第43話
お久しぶりです、紳士淑女の皆様。未開地の空気はそろそろお腹一杯、といったところでしょうか?
はい、私も至極同感でございます。その上で、一つ問題を出しましょうか。
さて、今私はどこにいるでしょう?
ロベールの王都?いやいや、もうそこは3週間前に脱出しておりますよ。んん、では東都ではないか?はは、ディジヨーヌ軍団の絶望的なクオリティは、何度チェックし直したって変わりはしませんよ。そんな退屈な素人芝居なんて、皆様のご嗜好には合わないでしょう?
はい、ここまで申し上げれば、もうお分かりですよね。
お察しの通り、私は久々に文明の空気を肺腑に吸っているわけです。
快晴の空!差し込む柔らかな日差し!唯一神が存在し得ない健全な空間!
麗しきトイトーネ帝国に!
Hip!Hip!Hooray!
…と、叫びたくなるのを堪えて、じっと椅子に座っている。
そう、私は現在トイトーネ帝国にいるのだ。
私は今、“マーガレット”ではなく“ヴェラ・ヴィトゲンシュタイン”という主権を認められた帝国民として、ここにいる。その響きの、何と甘美たるや。教官から「ヴィトゲンシュタイン、答えたまえ」と指名されるたびに、その喜びを噛み締めている。
教官、と表現した通り、ここは学び舎であり、その教室のうちの一室である。私が座っているのは、数ある長机のうちの中央列左端。周囲には同じ様に長机で肩を並べる、制服を着た面々と、前方黒板前の教壇に立つ、壮年の男性教官。
机には教材が広げられ、黒板には題目とその解説が書かれている。当限の科目は『覇権国家外交論』。簡単に言えば、歴史上世界の覇権を握ってきた国々が、各々の時代においてどのような外交を行ってきたか、という内容だ。この世界の歴史をよく知らない私にとっては少々ハンデがあるものの、逆に知らないからこそ面白かったりする。
穏やかな陽光につられて、ふと窓外に目を向ける。広がる緑に、遠くに見える峻厳な山の影。建物の姿は一切見えない、自然豊かな光景だ。
私たちがこうして講義を受けている場所は、帝都ベアリィンではない。ビッブルグ市という、トイトーネ帝国北西部に位置する一都市にある。
ビッブルグ市は、市と名乗っているが人口はそう多くない。特産品もこれといったものはないし、大多数の帝国民は市名を聞いても「そんな土地あったのか」としか言わないだろう。
だが逆に、それこそがこの都市の“特徴”であったりする。
正しく表現すると、公表されている人口は、市として認められるのにぎりぎりの規模。認知されている特産物は一切無い。何せ、この都市はそういう風にあるように、造られているのだ。
私たちのいるこの学び舎。一応公式上“学び舎”を名乗っているのでそう表現したが、実態は「訓練施設」である。軍隊でもなく、技術工のでもない。国際社会の華々しい舞台の裏で、ひっそりと脚本を描く者たち――諜報員である。
この都市は、都市全体が帝国情報局の私領、そこにある施設や人員はその管轄下なのだ。つまりここに建っている建物は全て帝国情報局関連のものだし、居住者も全員帝国情報局に勤務している者達である。但し、ここは彼らの本拠地ではない。彼らの本部は、また別の隠匿された都市にある。…全くトイトーネ帝国は、随分と自国の諜報機関に権力を持たせすぎやしないか?まあ、他国に出し抜かれるよりはマシなのかもしれないが。
ビッブルグ市は、主に帝国情報局の訓練施設が設置されている。私のいるこの“学び舎”も、その一つだ。正式名称『帝国情報局機関員養成訓練校ζ-1』、名前が長すぎて言いづらいので『ζ-1』と呼称しているが、ここは機関員の中でも、少々特別な人員を訓練するために創設されたらしい。というのも、今回の『11X』、秘匿呼称『シュペッツ』部隊編成のために、態々新調したとのこと。ゲレン長官のしたり顔が目に浮かぶようだ…。
「そこでだ、シュルツ。貴官に質問をしよう。この時代、テュッレーニア都市連合が“パクス・テュッレーニアーナ”とも呼ぶべき一大勢力を築いていた。そして現在、我が国がその地位にとって代わり、一大覇権を有していると言えよう。では同じ覇権国家となり得たその二者の間には、何か特筆すべき共通点があって然るべきではないかね?それについて、貴官は如何様に考える?」
おっと、ここで教官から同期に質問が飛んだ。指名されたシュルツは、恐らく昼食前の空腹に耐えていたのだろう、丸くなりがちな背をびしりと伸ばして答える。
「はい、教官殿。しかし二者間において、表面的な共通点というのは少ないように思われます。特に同時代のテュッレーニア都市連合は、国土も小規模で我が国のそれに遥か及ばないと、記憶しております。テュッレーニア都市連合が一時期興隆を極めたのは事実でありますが、現在のトイトーネ帝国のそれとは、異質なもの、謂わば覇権国家の黎明期と称すべきかと」
シュルツの答えに、教官の眉が寄る。
ああ、それじゃあ答えとしては駄目だ。教官の今問うている内容は、そこではない。端的に言えば、「確からしい共通点を見出せ」と問題を出しているのだ。こじ付けの理屈でも駄目、明確な根拠を提示しつつ問いに答えるべきである。シュルツのような、「そもそも繁栄の質が違う」などという答えは以ての外だ。
「シュルツ、貴様は小官の話を理解していたかね?私は“共通点があって然るべき”、と申したのだ。現在の我がトイトーネの覇権掌握状態を鑑みて、“我が国は前代未踏の境地にある”と自惚れるのも仕方のないことかもしれない。が、それでは諜報機関員は務まらん!良いか、我々はどんな微小な事象をも捉え、観測し、千万通りの可能性を思考することが求められる。適当な理由をつけて尤もらしく考察するのは、そこらの歴史家にでもやらせておけ!」
案の定、教官はシュルツに対して駄目だしをする。彼も普段はそこそこ優秀だと思っていたのだけれど…空腹で血中グルコース濃度が足りずに、脳の機能が低下していたのだろうか。
少なくとも、彼の回答では今科の減点対象になり得る。
「全く、私は諜報機関員候補生の育成担当であって、勉学をこねくり回す学生相手に教授しているのではないのだぞ!シュルツ、貴様も諜報員候補生の自覚があるのであれば、肉体の疲弊如きで脳の活動を鈍らせることは、只の体たらくだと頭に刻んでおき給え」
「はっ、大変失礼致しました!以後気を付けます」
シュルツの殊勝な返事は大変宜しいが、残念ながらここで元の問いが消えて無くなるわけではない。つまり、彼の代わりに生贄が出るということで…
「仕方ない、代わりの者に答えてもらおう。ヴィトゲンシュタイン!貴官であれば、この場にいる人間を失望させるような答えは、決してしないと信用して良かろう?」
あああ、きた、こっちに流れ弾が…!何故か知らないが、こうやって誰かが答えられなかった場合、高確率で私が次弾を被弾するのだ。
「はい、教官殿。差し支えなければ、当該時代のテュッレーニアと現代トイトーネの共通項について、小官の考察を口述させていただきたく存じます。…少々長くなっても?」
「許そう。存分に語り給え」
くそ、シュルツの奴…後でこの借りはきっちり返して貰うからな。
「はい、教官殿。ではお言葉に甘えまして。」
一旦一息いれてから、頭を切り替えて話し始める。
「テュッレーニア都市連合は当該時代において、国土こそ小規模であります。現在の我が国と比較し3分の1程度でしかありません。ですから国土面積という点でいけば、テュッレーニア都市連合とトイトーネ帝国に共通点はありません。しかしながら、国土面積だけを比較するのは、思考の硬直、前時代的な考えであります。申し上げますと、領土面積とは即ち国力の大きさ、と考えられがちですが、必ずしもこの2つの要素は完全なイコール関係にない、と考えます」
「ふむ、国力を国土面積だけで考えるのは、前時代的であると。ではヴィトゲンシュタイン、貴官は国力を決める要素の、新しい定義を既に考えているのだね?」
「はい、教官殿。まず、国力を決定する主な因子は、9つあると考えます。1つ、地理。2つ、天然資源。3つ、工業力。4つ、軍事力。5つ、人口。6つ、国民性。7つ、国民士気。8つ、国家外交の質。そして最後に、政府機能です。地理とは、国家が世界のどこに位置するか、周辺環境がどの様なものであるか、ということ。天然資源は言うまでもなく、燃料や食糧の自国歳出量を指します。工業力とは、国際対比でどの程度の技術力とそれに伴う生産性を有するかです。軍事力は、単純な暴力における優位性を表します。人口は、軍事と技術を支えるだけ潤沢かつ、資源で賄える程度に収まっていること。国民性と国民士気は観察測定が難しいという点で、類似性はあると思います。相違を説明するならば、前者は牢固たる気質であるとか、異文化に対する柔軟性を有している等を指します。後者は生産・軍事・政治的決定志向に対する熱量を測ります。その点で後者は軍事力とも関連性があるということですね。国家外交の質、これは前述した全ての因子を統合的に運用し最大化するキーです。そして最後に政府機能、これは3つの視点において天秤が均衡するかが重要です。3つとは、各種資源と政策、運用資源間、対外政策に対する国民の支持、これらの均衡です」
周囲の訓練生たちが何やら真面目にメモをとっているが、私は大したことは口述していない。そもそも述べた内容は、前の世界で大学時代に齧った知識の一つだ。モーゲンソーが『Politics among Nations』で国力について語っていたのを、ちょっと拝借させてもらっている。
私は結局凡人でしかない。だからこそ、先人の知恵はここぞとばかりに有効活用させていただくのだ。
「ほほう、なるほど。国力を9つの要素で語るか…。して、テュッレーニア都市連合の場合、どう説明する?」
教官が興味深げに再度質問を投げかける。
「まず第1・2の項目、地理と天然資源から考察いたします。テュッレーニア都市連合は、領土線のほぼ7割を海洋に面しており、残り3割も太い河川によって大陸から分断されています。半島ないし島状といっても良いでしょう。地形は河川沿いに広がる低地と、内陸部の高地から構成されている。カールパート王国や我がトイトーネと国境を接していますが、河川付近は湿地帯ですし、陸路は限られています。つまり、地形的に他国勢力が介入する可能性が低いと言えるかと。更に太い河川と三方に面する海洋によって、海運の発達が他国と比較して著しい。海を隔ててマッカ太守国とも交流があり、東方大陸からの資源交易に力を入れています。かの国は自領からの資源採掘量は少ないですが、輸入によってそれを十分カバーしています。よって、消費可能な天然資源は潤沢であると言えるでしょう」
「左様。テュッレーニア都市連合は、古代からその地形によって独立性を保ってきたと言っても過言ではない。また地理的に海運業が盛んであるのは事実だ」
「はい、教官殿。一方トイトーネ帝国は、ほぼ大陸国家。西に山脈があり、南の低地以外、国土の8割は高地です。海への出口は、僅かに北側に北海と面するのみ。海運より陸・空路の開発が進んでおり、前者とは大きな相違があります」
「ああ、テュッレーニアが半島国家ならば、我らは大陸国家。地理や天然資源における共通点はほぼあるまい?」
「はい、いいえ、教官殿。地形が大きく異なるため、確かに自然環境に共通項はありません。しかし、地形による天然資源獲得機会の恩恵、という点に於いて、両国は同様なのです」
「と、いうと?」
「我が国はその広大な領土の多くに、魔力脈が走っています。これによって科学革命以降、我が国は魔法産業の発展と共に、国際社会での発言力を飛躍的に強めました。魔法科学産業の興隆は勿論、技術者たちによる努力の賜物ではありますが、領土にその資源となる魔力が無尽蔵に流れていることも、魔法科学を一大産業化した要因の一つです。つまりトイトーネ帝国も、その地理的要因によって国力増大の機会を得たということ。これを鑑みると、国土の三方を水に囲まれたテュッレーニア都市連合が海運業により資源獲得の機会を得たこと、魔法科学の発展と比例して領土の広範囲を廻る魔力脈が巨大な天然資源庫となったトイトーネ帝国。両者は指向性さえ違えど、その本質は類似すると思われます」
「成程!資源の種類は違えど、潤沢に蓄えているという点で、テュッレーニア都市連合と我が国は同様だな」
教官の返答に、とりあえず納得のいく説明は出来ているようだ、と安心する。
元の世界とこの世界とは、相違点もあれば類似点もある。魔法が存在する、というのは随分異なるところだが、要はエネルギーの種類が少々違うというだけだ。主要エネルギーが化石燃料なのか、電気なのか、原子力なのか、魔力なのか、ただそれだけの話。
魔力をエネルギー、魔法を科学技術の一種と捉えれば、そう大して難しい問題でもない。
魔力は水資源の様なものだ。水脈のように魔力脈というのが地中を走っており、そこから魔力が供給される。生物固有の魔力というのも、魔力脈の影響によって発生するものだ。魔力脈の多く走る土地に住む民族は、比例して多くの魔力を有し且つ大きな魔法を使用することが可能だし、逆に脈が無い土地の住民は魔術使役指数が低いことが多い。
そういう意味で、ロベールの民族は大変希少でもある。
ロベール王国のある土地は、魔力脈が殆ど無い。魔力の砂漠と称しても良い。魔力が水だとしたら、ロベールの民は駱駝だろう。水の無い土地でも、水を貯え長期間生存出来る。他の生物と比べて、駱駝はとても稀有な存在だったはずだ。それ故、その地域で多数派だった魔力を持たない生物に、彼らは異端者として迫害されることになった。彼らの神話をトイトーネはじめとする列強諸国の常識で語るとすれば、この様な言葉で簡単に説明がつくに違いない。
まあこの際、ロベールのことは特に問題では無いのだが。
「宜しい!本日の講義は、そろそろこの辺りで切り上げるとしよう。そこでだ諸君。喜び給え!貴官らに課題を出すとしよう。ヴィトゲンシュタインの提示した、国力を決定する9要素。地理、天然資源、工業力、軍事力、人口、国民性、国民士気、国家外交の質、政府機能。このうち、地理と天然資源については、今しがた彼女自身が論を述べてくれたな。であるから、諸君には追加の論述を求めよう。課題はこうだ。3・工業力。4・軍事力。5・人口。6・国民性。7・国民士気。8・国家外交の質。9・政府機能。この、残り7つの要素に於ける、テュッレーニア都市連合とトイトーネ帝国の共通点について、考察してくること。回答は次回講義において、無作為に指名する」
教官が厳めしく宣言すると、他の訓練生たちはきびきびと返事をする。
「「「了解いたしました!」」」
「良い返事だ。課題期日は5日後。それまでに各自論をまとめてくるように。中途半端は認められないぞ!帝国情報局の機関員足り得る者であれば、私を納得させる内容を論じ給え!良いな?」
「「「ヤヴォール、教官殿!」」」
誠に統制の取れた返答だ。流石は帝国情報局の候補生…と感心しかけたところで、自分もその一員だったことを思い出す。
「勿論、ヴィトゲンシュタイン、貴官もだぞ?」
「ヤヴォール、教官殿」
釘を刺してきた教官に、きっちり返事をしておく。ぼんやりしてうっかり減点でもされたら、たまったもんじゃない。




