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無神論者の聖女紀行  作者: はっぴーせっと
第1幕 無神論者の転職紀行
47/59

第35話



 「マーガレットさーん!おかえりなさーい!」


 馬車から降りた途端鈴の音のように響く高い声と、ひらめく花吹雪。

 声の方に目を向ければ、久しぶりに見る黒髪の少女が、大きく手を振っている。


 その少女を挟むように立つのは、大司教である少年と、王子である青年。


 そう、私は王都に帰還してきた。




 「マーガレット様、東都からのご帰還、大変麗しく」


 「やだ、レオったら!そんな畏まっちゃ、マーガレットさんも話しづらいじゃん!ほら、いっつも私に話してるみたいに、リラックスリラックス!」


 「あはは、本当にマリアちゃんとレオは仲が良いなあ」


 「マリアはもうちょっと威厳ってものをですね…」


 「えー、私に威厳は求めちゃだめだよ」


 「ちょっと、君は一応聖女なんだから!ほら、そんな落ち着きないから転びそうになるんだよ」


 「おやおやマリアちゃん、足元にはちゃんと気を付けないと」


 「ちょっとー。レオもフィリップさんも馬鹿にして!」


 …トイトーネに行っている間に、君たち3人とも随分仲良くなった気がするのだが、気のせいかな。

 まず笑顔のフィリップ王子に突っ込みたい。マリア“ちゃん”って…いや年齢的にはそう呼んで自然なのだけれど。聖女様だろう?いいのかそれで?もう仲の良い年下の女の子扱いじゃないか。

 そしてレオに限っては、もう完全にお友達レベルになっている。話している雰囲気はどう見ても、聖女とそれに仕える大司教ではない。学生同士で仲の良い友達、と言われても納得してしまうだろう。というか「一応」聖女って、良いのそれで?君、大司教でしょう?信仰心も糞も無くなっていません?


 教会府はマリアを愛玩犬にしたかった、そしてその思惑通りに彼女を仕立てている…のだろうが、枢機卿たちはここまで馴れ合うことを意図していたのだろうか。違う気がしてならない。

 マリアの庶民的な感覚、そして素の性格であろう優しさと人懐っこさ、それらによって市民に広く慕われる、慈悲深い聖女像を創り出したいというところまでは、上手くいったのだろう。だがここまでいくと、教会府の思い描くイメージと比較して、聖女の聖性が薄れてしまうような…。


 あれ、もしかして、聖性の方は私で補おうとしている?そのための矛の聖女?2人いるからそれぞれ利用できるイメージで補填し合おうと?

 …ふざけるなよ教会府。貴様らのプロパガンダなぞには一切なってやらん。首を洗って待っているが良い。


 「マーガレットさん!東都は街並みがすごくきれいって手紙にありましたけど、どこが一番の見どころとかありますか?」


 マリアに声を掛けられたので、心の中の牙をいったん鎮めて、にこやかな表情を作る。


 「ああ、街はほぼマルブルで建てられているから、丘の上から見下ろした街並みが凄く綺麗なんだ。真っ白な街並みが一望できるんだよ。そこ以外だと、そうだなあ、市立図書館のある広場は、市民の憩いの場になっていたね」


 「へええ!丘の上から真っ白な街を眺めるとか、超すてき!いいなあ、私も行きたかったー」


 「こら、マーガレット様は遊びで行ったんじゃないんだ。それにマリアはちゃんと修練しないといけないんだから、我慢しなさい」


 「ちょ、レオひどい!いいもんね、いざとなったらフィリップさんに泣きついて、許可してもらうんだから」


 「おいおいマリアちゃん、こんな時だけ僕に泣き落とし?まあマリアちゃんのお願いなら、きかないわけにもいかないかあ」


 「フィリップ殿!だめですからね、修練はさぼらないこと!」


 「ちぇー、レオのけちー」


 実にほのぼのとした会話である。

 トイトーネ帝国情報局のお偉方とシビアなジョブインタビューをしてきた身としては、急に平和ボケした場所に放り込まれて、少々居心地が悪い。否、一応聖女だって「北方の蛮族と戦う」という点で、シビアな環境にある…はずなんだけれど。この3人からはそんな空気は微塵も感じられないどころか、寧ろ生温いじゃれ合いをしている様にしか見えない。この子たち、自国の危機に立ち向かっているという感覚あるのだろうか?ロベールを滅ぼそうとしている私の方が、心配してしまう程の暢気さだ。


 「はは、皆仲が良さそうで何よりだよ。マリアも訓練は上手くやっていると聞いているし、そのうち行けるんじゃないかな」


 「だといいなー!ね、その時はマーガレットさんも一緒に行きましょうね!あとレオとフィリップさんも!4人で旅行しましょうよ!絶対楽しいと思う!」


 「マーガレット様まで…!いやしかし、まあ、そうですね…ちゃんとお役目を果たしたら、一緒に行けることもあるだろうね」


 「ほんと?!やったー!」


 「4人で旅行かあ。素敵だね。マリアちゃんはどこ行きたい?」


 「えーっと、まずは――」


 「だから!フィリップ殿はマリアを甘やかしすぎです!まずは!お役目が先!」


 …私もレオに賛成だな。お仕事優先、休暇はその後が基本。且つ私のお仕事が順調にいけば、私たちが一緒に旅行する時間などない。

 そして私は自分の業務において、ハイパフォーマンスを出すことがモットー。失敗なんて以ての外だ。


 つまり、私がこの3人と一緒に旅行に行くなんて日は、絶対に、永遠に来ない。

 だから、彼らの話を横でにこにこと聞いているだけに留める。私は不可能な約束は決してしない、誠実な人間なのである。






 王都帰還から1日、早速私は貴族たちとの会合に出席していた。

 

 「聖女様、これは御機嫌麗しゅうございます」


 「東都でもご活躍ぶり、私共の耳にも届いております」


 「いやあ、東都での修練を経て、更に神々しさがお増しになられたような気がいたしますなあ」


 ひたすら(おもね)る貴族たちに、私も聖女らしく答えて見せる。


 「貴方たちもご壮健そうで何より。ロベールの平和は貴方たちの働きあってこそだからね」


 「もったいないお言葉で。私共は、主と聖女様の御許、微力を尽くす次第でして」


 今日会合に参加しているのは、王政府大臣を含めた貴族数人。北都・西都・南都・東都周辺に領地を所有する、辺境伯と呼ばれる大貴族が参加している。


 ロベールの支配構造は、少々複雑である。まず、大司教を頂点とする教会府と、国王を頂点とする王政府。王政府は直轄行政機関として、貴族の運営する議会を持つ。

 単純な偉い順を述べれば、国王、公爵、侯爵、宮中伯、男爵である。

 難しいのは、これ以外に王政府直轄外の貴族がいることだ。彼らは議会貴族に準ずることなく、ある程度の自治権を持った貴族たちである。

 この自治貴族たちの頂点にいるのが、辺境伯。続いて城伯、領主、騎士となる。これらの貴族たちは、各地方にて半独立体制を築いている。分かりやすく言えば、現代国家でいう自治区のようなものだろうか。


 つまりここに列席している辺境伯たちは、ロベールに対して大きな影響力を持つ大領邦たちなのである。彼らは普段は自治領から出ることはない。それが、今日こうして王都まで出向いてきている。しかも主要辺境伯4人もだ。王政府からしてみれば、異例としか言えない状況だろう。


 だが今回のメインは、私と辺境伯たちの会合である。彼らは“聖女”というものを見極めるため、態々王都まで赴いてきたのだ。


 これはひとえに、トイトーネ帝国情報局のエージェントたちの働きの結果でもあった。一応教会府は辺境伯領にも、一つずつ支部を構えている。しかし王政府直属領と異なり、元々辺境伯領での教会府の力はあまり強くない。辺境伯の権限の方が上なのだ。

 彼らは領民統治の一助として、唯一神信仰を利用してきた。しかしトイトーネの工作活動により、年々教会府への不信感は募っている。教会府側も強硬な態度であるため、両者の溝は深まるばかり。そこでここぞとばかりに、教会府は“聖女”を持ち出してきた訳だ。


 そこで私の出番である。教会府にとっての切り札である“聖女”を、逆にトイトーネ帝国支配の布石にしてやろうという目論み。

 そういう訳で今日の顔合わせは、トイトーネ帝国情報局にとって「ツァウバークーゲル(魔弾)」の初弾観測ということだ。全く、新人遣いが荒いったら…。まあ正式雇用された限り、私はプロフェッショナルなのだ。新人だろうが中堅だろうがベテランだろうが、成果主義の上では平等なのである。


 「改めて、各諸侯に於いてはお初目にかかる。この度矛の聖女を仕った、我が名はマーガレット。諸君とは良好な関係を築けることを願っている」


 にこりと微笑んで、周囲に座る男性陣を見渡す。

 始終にこやかな表情をした老年の男性に、少々硬いが愛想笑いを返してきた壮年男性、神経質そうな表情ながらも会釈をしてきた老年男性に、口の端すらぴくりとも動かさず窺うような視線を寄越す壮年男性。大体聞いていた通りの人物であることを確認し、彼らが口を開くのを待った。


 「矛の聖女様は、マーガレット様と仰るのですか。類稀なる美貌だけでなく、大いに威厳を感じずにはいられぬ御姿。お目にかかることが出来、大変光栄ですなあ。…おっと失礼、私、ブロス辺境伯ジャン4世で御座います。是非に宜しゅう」


 最初に口火を切ったのは、始終にこやかにしていた老年男性。ブロス辺境伯、西方を治める貴族だ。白髪に豊かな白髭は、好々爺然とした雰囲気を漂わせている。「ほっほっほ」という効果音が実に似合いそうだ。


 「ブロス辺境伯殿の仰る通りですな。お初目にかかります、マーガレット様。ボゾン辺境伯、ロドヴィコ2世で御座います。是非とも我が領にも、いつかお越し頂きたいもので」


 次に名乗りをあげたのは、南方に領土を持つ、ボゾン辺境伯である。濃茶の巻き毛にふくよかな体型は、大らかそうな印象を与えるが、今は緊張のせいか少々笑顔が硬い。まあ概ね好意的な雰囲気は見て取れるので、合格点としよう。


 「ご尊顔拝すことが出来まして、誠に嬉しく存じます。ルテル辺境伯、ボードゥアン1世で御座います」


 東方方面一帯を治めるルテル辺境伯は、全体的に灰色をした神経質そうな老人、という印象だ。時折眉尻をヒクリとさせながら、細長い針金の様な身体をぴしりと折り曲げて再度会釈をしてくる。


 「矛の聖女様に於かれましては、御機嫌麗しゅう。モンフォール辺境伯、シモン3世で御座います」


 最後に口を開いたのは、赤茶色の髪に同色の髭を蓄えたモンフォール辺境伯。彼こそ近年の北方民族の南下によって、一番損害を被っていると言って良いだろう。何しろ領土の多くがロベール北面に広がっている。北方民族との交戦は王政府や教会府からも派兵されているとはいえ、ほぼモンフォール辺境伯の私兵が防衛に当たっていると言っても過言ではない。物申したいこと山の如しと言わんばかりに、吊り上がった眼が厳めしくこちらを睨み付けている。


 「宰相に軍務大臣、財務大臣、そして4大辺境伯と。ここまで豪勢な面々が揃うとは、聖女の名も伊達ではないということかな」


 辺境伯たちの挨拶が済んだところで、居揃う面子を見渡しながら発言する。


 「ははは!矛の聖女様は大変ユーモアのセンスがおありになるようだ!」


 モンフォール辺境伯が、面白さの片鱗も無さげに笑って見せる。というか正しくは、笑い声の台詞だけ発してみたと表現するべきだ。


 勿論、実質“聖女”なんてものは彼らにとって、ほぼ無価値だというのは百も承知だ。特に4大辺境伯たちは、教会府に対して微妙な心情であることは察して然り。支配初期はいざ知らず、領土がほぼ安定した統治下にある今、領民の求心力を奪おうとする教会府は寧ろ目の上のたん瘤。更に北方民族の南下に全く対応出来ていない王政府や教会府に対して、不信感しか募っていないはず。直接の被害を被っているモンフォール辺境伯は当然のことながら、他辺境伯も納税義務の強化など、間接的に締め上げをくらっている。


 そんな教会府が、とっておきの切り札として出してきた“聖女”。それに対する諸侯の心証など、推して図るべし。


 「失礼、私のジョークは異世界仕込みでね。諸君らの好みに合わないことには、少々目を瞑ってくれると嬉しい」


 「いえいえ、まさかそんな聖女様のお言葉に対して我々の好みなど、あってない様なものでしょう」


 ボゾン辺境伯が、相変わらず愛想笑いをしながら口を挟む。

 存外明確に言及してくるものだ。流石自治権を持つ辺境伯たち。私に対しても表面上礼儀は尽くすものの、懐疑的な態度は隠すつもりもないらしい。


 言うまでもなく、私やトイトーネ帝国にとっては、一向に都合がいい状況である。

 一応今回諸侯を集めるのに、聖女という肩書は利用させてもらった。しかし、私たちの目的は聖女の威光を高めることではない。寧ろ教会府の影響力を弱め、諸侯を結果的にトイトーネが利用しやすくするための下ごしらえをすることである。

 まだ彼らは私のことを、「教会府の権力象徴」としか見ていないだろう。今日この場で、それをどれだけ崩せるかが、まず第一の関門である。


 「そうかな?私は貴君らの力をそれなりに評価しているつもりなのだが」


 「勿体なきお言葉!何せ聖女様は唯一神から御加護を受け、この世に遣わされた御身でございましょう。教会府で直接神に仕えている方々ならいざ知らず、私共のような下界の民の力など、たかが知れているもの」


 ルテル辺境伯が淡々と発言する。ブロス辺境伯は、唯々「ほっほっ」と笑いだか相槌だか分からない音を出している。


 「そうだろうか?…まあ唯一神の、敬虔な信徒であられるこの国の民は、そう感じる者も多いのだろうがね。しかし、私は(・・)そうは考えていない。こう言えば、今回の会合に諸君らを招待した私の意向も、少しは汲み取ってもらえるかな?」


 すると、4大辺境伯は一斉に口を噤んだ。宰相、軍務大臣、財務大臣たちは、揃ってこちらの遣り取りを窺っている。

 今この場にいる王政府大臣たちは、何れも反教会府陣営の貴族だ。彼らは今まで教会府の勢力拡大に対して反発してきたが、政府直轄外である辺境伯たちと与することはしてこなかった。

 同じ様に辺境伯たちも、王政府の貴族たちとは一定の距離を保ってきた。同じ「反教会府」という旗色はあれど、国王を主とする王政府と、あくまで領邦として独立性を持ちたい辺境伯たちとでは、結託することは難しかったのだろう。恐らく教会府も、その点で二者が同時に敵に回ることはない、と踏んでいると思われる。


 しかし、それも今日までだ。

 一枚岩といかなくても良いのだ。トイトーネ帝国からしてみれば、後程結託が瓦解しても一向に構わない。寧ろその方が都合が良い。要は、トイトーネ帝国が統治権を確立するその時まで、「反教会府」勢力として都合よく一纏めにしておきたいだけなのだから。


 そういう訳で、今日私が二者を橋渡しする。

 

 「さてさて、諸侯らの事情は、ある程度把握している。どうやら主人以外の門外漢に、双方頭を痛めているようじゃないか」


 にこにこと微笑みながら言葉を続けると、全員がそれぞれぴくりと反応した。


 「…それが、今回の聖女様のお呼び出しと、どのように関係するのですかな?」


 ブロス辺境伯が、穏やかな口調は崩さずに、しかしどこか警戒するように問い掛けてくる。

 その質問に、更に笑みを深くして、予定通りに返答した。


 「その門外漢、この私が(・・・・)駆逐してやろうか?」



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