第30話
にこやかに握手を交わした後は、事務的な手続きを一通り済ませることとなった。
一般企業ならば書類を手渡され、期日までに郵送ないし再度出社し必要書類を提出、という流れになるのだが、諜報機関という特殊性なのか、私がイレギュラーなケースなのか、その場で最低限の書面は取り交わす段取りだった。
漸く書類の取り交わしが完了しひと段落ついたところで、そろそろ切り出す頃合いかと自分から口火を切る。
「本来であれば日を改めてお話合う事由なのでしょうが、恐らく我々にはそこまで時間がない。――採用にあたり、私の配属先は既に決定済みなのでしょう?推測するに、レーリヒ部長が口の端に上らせていた、“情報局内でも一部にしか開示されていない極秘情報”というのが関係しているのでは?」
するとレーリヒ部長が、少しばかり口角を上げて呟く。
「貴殿は中々良い記憶力をしている」
「ははは、一言一句レーリヒの発言通りだな。良いだろう、貴殿の言う通り、時間は有限だ。――紹介しよう。然るべき段階を経た後ではあるが、直近貴殿の上官になる予定だ。ハルダー少将、貴官の自己紹介の番が回ってきたようだな」
「はっ、承知であります」
ぴしりと敬礼しこちらに目線を向けた男性は、今回初見になる人物。明るい青味がかった髪に、薄い灰色の瞳。レーリヒ部長程ではないが、かなり鍛えられた体躯をしている。
「初めまして、ヴィトゲンシュタイン殿。ラインハルト・フォン・ハルダー第1部部長補佐兼11X課長、帝国より少将に任ぜられている。これから説明はするが、貴殿の未来の直属上司だ。宜しく」
そう言って差し出された大きな手を、礼儀正しく握り返す。
にこやかに握手を交わしつつ、目の前の男性をそれとなく観察する。直属の上司となれば、有能かつ話の分かる人物であるに越したことはない。そんな思いを抱きながら、第一印象を素早く分析する。
ゲレン長官が人間の皮を被ったハイエナ、レーリヒ部長が軍人然、テニッセン課長が学者のような雰囲気をしているとすると、この男性は些か機械じみた印象がした。その表情は微笑の形をしている。しかし、どこか温度感が感じられない。
飽くまで第一印象であるから、その人物像は後々いくらでも変化する可能性はある。まあ上司となる人間らしいし、これから否でも様々な面を見ることになるに違いない。
「初めまして、ハルダー少将。お会い出来て光栄です」
「いきなりの挨拶で当惑するかもしれないな。だが貴殿の予想通り、配属先は既に決定済みだ。そしてそれは、帝国情報局内でも限られた人員にしか開示されない。端的に述べると貴殿の配属予定先は、局内でも非常に秘匿性の高い部署である、ということだ。私はそこの司令官に任命されている」
「既に先輩方が職務に就いておられで?」
「いいや。喜べ、貴殿が一期生だ。当該部署は今期から新設される」
ピカピカの新設部署か。正に新たな工作計画が企画されている、と見て間違いはないだろう。そして私は、そこの機関職員として活用される予定と。
「本来ならば、配属が正式決定されてから、職務内容をお伺いするのが規定だと存じてはおりますが…」
「貴殿は主幹人員となる人材だからな。…これから私が口にすることは、公式人事の発言ではない。人事部からの後日通達とは少々異なる可能性がある、ということを留意したまえ」
つまり、これからハルダー少将が話す内容は、現時点でこの場に居る人間しか知らないこと。私は将来的にそれに関わるのが必然故に今伝えられるが、決して他言無用だということだ。
…諜報機関の内部でも秘匿性の高い内容って、どんなことなんだろう。聞きたいような、聞きたくないような。背反する感情が心の中で首をもたげるのを感じつつ、仕方がないのでそのまま拝聴する。
「承知致しました」
「うむ。貴殿にはまず、正式配属の前に研修期間が設けられる。通常のコースであれば、少なくとも2年はかけるのだが、我々は貴殿の能力の特異性を考慮し、これを大幅に短縮する予定だ」
「具体的にはどの程度でしょう」
「約6か月だ」
2年かかる訓練内容を、たった半年で履修すると?
それだけ即戦力として期待されているのかもしれないが、最初からとんだハードモードだ。
「それは、相当凝縮された研修内容になりそうですね」
「まあそうだな、貴殿の場合、特に語学に関してのスキル習得は既に完了している、という扱いだ。それから術式操作についても、多少アドバンテージがあると見ている。その分履修科目を削減可能なのだ」
「成程。それらに関しては、最初から資格査定等を受験するのですか」
「然様。育成課程修了試験を受けてもらう。その他の科目に関しては、他の同部署配属予定者と同様の課程を履修してもらう」
「その仰り方を聞く限り、私の配属予定の部署に在籍予定の職員は、帝国情報局の一般育成課程とは別の訓練を受ける、と捉えられますが」
「ああ、同課は少々特殊な部署でね。通常育成課程よりも、何と言うかね、厳格な基準設定があるのだ」
諜報機関の一般水準と比較して厳格な基準設定って、一体どんな訓練をやらされるんだ?しかもそれを、通常の4分の1の期間で修了させる?
「ハルダー少将が最初に口にしていた、11Xというのが該当課でしょうか」
「ふむ、念のため伝えておくが、第1部に11Xという課は存在しない」
一瞬ハルダー部長補佐の顔を見詰める。彼は至極当然のことを口にしている、という表情を崩さなかった。
思わず口の端が引き攣るのを感じつつ、彼の言葉の意味を正確に理解したことを伝える。
「そうですか。公式にはそのような部署は存在しない、ということですね」
するとハルダー部長補佐は、満足そうに頷いた。
「正しく。これは先程の契約書に記載していた、機密保持誓約事項に該当する。十分留意したまえ」
「は。畏まりました」
つまりはこうだ。
今期の新規計画により、11Xという課が新設される。但しそれは、現時点でこの場にいる人間しか知らない、当局内でも極秘事項。11Xは非公式部署であり、公式人事としては発表されない。将来的に配属される人員は、公式には適当な所属部署を割り振られ、表向きは通常職員を装う。しかし実際は11Xの任務を遂行するということだろう。
諜報機関の中でも秘匿にされる課となれば、余程特殊性が高いと思われる。何なら色んな意味で、危険性の高い存在だとしか考えられない。
…何をやらされることになるんだか。
「さて、通常であればこれは、後日説明するべきことではあるのだがね。その職務内容が、貴殿の提示した1つ目の条件と深く関係しているために、後回しにするわけにいかないものでな」
ロベールへの軍事援助に関係すると?そうなると、工作部隊だろうか?
しかし既存の工作部隊があるはずだ。わざわざ部署を、しかも秘匿された課を新設する必要がどこにある?
「それは、当該課が直接ロベール派兵に関与する、という意味でしょうか」
「貴殿の職務は、諜報機関としては極めて、極めて特殊なものとなる。資料を用意した。ハルスバントは装備しているな?」
「はい、装着しております」
「宜しい。暗号化された文書をそちらに送信する。魔力を供給したまえ」
首元に手をやり、ハルスバントに自分の内蔵魔力を移していく。首元が淡く光り、目の前にホログラム画面が浮かび上がった。
「秘匿文書だ。15分以内にデータは自動消去される。速やかに目を通すように」
「極秘事項」と赤く印字された表紙に目を遣る。資料は2部あるようだ。
『西方国防計画:“衝撃と浸食”作戦』『11X(通称:シュペッツ)設立概容』と題された項目がある。
恐らく1つ目が私の要求した、ロベールへの派兵についての計画書。そして2つ目が配属される部署についての概容だ。
一先ず1つ目から目を通していく。
内容は、粗方私が先日プレゼンした通りだった。
ロベール北伐に際し、トイトーネから1個戦闘団分の戦力を投入する。ロベールで聖女とされる私が、東方訪問時に接触し援助を取り付けた、というのが名目だ。
そこで圧倒的戦力の差を見せつける。現状からの予測では、北方民族の討伐に要する時間はたったの3日。北方民族の南下に数年も苦しまされてきたロベールの民にとっては、余りにも強大な力に思えるだろう。
特に直接的に危険にさらされてきた北方都市の市民たちは、神の福音なぞよりよっぽど頼りになる力だと感じるはずだ。そこから、唯一神信仰の取り崩しにかかる。
ロベールの各地方都市では、既にトイトーネのエージェントたちが活動している。北方民族襲来の知らせを喧伝し、民衆の不安を煽り立てているようだ。現時点で地方の民衆たちは、日に日に教会府への不信感を強めているとのこと。
教会府もそれは少なからず察知していたようだ。他列強の工作員たちの関与も、見受けられると分析されている。今回の聖女召喚は、下落していく教会府の求心力を取り戻すための切り札だったのだ。
そこでそれを逆に利用する。北方民族討伐完了後、恐らく私は唯一神の力を知らしめるための、プロパガンダをやらされる。凱旋パレードや式典への参加等が考えられる。
そこで聖女であるはずの私が、「正義はトイトーネ帝国にあり」と公的に宣言するのだ。
勿論教会府は、徹底的に火消しにかかるだろう。例えば私が実は紛い物の聖女だったとか、悪魔の手先であるとか言ったりして。
他列強のエージェントも、トイトーネ帝国が直接的に活動し始めたとなれば、妨害工作に奔走するに違いない。
しかし既に疑心の種は蒔かれ、芽吹き始めている。北方民族を撃退したのは、実質的にトイトーネ帝国。民衆の信用がどちらに傾くかは、凡そ見当がつく。
しかし、鉄は熱いうちに打つに越したことが無い。民衆の信仰が揺いだこのタイミングで、トイトーネ帝国が正式に西方方面軍を進軍させる。そして国王に対し開国を勧告する。
開国に際し、トイトーネ帝国側はロベールにいくつかの条件を要求する。「トイトーネ帝国主導によるロベールの文明化」という名目で、ロベールの王権を完全に廃止する。それに際しロベールにトイトーネ政府が監督する統治機構を樹立し、「ロベールの文明開化」に取り組む。
まあ言ってしまえば、事実上の占領だ。圧倒的軍事力により不平等条約の締結を強要し、ロベールをトイトーネ領にする。ロベールの民は、「文明化の完了」までトイトーネの「第二級臣民」として扱われる。その権利は、本国のトイトーネ帝国民に遥かに劣る。奴隷ではないにしろ、その主権を認められないに等しい。
教会府はしぶとく抵抗するだろう。何せ今まで我が天下状態だったのだ。それが、一気に隷属階級に落とされるなど、到底考えられないことに違いない。
しかし、一度堕ちてしまった信仰を取り戻すなど、彼らの力では到底叶わない。
ここで注意すべきは、他列強諸国の動き。トイトーネが西方に領土を拡大するのを、他列強が指をくわえて座視するなど考えられない。テュッレーニア都市連合にカールパート王国、イベロス民衆国、カプス王国、ヴァーサ王国、サヴィート連邦も何かしらアクションを起こすと予想される。
トイトーネが唯一神信仰の破壊を以てしてロベールを支配しようとすれば、彼らは逆に唯一神信仰の保護を援助して対抗してくる。だから、彼らが手の施しようもないくらい、徹底的に唯一神信仰を崩さなければならない。
それには、最初の一撃でどれだけ打撃を与えられるか、が重要である。つまり、私の「聖女」としての立ち回りが鍵となるのだ。
思わず口角が上がるのを抑えられなかった。
――私をこの世界に引きずり込みやがった、教会府の糞どもめ。この私が、大人しく飼い犬になどなるものか。
貴様らに、文明の教育費が如何に高いか、身を以て知らしめてやろう。
「“衝撃と浸食”、素晴らしい響きですね」
「気に入ったかね?作戦名は私が命名したのだが」
「ハルダー少将は大層粋なセンスをお持ちだ」
「ははは、そう言ってもらえると嬉しいよ」
ハルダー部長補佐と話していると、ゲレン長官がにこやかに口を挟んできた。
「ヴィトゲンシュタイン殿、きっと2つ目の資料の内容も気に入ると思うぞ」
「それは是非とも、拝見しなければ」
長官がそこまで楽しそうにしている様子を見るに、何かしらあるのだろうな。
そう思いつつ、2つ目の項目を開いた。




