第31話
2つ目の項目は『11X(通称:シュペッツ)設立概容』。私の配属予定部署についてと思われる資料だ。
実は1つ目の資料を読んでいるときから、2つ目の内容が気にはかかっていた。
“衝撃と浸食”作戦の重要なポイントの1つである、ロベールへの軍事援助。そこを詳しく読んでいた時に、引っかかっていたのだ。
そもそもゲレン長官は、今回のロベール北伐援助に関して「帝国情報局単独で貴殿の要望に応えられそうだ」と言及していた。つまり、この軍事的援助は、国防省の管轄ではない。帝国国防軍からの軍備調達ではないのだ。
しかし、国外派兵に軍部が無関係であるなど、普通は考えらない。国軍以外の、一体どこから軍備を捻出するのか?
資料には、一文こう記載されていた。「尚、ロベール北伐に際し、帝国情報局“シュペッツ”が主力援助するものとする」と。
そこにはそれ以上詳細は記載されていなかった。そして2項目目の題にある、「11X(通称:シュペッツ)」の文字。
女の勘は当たりやすいなどと言うが、女だろうと男だろうとこの際関係ない気がする。私の勘が囁いている。これはもしかしたら、パンドラの箱かもしれないぞ、と。
しかし自分の職務に関わる文書であれば、きちんと目を通さなければならない。
意を決して画面をスクロールしていった私の手は、読み進めるごとに重くなった。
…帝国情報局とは、トイトーネ帝国の独立諜報機関ではなかったのだろうか?いつから彼らは軍事組織になったのだ?
11Xは、非常に特殊な部署となるらしかった。主任務は、第1部の他課では処理が困難な国際事案に際し、秘密裡に工作活動を行うこと。所謂諜報機関の実働部隊である。
問題は、その規模だ。当該課は3部隊に大別される。航空部隊・陸上部隊・海上部隊。そしてそれぞれに、有り得ない規模の軍備が充当される。
そう、軍備だ。
私の知る諜報機関の工作員とは、最先端の機器を駆使して情報戦をするものであり、実際の戦闘行為はしないものだった。そりゃジェームズ・ボンドは派手に銃をぶっ放したり、爆破したりしているけれど、それはあくまでフィクションの話。現実の諜報員は、ひたすら日常に潜み、地道に敵の情報を収集する。まあどこかの元共産主義国の諜報機関は、現実でも化学兵器でさくさく人間を殺しているが。
だがこの11X、通称シュペッツが有するのは、諜報機器などという類に収まるものではない。
個人装備のハルスバントは勿論、魔法銃とやらに戦車、地対地ミサイルに地対空ミサイル、戦闘機に爆撃機、潜水艦に主力艦、果ては空母まで揃えるつもりだ。
勿論スパイらしく通信傍受や欺瞞工作のための魔導機器、その他通信機械類も揃えている。しかし、もうこれは工作部隊というより、軍隊といって差し支えないのではないか?しかも軍種混合の統合軍。
「これは、何と言いますか。…貴局は諜報機関でしたよね?」
「そうだな。非公式ではあるが、れっきとしたライヒの独立諜報機関である」
「この巷では、諜報機関とは大規模戦闘部隊も保有するのが、常識なのでしょうか?」
「否、恐らく貴殿が知っているもので間違いない。だがね、常識とは凡そ固定の人間社会が作り出した産物だ。必要が必要である限り、人間はその可能性を追求するために、時にはそれを超えなければいけない。貴殿にとっても、それは既知の事実ではないのかね?」
言いたいことはわかる。私もこの世界に転移させられ、異世界で生きるために今までの常識を捨てた。だから常識というものが如何に脆いものなのかは、既に知っていることだろう、とハルダー部長補佐は指摘しているのだ。
この世界においても、諜報機関が固有の武力を保有することはイレギュラーらしい。
はあ、この調子でいくと私は、随分とアウトローな人生を歩む羽目になりそうだ。
――それはそれで面白そうだと、思ってしまう自分がいることも、気づいているのだけれど。
「そうですね。私としたことが、無粋な質問をしてしまいました。人類進化に常識のブレイクスルーは必須。これもその一歩となるのでしょうね」
「理解が早くて何よりだ。まあこの資料が極秘事項であることから、ある程度現状は察することが出来るとは思うが」
「ええ勿論、大変特殊な事例だというのは承知しています。その上で申し上げると、私は適応能力に不足はないと自負しております。我々は既に雇用契約を締結した。私はそれに準じるまでです」
「うむ、私は良い部下を持てそうだな。宜しい、実務的な話をするか。そこには記載されていない内容だ。正式に任務に着任する際に再度全体へ説明があるが、貴殿にはここで個人的に話しておこう」
「はっ、お気遣い有難うございます」
「記載の通りではあるが、シュペッツ司令官は私、ラインハルト・フォン・ハルダーだ。そしてシュペッツは、長官閣下の直属部隊となる。ここにいらっしゃるレーリヒ部長は主任顧問、テニッセン課長が諜報計画主任だ。現時点でこの部隊の存在を知るのは、この4名、そして貴殿のみ」
「先んじて情報を開示していただけて恐縮です。私は主幹人員と仰っていましたが、具体的にはどのような配置になるので?」
「航空部隊に所属予定となっている。魔動戦闘機乗りだ、正に英雄候補だな」
成程、ゲレン長官が「英雄的活躍」と言っていたのはこのことか。魔動戦闘機なるものがどのような武器かはまだ分からないが、ハルダー部長補佐の言い方を聞く限り、戦力の中では花形のようだ。
断っておくと、決して私は戦争が好きな訳ではない。戦争とは言ってしまえば、高次元化された暴力によるマウンティング行為、もしくは超国家組織のビジネスだ。技術が高度化されればされる程、その過程で浪費される人的資源・自然資源は膨大な量となる。結果として残るのは、肉塊の山と荒廃した土地、軍事費による莫大な負債。
そんなもの、同量を別の技術開発に利用した方がよっぽど生産的に違いない。人類の歴史に戦争は付き物だが、それが我々の生態系を進化させてきたとは、私には到底思えない。
しかし、非生産的な行為であろうとも、それが避けられない事象であることは確かだ。回避出来ないのであれば、その中で如何に最上のポジションを取るかが問題である。だとすれば、戦争という一事象の中で、生存確率と報酬が高い選択肢を欲するのは、一個人として当然のことだ。
「今次戦争においては、制空権の確保は勝敗に大きく影響しますからね。微力ながら尽力する所存です」
「こちらが把握する限りでは、貴殿にはその能力があると信じている。そしてその能力を、今回の“衝撃と浸食”作戦にて発揮してもらいたいと思っている」
「恐縮であります。となると私は、最初の“衝撃”を与える要でしょうか」
「その通り。貴殿には主戦力となってもらうぞ」
「承知致しました。ついては、直近の課題はロベールにて、最低限6ヶ月の自由な時間を確保することですね」
「然様。他の隊員との連携も、訓練で習得してもらわないといけないからな。育成過程はトイトーネ帝国本土内で行われる。その期間、貴殿はロベールを留守にしてもらわねばならない」
「ロベールの教会府と王政府を、半年程誑かすということですか。ロベールだけであれば特に問題はないでしょうが、他列強のモグラを欺けるか難しいところでは?」
今回は2ヶ月間という短期間だったから、身代わりを立てることは容易だった。しかし半年となると、引きこもってばかりもいくまい。ロベール内に潜んでいるであろう他列強のスパイたちを、上手く誤魔化せるだろうか?
「安心し給え、協力は十全にする。今回担当になっている工作員以外にも、ロベールの主要機関に人員を潜らせている。半年程度であれば、他列強に対しても欺瞞は可能だ」
「それは心強い。であれば、まずはロベールの王議会で北伐を半年後に決行するよう、作戦案を承認させなければいけませんね。聖女の力を高めるための十分な期間が必要、というのが妥当な理由になりましょうか」
「ああ、そうなるな。ライヒのエージェントは、地方領主の領地経営状況も把握している。地方領主はここ数年北方民族襲来の度に援助しているせいで、財布に余裕がない。特に北部領主たちは、土地と領民の疲弊が激しい。いくら聖女というものがあろうとも、短期間で討伐を計画することは現状不可能だ。半年なら余裕で稼げると見ている」
「成程。ロベールの軍事力などたかが知れていますからね。貴族たちも、派兵資金を集めるので必死、という訳ですか」
「そういうことだ。であるから、次の段取りはこうだ。一旦ロベールに行き北伐計画を正式に裁可させ、トイトーネへ帰還し特殊部隊訓練課程を受講する。ロベールの現地主任担当はビュオ01だ。国境付近まで護衛をさせた工作員を、覚えているだろう?」
ああ、エマール視察官のことか。彼は帝国情報局の、ロベール主任担当だったようだ。これからも彼にはお世話になるらしい。
「ああ、あの方ですね。ではハルダー部長補佐との連絡は、彼を通して行うのでしょうか」
「然様。分かっているとは思うが、他列強のモグラがあちらこちらにいるはずだ。貴殿が帝国情報局と繋がっていると匂わせる行動は、断じて許されない」
「承知いたしました。肝に銘じておきます」
「宜しい。ここまでで、何か質問はあるかね?」
まあ予想外もあったが、大方私の希望が通っていると思って間違いない。
そこでふと、ロベールにいるもう1人の聖女のことを思い出した。
「意見具申という訳ではなく、これは単なる疑問なのですが」
「なんだね?」
「ロベールにはもう1人、聖女がいるでしょう。あれは、どうするおつもりで?」
するとハルダー部長補佐は手を顎にあて、目を細めた。
「貴殿は彼女に、何か思い入れでもあるのかね?」
「いえ、特に何も」
我ながら冷たいとは思うが、私はマリアに対して、何の感情も抱いていない。無作為にこの世界に連れてこられた者同士という点で、同情しないでもないが、彼女はロベールに対して悪感情は抱いていないようだ。寧ろ私よりもよっぽど順応している。
すっかり忘れていたが、彼女も聖女だ。恐らく教会府は、マリアを駒に足掻こうとするだろう。教会府を潰すにあたって、彼女は些か邪魔な存在だ。
「ただ、彼女も聖女としてかなりの力を持っています。確かに運用率は大したことが無いにしろ、唯一神信仰を潰す上で、多少の障害にはなり得るかと思いまして」
「ならば、潰すべきだな」
「私のように、トイトーネに取り込むということは、考えないので?」
「あれの報告も、受け取って入る。上手く洗脳して利用することも検討してはみたが…駄目だな、あれは使い物にならん。魔力量の割に、軍人には不向き。しかも既に、教会府の愛玩犬だ。消した方が早い」
「成程。では万が一他列強の入れ知恵等で、彼女が反トイトーネの旗頭にでも祭り上げられた場合には…」
「小官が職務から言えるのは、ただ1つ。ライヒの前に立ちはだかるのであれば、排除するのみ」
「承知致しました。その時には、彼女には運が無かったということでしょう」
私も未来ある若人の人生を潰してしまうのは、誠に遺憾だ。しかし残念ながら、私は慈悲深い人間ではない。
唯一神とやらがいるのならば、あの哀れな少女の行く末に、少しでも希望を与えられるのだろうか?
まあ残された時間を、少しでも穏やかに過ごし給え。
ロベールの皆々様におかれては、精々個人主権を侵害した、無粋な教会府でも恨んで頂こう。
そんなことを思いながら、葉巻の煙を一筋、ゆっくり吐き出したのだった。
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