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無神論者の聖女紀行  作者: はっぴーせっと
第1幕 無神論者の転職紀行
46/59

幕間 マリアの場合3



 今日は2週に1度のラ・フェトゥの日だったみたいで、通りがすごく賑わっている。


 ラ・フェトゥっていうのは、王都で開かれる小さなお祭りみたいなものだ。通りでは露店が開かれて、色んなところが色とりどりのお花で飾られる。区画ごとにやっていて、今週は何区、再来週は何区って決まっている。


 今日はフラン区で開かれているから、私たちは教会から西の方に歩いてきていた。


 「うわあ、今日もすごいですね!飾り付けが超きれい!」


 「そうですね。市民も活気があって好ましい。何だかのびのびした気分になります」


 微笑ましそうに辺りを見渡すフィリップさんは、なんとなく慣れた感じがする。何回も来たことがあるのかな?

 でも足取りは慣れている風なのに、高貴なオーラがあんまり隠せていない。いや、色あせたシャツに地味なズボン、ちょっとくたびれたブーツっていう、ザ・平民スタイルはしているんだけど…。それに髪と目の色も、今は平民風の茶髪ウィッグにライトブラウンの瞳に魔法で変えている。


 それでも溢れ出る色気みたいなのは、顔が超絶イケメンだからなのかな…。さっきからすれ違う街の女の子たちがちらちら振り返っていて、どっちにしろ目立っている気がするんだけど。


 「フィリップさんはたまに街に来たりするんですか?」


 「ええ、これでも街歩きは慣れている方ですよ。初めて街に降りた時は、通りを歩いて数十歩くらいで護衛に捕まって、速効で連れ戻されたけれど。今ではお忍びなんて慣れたものです」


 「へえ、意外…」


 「王族だから、滅多に城下には行かないと思われましたか?それとも、私は少し近寄りがたいかな?」


 そう言われて、ちょっと言葉につまる。


 実を言うと、レオと違ってフィリップさんと話すときは、ちょっと緊張する。レオは1こ違いで友達みたいに話せるけど、レオさんは年上の大人な男の人。私は元々1人っ子だから、身近でまともに話したことがある大人の男の人は、お父さんくらい。親戚はみんな従姉妹だったし、クラスの先生はおじいちゃんだったから、異性って感じはなかったし。

 

 若い大人の男の人って、何を話せばいいか分かんなくなっちゃう。私は勉強苦手だったから政治の話とかできないし、かといってお菓子の話ばっかりしたら、ただの食いしん坊だと思われそうだし…。そもそも2人きりで話したの、今日初めてなんだよね。いっつもレオが一緒だったから。だからいざ2人になると、何を話したらいいのか分かんないよー!


 「えっと、近寄りがたいっていうより、何を話したらいいか分からなくて…その、私フィリップさんからみたら子どもだし、面白い話できないし…むしろフィリップさんは、私といてつまんなくないですか?」


 ちょっと不安になってフィリップさんの顔を見たら、すごく綺麗な顔で笑っていた。


 「まさか、つまらないなんて有り得ないですよ。ああ、私はすぐに感情を伏せる癖があるから、少し分かりにくかったかな。混乱させていたなら、申し訳ありません。正直マリア様といると、とても心が暖かくなるんです。今までレオと一緒にお話ししていた時も、ずっと貴女の笑顔を見て癒されていました。ですから、今日は2人で出かける機会ができて、本当に嬉しかったのです」


 そう言ったフィリップさんの様子は、すごく自然で、彼の本心を言ってくれたんだろうなって分かった。

 …って、何だろうこのすさまじい気恥ずかしさは!!!え、待ってこれが大人な男性の余裕ってやつなの?!普通に恥ずか死ぬんだけど?!それともこの国の王子様はこれが標準装備なの?!


 「うあ、えっと、ありがとうございました?」


 「ぷっ!ははは!なぜ疑問形かつ過去形なんですか!」


 「え、なんとなく…?」


 私のリアクションがよっぽど面白かったのか、フィリップさんは声をあげて笑っている。

 何だろう、さっきはすごく恥ずかしかったけど、こうして笑ってるフィリップさんは、なんだか少年みたいで可愛いなあ。


 「ふふっ、フィリップさん可愛い」


 「…こほん!いえ、これはですね…その…少し気が緩んで…」


 「そのままでいいですよ!」


 「え?」


 「いや、フィリップさんはそのままの方が、自然な感じがして話しやすいっていうか。いや、あの、私が言うのもなんだけども」


 「…ふふ、マリア様は流石ですね」


 「あ!その“マリア様”っていうのもやめてください!今はほら、お忍びなんだからっ!マリア様じゃなくて…ええと」


 「うーん、マリアさん、とかですか?」


 なんだろう、それでもいいんだけど、いやでもなんか距離感が。

 そう思っていたせいか、無意識のうちに口が動いていた。


 「マリアちゃん、とか」


 「…マリア、ちゃん?」


 思わずぽかんとした表情で、フィリップさんが聞き返してくる。


 あああ!何やってるんだ私!ちゃん付けって!そりゃ親しみは出てるかもしれないけど!逆に距離感近すぎない?!


 自分でも何言ってるか分かんなくなりながら、あたふたして言い訳してみる。


 「えっとですね、なんだろう、ほら、フィリップさんは私と年の離れたお兄ちゃんみたいな感じ?!ていうかそういう感じの設定で?!ね、妹に接する感じでっていうか!自然な感じしません?!」


 一瞬の間があく。…うわあ、恥ずかしくって消えちゃいたい…。


 すると上から快活な笑い声が降ってきて、思わず驚いて見上げると、大きな手に頭を撫でられていた。


 「いいね、年の離れた妹か!よし、それじゃあそういう設定でいこう。そうとくれば私は遠慮なしに演技するよ?いいね、マリアちゃん(・・・・・・)


 くだけた話し方をされたせいか、それとも頭をぽんぽんされたからなのか。距離感が急に縮まって、何だかこう…ふわふわした変な感じ。フィリップさんの楽しそうな横顔が、初めて見たものに思えてくる。

 でもどこか物足りないような。なんでだろう?すごくどきどきして、でもあとちょっとの何かが足りなくて。


 「ん?どうしたの、マリアちゃん?」


 フィリップさんが首を傾げて、私に顔を向けてくる。


 その瞬間、ぱっと視界が明るくなった気がした。ふわふわしてた気持ちが、ぐんっと上がって、急に雲の上に抜けた感じ。ふわふわの雲の中から、一気に太陽に近づいたっていったら近いかなあ。

 そう考えたらレオって月みたいな綺麗さがあって、フィリップさんは太陽みたいに輝いてる気がする。レオは穏やかで、神秘的な美しさがある。フィリップさんはさんさんと輝いていて、みんなを照らしてる的な?


 はっ!何考えてるんだろ、私!今はお忍び中!妄想してる場合じゃない!


 「あっ、フィリップさん!向こうに串焼き屋さんありますよ!」


 「お、いいね。あそこのは美味しそうだ。2,3本買っていこうか」




 それから私たちは、何軒か屋台を見て回った。串焼きのお店にパン屋さん、新鮮な果物を売るマルシェ、クレープ屋さんに飴細工屋さん。全部美味しくって、年甲斐もなくはしゃいじゃった。

 その間フィリップさんは、ずっと付き合ってくれた。時には値段を交渉してくれたり、おすすめのものを紹介してくれたり。フィリップさんは生粋の王子様のはずなのに、私なんかよりよっぽど街のことに詳しい。それ程たくさんここに来ていて、この街が大好きなんだろうな。


 そんなことを考えていたせいか、フィリップさんがこっちを見た瞬間目があっちゃった。


 「ん?どうかしたかな?」


 「あ、いや、フィリップさんってこの国のこと本当に好きなんだなあって思って」


 …って私何言ってるの!ぼーっとしてたからって、いきなりそんなこと言ったら、フィリップさんに変に思われるじゃん!


 ほら、もうフィリップさんがきょとんとしてるし…ああ、この何でも言葉にしちゃう癖、直したいー!


 「なんでマリアちゃんはそう思ったの?」


 「ええと、お忍び何回も来てるって言ってたけど、数回来てただ見て回っただけじゃ、そんなに慣れないと思うんですよね。フィリップさんお金の遣り取りとかもすごく手慣れてるし、ちゃんと商品を覚えてたりとか、お店の人とも仲良く話したりとか。さりげなく生活がどうかとかも聞いてたりするし。そんなことまでちゃんと聞くのって、貴族の人だとなかなかいない気がするっていうか。だからフィリップさんは、ちゃんと一般庶民のことも考えてくれてるんだろうなって。それで、そこまで考えれるのは、心の底からこの国を好きじゃないと出来ないことじゃないかなって思うんです」


 ちゃんと伝わったかな?私口下手だし、変な風に聞こえてないと良いんだけど…。


 おずおずとフィリップさんを見ると、彼はきょとんとした顔で私を見ていた。え、どうしたんだろう?やっぱり変なこと言っちゃったかな?


 「じゃあ私がこの国が大好きだったとして、マリアちゃんはさ、それをどう思う?」


 どことなく探る感じの聞き方。どう思うって、すごく漠然としすぎてる気がするんだけど…まあいいや、私考えるの苦手だし、そのまま言っちゃえ!


 「正直、うらやましいなあって思いました」


 「うらやましい?私が?」


 「いえ、この国の人たちが、です」


 「ロベール王国の国民が?なんで?」


 「だって、こんなにも国民のことを大好きでいてくれて、大切に思っている人が王様になるなんて、最高じゃないですか。私がいた国なんて、国の上の人たちは自分たちだけお金をがっぽりもらって良い思いして、全然国民のこと考えないし、国民のことを本当に考えてくれているひとは、そういう人たちに邪魔されて総理大臣になれないんですよ」


 「そうりだいじん…?」


 「あ、総理大臣っていうのは、ええと、国で一番偉い人で、」


 「ああ、この国でいう国王ってことかな?」


 「はい!そうです!」


 「なるほど。聖女様がいる場所っていうのは、この世界よりもっと豊かで楽園のようだと言い伝えられているけれど…」


 ええ!そんなこと言われてるんだ。まあ確かに、日本はここより技術は進んでたかもしれないけど…。


 「確かに私のいた国は、ここより豊かだったかもしれません。でも、それは見せかけの豊かさです。いくら住むところがちゃんとあって、美味しいものが毎日食べられて、平民でも学校に行けて、子どもが働かなくてもよくても…それでも、国の政治家たちが悪いことばかりしていれば、どこかにしわ寄せはきます。実際災害が起きたときに、政治家が遊んでいたせいでたくさんの人が亡くなったり、いじめられた人が自殺しても、いじめた人たちには罰がなかったり…そういうことはたくさんあるんです。それは、国の政治家たちが国民のことを全く考えずに、自分たちの利益だけで動いているからです」


 「そうか、聖女様たちの国も、たくさんの問題を抱えているんだね」


 「そうなんです。だからこそ、自分の国が大好きで、自分の国のために動ける人っていうのは、すごいと思うんです!例えばフィリップさんは、自分の命と国民全員の命、どっちを優先しますか?」


 すごく不敬な質問だと思う。でも、ちゃんと聞いておきたかった。これは私が今後この国で生きていくのに、必要な覚悟だと思ったから。


 「愚問、と言っては失礼かな?でも答えは一つしかないよ。私の命一つで国が助かるのならば、この小さな命、差し出すに余るほどだ」


 そう私も、フィリップさんがそう答えるだろうなと思って訊いたんだ。


 「だと思いました。でもねフィリップさん。そう答えられる人って、意外と少ないと思うんです。実際私たちの国ではそう言える人は、いなかったと思うんです。だからこそ。だからこそ、フィリップさんみたいな人は、すごく貴重だなって思うんですよ」


 「そっか。マリアちゃんはそこまで見ていてくれるんだね」


 そう言ったフィリップさんは、何かを噛み締めてるみたいだった。


 「当たり前ですよ!ていうか、意識しなくてもフィリップさんの隣にいたら、自然とわかります!」


 「…君の当たり前は、人が意外と気づかないところをちゃんと見ているんだね」


 「え?普通に分かると思いますよ。フィリップさんの周りにいる人も、そういうところに惹かれて一緒にいるんじゃないですかね?」


 「そっか。マリアちゃんも、そういう風に思って私と一緒にいてくれているのかな?」


 「もちろんですよ!そうやって国の事を大切にできる人なんだなって思ったから、この人なら信頼できるなって思ったんです」


 「信頼かあ…マリアちゃんは、私のことを信頼してくれているんだ」


 「当たり前です!じゃないと今ごろ、元の世界に返してって駄々こねまくっていたかもしれません」


 「ははは!それは困るなあ。でもそうだね、マリアちゃんは元の世界に大事な家族や友人を置いてきているんだものね。誰だって帰りたいと思うに決まっているよ」


 そう言われて、自然と言葉が溢れてきた。


 「帰りたいって思っても…フィリップさんは怒らないんですか?」


 「何故私が怒るんだい?何に対して?君は家族に大切にされてきたんだろう?その人たちを恋しく思うのは、当然のことだよ」


 優しく諭すようなフィリップさんの言葉に、思わず涙が出そうになって俯いた。

 そっか、フィリップさんはこの国の王子だから、この国の人たちを一番に考えている。だから、私が聖女としてここに来たことは当然で、聖女が帰りたいなんて言ったりしたら「なんて自分勝手な聖女なんだ」って思うんじゃないかって、私はそう考えてた。そんな気持ちがあったから、フィリップさんとは何となく2人きりで話すのが緊張したのかもしれない。


 でもそれは違ったんだ。フィリップさんは、ちゃんと私のことも気にかけてくれていた。ちゃんと向き合ってみたら、すぐにわかったのに。この国の民のことを身分関係なく大切に思えるような人なら、私を1人の人としてちゃんと見てくれているって。


 「どうした?もしかして、辛いことを思い出させた…いや、今も無理しているんじゃないかな?私でよければ、何でも話してほしいな」


 「フィリップさんはどうして…」


 「ん?」


 「どうして、そんなに優しくて、強くなれるんですか?」 


 ちょっと声が震えちゃったかもしれないな。どうしたんだろ、別にすごく悲しくなったとかでもないのに…急に視界がぼやけてきた。


 「…私は特別優しくも、強くもないと、自分では思っている。もっと強くならねばと思うことは、たくさんあるよ。でもね、大切な人たちと引き離されて、しかも急に世界を救わなければならなくなった1人の少女を、優しく守ってあげることくらいはできる大人であるつもりだ」


 暖かくて大きな掌が、そっと私の頭を引き寄せる。同時に、視界が暗くなって、おでこに硬い感触とわずかな温もりを感じた。


 「フィ、リップさ…っ!」


 嗚咽が出そうになるのを必死にこらえていると、フィリップさんが言い聞かせるようにゆっくり低い声で囁く。


 「マリアちゃん、君が頑張っているのは、とてもよく伝わってくるよ。日々のお勤めもちゃんとして、孤児院に行ったり、街の様子も見に来たり、この国を一生懸命好きになろうっていう気持ちが分かって、とても嬉しい。だけど、決して無理はしないで。辛くなったら、こうやって立ち止まってもいいんだ。私が少しの間視界を塞いでいてあげるから。そして気持ちが落ち着いたら、また私と一緒に歩き出そう。大丈夫、私は君を守りながらちゃんと待っているよ」


 おでこだけじゃなくて、耳からも優しい温もりが伝わってくるよう。

 私はこの世界に来てから、『盾の聖女』として“人々を守ること”を求められてきた。そんな私を「守ってあげる」と言ってくれたフィリップさん。

 心の奥底から、蓋をしていた寂しさが溢れて、そんな寂しさの洪水を、フィリップさんの言葉が大きな器になって無限に受け止めてくれているようで。寂しさが、別の感情に塗り替わっていく。温かくて、ちょっとくすぐったくて、でも同時に胸が締め付けられるような、そんな感情。

 何だろう、私、こんな感情知らない。でも、嫌じゃない。ちょっと怖いけど、もっと知りたくなる。きっとフィリップさんと一緒にいると、もっとこの感情が分かる気がするの。



 おでこから熱が伝わって、私のおでことフィリップさんの胸の温度が同じくらいになってきた頃、私の気持ちも落ち着いてきた。フィリップさんは相変わらず、優しく私の頭を撫でてくれている。


 …ん?ていうか今私、どんな体勢してる?


 私のおでこが、フィリップさんの胸板に…胸?頭に回されているのは、彼の腕?つまり?彼に抱きしめられている…?


 「フィフィフィフィフィフィリップさん!!!ちょちょちょっと!!いいったん!!離れましょう!!」


 「ん?もう落ち着いた?大丈夫かな?」


 「はあああい!とっても落ち着いているから!ので!大丈夫っれす!」


 「…れす?」


 あああっ!噛んだ、思いっきり噛んだ!恥ずかしすぎるよお…。


 「ふふ、マリアちゃんは可愛いなあ」


 「へえっ?!」


 超変な声出ちゃったけど、それどころじゃない。


 フィリップさんに「可愛い」って言われた瞬間、急に胸がドキドキして、顔が火照ってる。多分今私、変な顔してるんじゃないかな。やだ、フィリップさんにそんな顔見られたくない…。


 こんな気持ちになるの、初めてかも。クラスの男子とかは喋ったりしても、別に普通だったし。胸がどきどきしてまともに顔も見れなくなるとか、そんなことなかった。


 でも、この感情に名前がついちゃうのが怖い。今はまだ、気付かないふりをしていたい。だって、気付いちゃったら、取り返しのつかないことになっちゃいそうだから。


 「はは、面白いなあ」


 「…フィリップさんも大概天然ですよね…」


 「ん?何がだい?」


 「何でもないっ!さ、続き行きましょー!」


 だから、今はこの気持ちからちょっと目を背けて、ときめく胸の痛みをお祭りのにぎやかさでごまかすんだ。




書いていて何度か糖尿病で壊死しそうになりました。インスリン注射で必死に持ちこたえ、やっと投稿することができて感無量です。

次からは主人公視点に戻るので、やっとインスリンから解放されそうです。

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