り、手紙には花が一輪添えられていた。真ん中が白くて、外側が淡いピンク色になっている。お花が大好きだから、大体のお花の名前は知っていたつもりだけど、このお花は知らなかった。
侍女さんに聞いたけれど、全然知らない名前の花だった。多分前の世界にはなかったものだと思う。
お花の名前を聞いたついでに、エリーズに手紙の内容を見られた。あ、エリーズっていうのは、私についてくれてる侍女さんたちの1人なんだけど、年が近いからお友達になったんだ。私が前の世界の家族や友達が恋しくなったときも、たくさん話を聞いてくれて、そしたらこの世界では私がお友達になりましょうって言ってくれた。栗色の巻き毛とたれ目、小さい身体でちょこまか動くのがすごく可愛い。おしゃべりで明るくて、大好きな友達。
そのエリーズが手紙の最後を呼んだとたん、「まあ!マリア、貴女なんのお花をいただいたの?!」って興奮気味に詰め寄ってきた。勢いに押されながらお花を見せたら、「まああああ!素敵よ素敵!!」ってもだえてた。
何だろう?と思って聞いたら、「貴女、花言葉って知らないの?!」って鼻息荒く言われた。なんで花言葉…?って首をひねる私に、エリーズが丁寧に教えてくれた。
なんでも、この手紙の『この花の囁きを、そよ風がその可愛らしいお耳に届けますように』っていうのは、つまり「この花の花言葉を貴女に伝えたいです」っていう意味らしい。貴族っていうのは、気になっている人とか恋人とかと、そういう遣り取りをするんだって。
気になっている人とか、こ、恋人って…!ってなってる私に、更にエリーズは花言葉を教えてくれた。
このお花の花言葉は、「純粋な心」「可愛らしさ」っていうのがあるみたい。…それと、「貴女の愛らしさに癒される」。
というわけで、私は今絶賛困っているところ。
何に困っているかってそりゃもちろん、この早すぎる心拍数と火照ってしかたない顔にですよ!
一応断っておくと、ただ甘い台詞ときれいなお花をもらっただけでこうはならない。好きじゃない人から何を言われたって、そんなドキドキしたりはしないもん。
これを送ってきた相手が問題なんです。
「でもマリア、あのフィリップ殿下からこのようなお手紙をいただくなんて…すごいわ!さすがマリアね!」
エリーズが目をキラキラさせながら言ってくる。
「ちょっと、エリーズ!私とフィリップさんは、そんな関係じゃないんだってば!」
そう、これはフィリップさんからのお手紙。
フィリップさんは一国の王子様。しかも第1王子だから、すごく忙しい。教会府の王都分会にいる私は、あんまり会えない。その代わりに、こうやって手紙をたまにくれる。
とっても優しくて、かっこよくて、最初は年の離れたお兄ちゃんみたいだなあって思ってたんだけど…最近はちょっとそれ以外の感情も出てきて、自分でも困ってるんだ。
「あら、マリアったら知らないの?フィリップ殿下ってあの通りとっても凛々しくて美男子でしょう?だから国中の女性が憧れているんだけれどね。滅多にお近づきになれないのよ?」
確かにフィリップさんは、超のつくイケメン。第一印象から「これほど王子様が似合うイケメンはいない」って思ったくらい。濃い目の金髪はさらっさらだし、青い眼はくっきりした綺麗なアーモンド形。鼻筋がすっとしていて、肌もシミ1つない。いわゆる甘いマスクの美形。背もすらっと高いんだけど、意外と筋肉があったりする(前に鍛錬しているところを見学していて、たまたま服がまくれて腹筋割れてるの見ちゃった。…わざとじゃない!たまたまだから!)。
しかも、ただでさえルックスが完璧なのに、すごいのは外見だけじゃない。第1王子だから、王様の仕事を手伝ったりするんだけど、フィリップさんは超有能で、どんな課題も素早く解決しちゃうんだって。人望も厚くて、王様から平民までみんなから期待されてるらしい。
そんなできる人なのに、それをひけらかしたりしないどころか、どんな人にも穏やかで親切。もちろん、犯罪者とか悪人には厳しい態度をしっかりとる。でもお金持ちとか貴族とかをえこひいきすることなく、貧しい人々を救うために孤児院に多額の寄付をしたり、悪い貴族の悪事を暴いて罰したりしたんだって。それを聞いたときには、幸せを独り占めするんじゃなくて、みんなに分け与えられる、すごく良い人なんだなって思った。そして彼こそ、次の王様にふさわしいんだろうなって納得した。
つまりまとめると、金髪碧眼ルックス性格超完璧王子様、ということなのです。
やばい、やばすぎる。どこにも欠点が見当たらない。輝きすぎて、モテない要素が皆無。
「そりゃフィリップさんがモテるのは分かるけど…。別に私だって、お近づきとかじゃないし」
「何いってるの!お手紙を遣り取りする仲だなんて、そうそうないことなのよ!」
「いや、手紙くらい友達だってするじゃん」
「あら?ただのお友達相手なら、そんなお手紙をいただいて、お顔を真っ赤にさせてオロオロしたりなんてしないのではなくて?」
そう言われて、思わずうっと言葉につまる。
それこそ私が困っていること。
フィリップさんは優しいから、私によく「愛らしい」とか「話をすると癒される」とか言ってくれる。最初はこんなかっこいい人に言われるなんて役得〜、くらいにしか思ってなかったんだけど、最近私の心臓はおかしい。
フィリップさんに「愛らしい」って言われるたびに、胸がすごくドキドキする。顔が熱くなって、変な表情してるんじゃないかって、顔が上げられない。
あんまり会えないから、せめて会えたときは笑顔でいたいし、可愛いって思ってほしいのに…って!私ったら何考えてるんだろ!
「マリア、貴女はきちんと自分の気持ちに向き合ったほうがよろしくてよ?」
腕組みをしながらエリーズが言ってくる。
「向き合うって?」
「貴女、自分でも気づいているでしょう?お手紙がくるたびにフィリップ殿下からじゃないかって、いつもそわそわしているし。違ったらそれはもう落ち込んで、次のお手紙はいつかなって顔して。かと思えば、殿下からお手紙が来た途端、もう幸せそうなオーラ満開にしちゃって。殿下からのお手紙を読んでいるときの貴女の顔、一度鏡で見てみたらいいのよ」
「ええっ、私そんなオーラ出してた?!」
「そうよ、ほわほわーって、周りにお花が咲いて小鳥がさえずっていそうよ。とっても分かりやすいものだから、他の侍女たちだってとっくのとうに気づいているわ。分かっていないのは、当の本人だけ!」
「そ、そんなあ」
「あのねえ、そんな悠長にしていて、どこぞの女に先を越されたらどうするの?!ただでさえフィリップ殿下は超優良人気物件なのよ!毎秒様々な女が虎視眈々と殿下に取り入るチャンスをうかがっているんだから!」
そう言われて、思わずフィリップさんが他の女の人と一緒にいるところを想像してしまう。
優しく話しかけるフィリップさんに、微笑み返す女の人。フィリップさんは庭を案内しながら、エスコートするために彼女の手を握って…。
なんだろう、その光景を思い浮かべたとたん、胸がきゅううっと痛む。
「まったく、なんて顔をしているのよ…。そんなに他の女にとられるのが嫌なら、ちゃんと自分の気持ちを認めるところから始めなさい」
エリーズに言われて、今まで深く考えないようにしていた自分の気持ちを、確認してみた。
フィリップさんに「マリアちゃん」って呼ばれると、すごく嬉しい。笑いかけてくれたら、もっと嬉しい。「愛らしい」って言われるとドキドキして、フィリップさんの顔が見れなくなっちゃう。でも、そのあと「どうしたの?」って顔をのぞきこまれるのは、恥ずかしいけど嫌じゃない。仕事をしているときの彼の真剣な姿は、大人の男の人っていう感じがしてドキッとする。鍛錬中に見せる厳しい表情も、お茶をしてるときの無邪気な笑顔も、どっちもかっこいいなって思う。
でも、フィリップさんが他の女の人と仲良くしていたら、すごく悲しくなる。私以外に優しい言葉は言ってほしくないし、穏やかな笑顔も見せないでって思っちゃう。
今は付き合ってる人はいないって言ってたけど、フィリップさんはそろそろ婚約者を、っていう話も出てるみたい。もし彼が誰かと付き合って、結婚するってなったら…。考えただけで辛くて苦しい。
そっか、私嫉妬してるんだ。
私、フィリップさんに恋してるんだ。
「そっかあ、私、こんなに好きだったんだね」
ぽつりと呟くと、エリーズが溜息をついてやれやれ、という仕草をする。
「もう、ようやく自覚したのね」
「ねえ、エリーズ!フィリップさんって、どういう女の人がタイプ?!美人系?可愛い系?背は高いのと低いのどっちがいいのかな?性格は活発なのと大人しいのだったらどっちかな?あっ!っていうかまさか年上好きとかじゃないよね?!年下はあり?なし?!」
必死の想いでエリーズににじりよったら、彼女はドン引きした顔をしながら、それでも答えてくれた。
「いや、あのね。好きって気づいたのは良いことだけれど。いったん落ち着きましょう、マリア。…というかね、私がフィリップ殿下の女性の好みなんて、知っているわけがないじゃない。私が殿下に全く興味がないのは知っているでしょう?だから、殿下のような人がどんな好みをしているかなんて、気にしたこともないわよ」
「そうか…そうだった…。エリーズの好みは、ベルナールさんだったね…」
ベルナールさん、というのは、ヴィザンティ軍団の軍団長さんのことだ。
ベルナールさんはすごくたくましい竜騎士さん。同じイケメンでもフィリップさんみたいなキラキラ王子様じゃなくて、いかにも武人ってかんじの男前さんだ。
エリーズはこのベルナールさんのことが大好きなんだけど…。エリーズを見ると、見事に顔を真っ赤にしている。
「えっ、そ、そんなっ!私がベルナール様のことを、お、お慕いしているなんてっ!秘密って言ったじゃないの!そんな大きな声で言ったら、他の侍女に聞かれちゃうわ!」
「大丈夫だよ、今他の人いないから。…まあそうだなあ、ベルナールさんとフィリップさんじゃ、全然タイプ違いそうだもんなあ」
2人を思い浮かべてそう言うと、エリーズも首をひねった。
「そうよねえ…。ベルナール様はご自身が心身ともにお強いから、芯があって凛としていて、大人っぽくて、武芸に理解がある女性が理想みたいなのよね…。つまりストライクゾーンは年上にかたよりがち…。ああっ、15の私じゃ分が悪すぎるのよ!でもでもっ、貴族令嬢の嗜みはしっかり学んで強くなれるように努力しているし、武芸だってお兄様の鍛錬を見学させてもらったりして、造詣を深めようとしているし!年齢なんて超えてみせるわ!」
ぐっと拳を握るエリーズ。この子良い子なんだけど、たまに思考がぶっ飛ぶんだよなあ…。
「うん、ていうか武芸に理解がある女の人って、なかなかいないから大丈夫だと思うよ。そう考えるとさ、フィリップさんの方がライバル多そうじゃん?モテるからっていうだけじゃなくてさ…ほら、フィリップさんっておしとやかで女の子らしい感じの人とか、似合いそうだし。深窓の令嬢系とか、ストライクゾーン入りそうじゃん。そうすると貴族の女の子たちが色々思い当たるというか…ほら、例えばセレスティーヌさんとか…」
思わず頭にあった人の名前を口に出す。
「ああ、セレスティーヌ様ね。確かに年齢も18歳で適齢だし、由緒ある侯爵家の1人娘だし、美人だし、おまけに彼女自身、フィリップ殿下をお慕いしているわね」
「うわあああ…やっぱりそうなんだ…」
セレスティーヌさんは、侯爵家の中でも格が高いお家の娘さん。今年18歳になる女の子で、何回か会ったことあるんだけど、すごく可愛い子だ。ハニーブロンドのくるくるの巻き毛に、大きな濃いピンクの瞳。喋り方もお嬢様言葉で、典型的なお姫様って感じ。
実は私、ちょっと彼女のことが苦手だったりした。フィリップさんと一緒にいると、いっつもどこからかやってきて話しかけてくるんだけど、「あら、聖女様はもっと高貴で近寄りがたいかと思っていたけれど、まるでうちの使用人みたいな話し方をするのね」とか、「私はフィリップ殿下が10歳の頃からの仲ですの。ですから殿下の好みでしたら、私に訊いたらよろしいわ」とか言ってくる。あと、幼なじみのせいか、距離が近い。すぐにフィリップさんの腕に手を置くし…。
なんで苦手なんだろうって悩んでたんだけど、私がフィリップさんを好きだから、仲の良さそうなセレスティーヌさんに嫉妬してたんだ。今わかった。
そんなセレスティーヌさんも、フィリップさんのことが好きらしいのだ。もう私の心のなかは、暴風雨だよ…。
「とは言っても、ただ幼なじみっていうだけで、2人の仲は今のところそれ以上ではないようよ?それから見たら逆に、1年もたたないうちに手紙までやりとりするようになっている、マリアの方が脈があるんじゃないかって、もっぱら噂なんだから」
「えええ、そんな!」
「本当よ。おかげでセレスティーヌ様は、大変御機嫌がうるわしくないって、お友達が言ってたわ。焦っているのか、『早く殿下との婚約の話をまとめてちょうだい!』って、お父上である侯爵当主様にせがんでいるらしいとも聞いたわ」
婚約、という言葉を聞いて、思わず心臓が嫌な音をたてる。
「え…婚約って。それじゃあ」
「まあ侯爵家は執政にも貢献しているし、ご当主様はフィリップ殿下にとっては第2の父君のような関係だから。婚約者としてはつり合いがとれる、っていう意見はちらほらあるわね」
「そんなあ…恋を自覚した瞬間失恋って、そんなのひどくない…?」
私が情けない声を出すと、エリーズがぱん、と手を叩いた。
「失恋だなんて、勝手に決めつけないことよ!私は、周囲からそういう話が出ている、って聞いただけ。フィリップ殿下ご本人が、縁談に乗り気だなんて、そんな話はされてないわ。そして、貴女は貴族ではないけれど、それよりも地位のある“盾の聖女”様よ。かつフィリップ殿下とも、とても仲良くしている。つまり!私が何を言いたいか、分かるわね?」
「ええと…?」
「貴女にも十分チャンスがあるってことよ!このにぶちん!そもそもフィリップ殿下のお気持ちを知らないのに、他の女性に嫉妬したって仕方ないでしょう!そんなことで悩む時間があったら、直接聞きなさい!」
「えっ!直接聞くって、そんな、『誰が好きですか』なんて聞けないって!」
「何言っているの、女は度胸よ!まあ最初からそれを聞くのは、ちょっと性急すぎるかもしれないけれど…」
「じゃあどうしたらいいの~」
エリーズはしたり顔で、私の質問に答えてくれる。
「そりゃもちろん、恋の必勝法はただ一つ。アタックするのみよ!…いい、殿方というのはね、女心に少し鈍いところがあるの。だからね、『お慕いしています』って言葉にしなくても、態度に出して相手に察せさせるのよ。アタックしまくって、『あれ、もしかして彼女は私のことが?』ってなったら、ちょっと引くの。そうすると男性側は、相手の女性が気になって仕方がなくなって、気づいたら恋に落ちているのよ!これぞ、最新女流作家のロマンス小説から学んだ、必勝法よ!」
「なるほど!押して押して押しまくって、最後にちょっと引いて、良い感じになったら、最後に好きですって伝えればいいんだね!すごい!エリーズに相談してよかった!」
ふふん、と得意気な顔をしながら、エリーズはぐっと親指を立てる。
「ふふ、私はいつでもマリアの味方だからね!だから、セレスティーヌ様なんかに負けずに、フィリップ殿下をおとしちゃいなさい!」
「はいっ!頑張りますっ!」
なんか違うような気がしないでもない…けど、ううん、そんなの気のせい!
よーし、そうと決まれば、早速フィリップさんをお茶に誘ってみようかな?
エリーズとお喋りしながら、手紙の内容を色々考えるのだった。




