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無神論者の聖女紀行  作者: はっぴーせっと
第1幕 無神論者の転職紀行
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第32話



 帝国情報局との正式な契約締結を終え、私は束の間の帝都散策を楽しんでいる。


 ロベールに連れ戻されるのは僅かな時間とはいえども、一度高度文明の存在を知ってしまえば、それが恋しくなるのは必然。だから、一度前近代に引き戻される前に、近代国家を堪能しておこうと思う。


 トイトーネ帝国の首都、帝都ベアリィンは滞在するにとても快適な都市だ。大概の行政施設は揃っているし、交通網もしっかりしている。元の世界である程度の技術体系を経験している身からしてみれば、多少勝手は異なるにしろ過ごしやすく思える。


 そう考えて、折角知り合ったミアに、帝都の案内をしてもらうことにした。


 「ヴェラさんと一緒に帝都を回れるとは、とても嬉しいです!」


 心底嬉しそうに笑うミア。年頃の学生らしさに溢れている。

 若々しい学生と一緒に過ごす時間というのも、大変貴重な時間だなあと感じつつ、にこやかに返事を返す。


 「いや、こちらこそ予定がちょうど合って有難い。何せ私は久しぶりに帝都に来たものだから、どこに何があるかあまり分かっていなくてね。ミアさんに案内してもらえてすごく助かるよ」


 「そんなそんな!私こそ同性の友達とこうして帝都を歩いてみたかったんです!…あ、ここです、このカフェ今帝都ですごく人気なんですよ!」


 そう言われて着いた店は、帝都ノイシュダッド区にある、赤レンガの洒落たカフェだ。大きく掲げられた可愛らしい看板に、至る所に飾られた色とりどりの花。テラス席もあり、女性客やカップルで賑わっている。如何にも若者、特に女性に人気そうな洒落た店に見えた。


 「さあさ、中に入りましょう!今日はヴェラさんと出かけるので、ちゃんと予約取ってあるんです」


 そう言って彼女は寄ってきたウェイターに名前を伝える。するとウェイターは丁寧に席まで案内してくれた。


 「ここはケーキの種類が豊富なんです!ちょっとお高いけれど、その分美味しさは保証します。珈琲も色々種類が取りそろえてあって、組み合わせを楽しむのもありですよ!」


 「そうなんだ、ああ確かにメニューがすごくたくさんあるね」


 確かに10種類以上のスィーツが取りそろえてあるようだ。

 正直私は大の甘党という訳ではないが、グルメを極めるのは楽しいもの。メニュー名の下に小さく説明書きがあるから、初心者にも選びやすい。


 「でしょう!私このドノウヴェレとマルチパンが気になっていたんですよね。ドノウヴェレは質の良いチョコレートを使っているし、ここのマルチパンはアーモンド使用率が50%以上だとか…。ううん、どっちにしようかな、迷うなあ…」


 すっかりメニューに目が釘付けになっているミアを見て、思わず声を掛ける。


 「ええと、良かったら1つずつ注文して、私の分も味見します?」


 「えええっ!良いんですか?!」


 ミアの凄い食いつきに少々圧倒されながら、にっこり頷いた。


 「勿論。女の子って、よくこうやってするでしょう。半分こっていうか?」


 すると彼女は頬に手を当てて、うっとりし始めた。…何だろう、この子、大分感情表現の豊かなんだろうな。

 とりあえず担当のウェイターに、珈琲とケーキを注文した。


 「あああ、美少女とお菓子を味見しあって、キャッキャウフフなんて…これぞ女子会…!チョコレートを食べる前から鼻血が出そう…!」


 いや、出さないでくれ。こんな可愛らしい子が恍惚の表情で鼻血を流している場面なんて、何だか狂気を感じるから。


 「でも、意外ですね。ミアさんは女性のご友人も多そうなタイプに見えたけれど」


 「ええっそんな!まあ友人はいないわけではないんですが、その、お恥ずかしながら、あんまり女性の友達で気軽に会える子はいなくて…」


 「ああ、そうですよね。大学には女性の比率がとても少ないのでしょうし、気軽に会うとなると中々難しいですよね」


 「そうなんですよ。ギムナジウムで一緒だった友達はみんな就職したり、地方大学に進学しちゃったり、はたまた結婚した子もいたりするので…会う機会はなかなか無いんです」


 ギムナジウムはこの国の高等教育機関だ。中産・上流階級のほとんどの家庭では子供をそこに通わせるらしい。


 「就職したご友人は、どのようなところへ?」


 「やはり魔動機器企業へ就職した子が多いですね。今拡大中の事業分野ですから、募集枠が多いんです。おかげで事務方とかは女性がたくさん採用されていて、女性の雇用拡大に繋がっています」


 そこで以前トゥーマン少尉が口にしていた会社を思い出し、試しに話題を振ってみる。


 「ああ、ライヒェツィヒランドルフ社とか…」


 「そう、あそこなんか超大手ですよ!技術職と営業職は、国家公務員に負けず劣らずのエリート扱いですからね。事務職ですら選抜が厳しいんです。女性の間では入社したい会社No.1なんじゃないかな」


 「へえ、事務で選考が厳しいというのは驚きですね。まあ国定企業ですし、ある程度能力や身元がしっかりしていないと、入れないということでしょうか」


 「そうそう、まさにそれです。でも私の女友達、2人もそこに採用されたんですよ!あの時はお祝いしました」


 「それはすごいですね!ちなみに地方大学に進学された方たちは、どんな分野を専攻されているんですか?」


 「1人は社会科学部で、主に経済を学んでいます。もう1人は工学部なんです」


 「へえ!経済というと企業の会計や生産部門、あとはマーケティング戦略という道もありますね。工学部というと、技術職狙いでしょうか?」


 「社会科学部に入った友人は、地方公務員を目指しているみたいです。企業の会計職や生産管理は女性には難しいですし、戦略なんて男性の専売特許みたいなものですし。ただ工学部の友人は、手に職付けて企業の技術職を狙うって言ってました!」


 成程、文系専攻の女子学生に、エリートへの道は狭き門というわけだ。理系であれば技術要員で採用の幅が広がると。

 しかし話を聞く限り、そもそも女子学生の高等教育への進学率が低い気がする。更に高等研究機関、所謂大学ともなれば、ほんの一握りなのだろう。

 女性の社会進出は始まっている様だが、私の元の世界での環境とは大違い、という訳だ。私が帝国情報局で機関員のポジションを得られたのは、女性としては奇跡に近いのではないだろうか?

 まあ何にせよ、ロベールに残るよりはマシ。人権保持者と家畜には、天と地ほどの格差がある。


 「地方公務員に技術職ですか。ご友人は中々向上心のある方々のようだ!」


 「そうですかね!そういっていただけるとすごく嬉しいです!」


 「ちなみにミアさんは、どのような道をお考えで?」


 途端にミアの表情が固まる。

 半分興味本位、半分人生の先輩としての進路相談気分で話を振ったのだが、彼女の様子から、これはどうやらお悩みらしいぞ、と推察した。


 「もしかして、言いにくいことでしたか?それなら深くは伺いませんが…」


 「あ、いえ!すみません気を遣わせてしまうつもりはなくて…その…」


 「何かお悩みでも?」


 「あ、その、悩みというか、ええと」


 「大丈夫ですよ、変に詮索するつもりはないので。友人だからといって、何でも打ち明けられる訳ではないでしょう。しかも私たちはまだ、出会ったばかりですし。いきなりは話しづらいことだってあると――」


 「――あの、そういうことではないんです!他の友人にも話せてないっていうか、普段はこういう話振られたときは、適当に誤魔化しちゃうんです。でも、ヴェラさんは友達になったのは最近かもしれないけれど、すごく心を許せるというか…。だから逆に変に誤魔化すのが嫌で、曖昧な返事になっちゃって。ごめんなさい、上手く言えなくて」


 眉尻を下げる彼女に向かって、優しく微笑む。

 どうやら私は、予想以上に彼女の懐に入り込んでいたらしい。私の経験上こういう態度とる人間は、大抵「自分から積極的に話しづらいが、本当は話を聞いて欲しい」という心情であることが多い。であれば、私は上手く彼女の話を聞き出してやるのが、“友人”として正しい対応だろう。


 「いいえ、謝らなくていいんですよ。実をいうと私、久しぶりの帝都で友人もあまりいなくて、ミアさんに声を掛けてもらった時は、嬉しかったんです。その上貴女は出会ったばかりの私に対して、まるで旧知の友人のように心を開いて接してくれている。そんな貴女を私はすごく魅力的だと思いますし、嬉しさで一杯です。ですから、もし私がお聞きして差し支えないのであれば、いくらでもご相談にのりますよ。なんていったって、大切な友人の大事なお話なんですから」


 更に決め打ちするために、そっと彼女の手を握ってやる。言葉の温もりだけでなく、物理的にも温度を感じさせることで、“優しさ”と“包容力”を五感で体感させるのだ。

 相手の状態を正しく見極めた上での使用が必須だが、聴覚だけでなく視覚、触覚にも訴えかけることで、影響力を高めるというのは、交渉術の一手段である。


 「ヴェラさん…私もです、私も知り合った時期とか関係なく、ヴェラさんは大切な友人です!こんなに安心できる人って、初めてかもしれない…。だからかな、将来の夢とか、実は他の友人には話せたことなかったんですけれど、ヴェラさんになら言える気がして。…あの、私の話聞いてもらってもいいですか?」


 不安げにこちらを見詰める瞳を見つめ返して、出来るだけ穏やかに見える微笑みを作る。


 「勿論。どんなお話でも喜んで伺いますよ」



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