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無神論者の聖女紀行  作者: はっぴーせっと
第1幕 無神論者の転職紀行
39/59

第29話

皆様お加減如何でしょうか?

私はこの情勢の中、通常通りどころか平時の3倍忙しいです。仕事が私を撃滅させようと、大規模攻勢を仕掛けてきています。

ということで遅くなりましたが、続きの物語、お楽しみ頂ければ幸いです。



 帝都に来てから5日目。遂に第2の勝負日が来た。私のこれからの人生が決定される日といっても過言ではない。


 この4日間、私は約束された通り、帝国国民としての自由を与えられていた。勿論多少の監視は付いているのは承知の上だが、今のところ私はトイトーネにとって不利な活動をしようという意図はない。単に今まで得られなかった、この世界全体についての正確な情報を得るために動いていただけだ。予想通り、特に規制されることなく、心置きなく帝都を回ることが出来た。


 ただ一つ気になったのが、『帝国情報局』の位置付けである。念のためその名を調べてみれば、公的資料に外務省の下部組織として記載されていたのは確認できた。しかし、気になるのはその内実である。

 「外務省の一組織として、国外情報を収集し分析する研究機関」というのが、公式の見解だ。長官はディートヘルム・フォン・ゲレン上級大将。長官の氏名だけは公開されているらしい。


 だが明らかに、私の接した彼らは「研究機関」の研究員なぞではない。実際彼らは、自分たちの機関を“独立諜報機関”と表現していた。

 そう、紛うこと無き国家の諜報機関である。英国におけるMI6、米国でいうCIA、ロシアでいけばKGB。

 しかも公式資料を見る限り、政府は公的に“独立諜報機関”が存在するとは認めていない。つまりあれだ、1994年までのMI6みたいなもの。一部しか存在を知らない非公式組織。

 そんな秘匿機関のお偉い様方が、ご丁寧にも自分たちの正確な職務を大まかに明らかにして、自己紹介してきた。もう、これは私にとって大問題である。


 考えてもみたまえ。MI6の機関員に白昼堂々にこやかに面会を求められ、「こんにちは、私MI6環境部部長の○○と申します。お会い出来て大変光栄です。ところで一緒に働きませんか?」と言われたようなものだ。


 まずは、信憑性を疑うだろう。その感覚は正しい。私もいざ面会を終えてみて、正直本当に国家の諜報機関だろうかと疑った。だから身辺を徹底的に確認した。

 結果、用意されていた部屋に仕掛けられていた盗聴器の数々や、ハルスバントの追跡記録を見て、本物だろうと確証を得た。必ずハルスバントを付けた“監視員”に尾行されていたのも、確信を得る材料の一つである。


 そうなると、次に思い至るのは我が身の危うさ。

 諜報機関とは、職務内容共々その組織員の全容をほぼ隠匿しているからこそ、その存在に意味があるのだ。スパイが「私はスパイです」と公言しながら情報を得ようとするなど、職務放棄もいいところ。

 逆説的に考えれば、彼らが「私はスパイです」と明言する場合、所属を明らかにせねばならない事情がそこにはあるのであり、更に言えば相手に知られても問題ないような措置を既に講じているのは当然である。


 つまり私の首は今、皮一枚で繋がっていると言っても過言ではない。


 彼らは相当、私を特殊任務担当に採用したいのだろう。だからこそ、ある程度手の内を明らかにして接触してきた。

 従って私に求める答えは、イエスかウィーかヤー。ニェットと返せば、手のひら返しでポロニウム210を盛られる可能性だってある。いや、帝国が核実験を行っているかどうかまでは、流石に資料を探し出せなかったので分からないが。


 あれだけ面会時に啖呵を切った口ではあるが、少なくとも私は、この世界のリトビネンコ氏第1号にはなりたくない。となるともう既に、退路は閉ざされているに等しい。


 そう、だから、私が彼らの機関に組み込まれることは、ほぼ決定事項ではある。ただ、せめてヘッドハンティングされたなりに、少しでも私が求める条件ものんでもらえないかと交渉してみたまで。

 一応先日の面談時にはそれなりの感触があったから、6割の確率で勝算はあるのではないかと思っている。


 まあもしこれで私の提示した「ロベールへの派兵」が却下されようとも、私の鋼の意志は曲がらない。帝国情報局に所属しつつ、虎視眈々と唯一神信仰撲滅の機会を狙ってやろう。

 ふふ、生憎私は気が長い方だ。一時で決まる勝負もあるが、長期的視点での勝利も、勝ちの一種である。


 「さて、と。時間ではこのあたりだったかな」


 待ち合わせの場所まで着いて、辺りを見渡す。私は今、帝国郊外区の街角に立っている。


 空は薄曇りだが、天気は悪くない。長袖一枚羽織るくらいで丁度いい気候だ。

 アンティーク調のショーウィンドウにもたれかかりながら、待つこと数分。私の待ち人は、すぐにやってきた。


 音もなく目の前に停車した、黒塗りのセダン。お約束の様に、窓ガラスには黒のスモークがかかっている。

 助手席から軍服姿の男性が下車し、さっと後部座席のドアを開く。


 「お待たせいたしました、バンデルです。ご乗車願います」


 「ご苦労様。では失礼して」


 さっさと乗り込むと、ドアが閉められ、間もなく車は発進した。


 向かう先は恐らく、先日と同じ帝国情報局の施設。諜報機関があんな派手な建物を使用していていいのか、という疑問は無きにしも非ずだが、逆に意外性という点で欺瞞に向いているのかもしれない。

 


 数十分程で目的地へと到着し、同じ様に一室へ案内される。


 そこには既に、前回とほぼ同じ面々が揃っていた。


 一つ違うのは、クルマン大佐ではなく新しい顔が代わりにいらっしゃることだ。

 クルマン大佐よりは年上。出で立ちからして、官位も上だろう。恐らく私の出した条件について、関係する人物だと思われる。


 「やあ、ヴィトゲンシュタイン殿。5日ぶりだな。帝都での時間はどうかね?」


 「こんにちは、ゲレン長官殿。ええ、お陰様で。大変有意義な時間を過ごさせていただいております」


 「だろうな。随分と熱心に調べ物もしていたようだし、貴殿の勤勉さは素晴らしいものがある」


 貴様の行動は逐一把握しているぞ、と言われているも同然だ。そりゃそうだろう、あれだけ盗聴もして監視員もつけて…知らないふりをする方が白々しい。


 「はは、過分な評価恐縮です。一応長官殿以下皆様のお手を煩わせない範囲で、行動させていただいたつもりでしたが」


 「ああ、気にするな。純粋に貴殿の洞察力に感心しただけだ。それ以上の他意はない」


 「そう聞いて安心いたしました」


 「さて、世話話をしに来たわけでもあるまいし、貴殿のことだ。実務的な話をした方がよかろう」


 そう言うと、ゲレン長官は薄く微笑む。

 

 「安心したまえ。貴殿の提示した条件は、どちらも満たすことが出来そうだ」


 その言葉に、思わず私もにこりと微笑む。


 大変喜ばしいことだ。二つ目の条件はその場で確約してもらっていたが、一つ目の条件も審議が通ったらしい。

 これで私は、遠回りをせず唯一神信仰に自由主義の鉄槌を下してやれることになる。何て愉快!


 だがぬか喜びは禁物だ。契約内容は詳細に至るまで、一つずつきちんと確認することが大切である。


 「それは、それは!貴殿らのご尽力、感謝極まりなく存じます。つまりそれは、私の申し上げた2点について、完全に保証していただけるということでしょうか?」


 「そうだ。一つ、ロベールの北伐に際して、我がライヒから戦闘団を派遣し助力すること。二つ、貴殿がトイトーネ帝国民としてある限り、憲法に基づきその身の自由と安全を守護すること。帝国情報局及び総統閣下は、これらをヴェラ・ヴィトゲンシュタイン氏に約束すると誓う」


 「感謝申し上げます。その上で、私は帝国情報局からお仕事のお声がかかっているとの理解で合っていますか?」


 「然様。貴殿には是非とも我が帝国情報局にて、機関職員として働いて欲しいと思っている」


 「機関職員…協力者(エージェント)ではなく、機関員インテリジェンスオフィサーとしての採用と?」


 確かに長官自ら出てくる時点で、ただのエージェント獲得ではないとは思ったが…。

 そうなるとやはり気になるのは、職務内容と報酬である。


 前の世界で諜報員は、その危険な任務に対して報酬が少ないと聞いていた。まあ公に出来ない仕事内容だから、それも当然ではあるだろう。

 しかし私は、雀の涙の様な賃金でこき使われるのは御免である。元の世界では労働者とはいえ、それなりに高所得者ではあったのだ。労働所得には劣るが、一応不労所得だってあったわけだし。


 帝国情報局となれば、国家公務員の扱いだろう。恐らく給料は固定給。多少の手当は付くだろうが、出来高によるプラスαはあまり期待できない。となると、固定給がこの世界の物価水準に対してどれだけかによって、報酬は決定されると見て間違いない。


 以前トゥーマン少尉に聞いた話では、この国の一般公務員は平均月給4,500RN程度。物価水準から換算すると、以前の私の給与の40%程度しかない。つまり、給料6割減。


 あ り え な い !!!


 確かに異世界に飛ばされたことで、私のキャリアは無に帰した。しかも今ヘッドハンティングされている職場は、私の元の世界の職歴からみても完全なる異業種。私は職歴なしの新人も同然だ。


 でも、6割減はあんまりじゃないですか。確かに異業種ではあるが、私は自分の労働能力に一定の自信はある。仕事はどんなものであれ、基礎は同じ。前職のキャリアを全く考慮されずに能力査定されるのは、誠に遺憾だ。


 この際多少の個人情報を渡してでも、報酬の交渉をしてやろうか。


 内心ぎりぎりと考えていると、レーリヒ部長が話を引き継いだ。


 「ああ、つまりは正式に国家公務員として採用したい、ということだ。更に我々の機関は少々特殊でな。国家公務員の中でも、特別待遇になる」


 特別待遇。その言葉の響きに、少しの希望を見出す。


 「特別待遇、と。一般の公務員とどのように差異があるのでしょう?」


 「一口に公務員といっても、二種類ある。国家公務員と地方公務員だ。国家公務員は国家行政組織に勤める者、地方公務員は地方行政団体に勤める者を指す。総じて言えば、国家公務員は優秀な選ばれた人間しかなれない。民間企業の労働者と比べても、遥かに恵まれた待遇にある」


 成程。この国ではどうも、国家機関に勤める者の立場が強いらしい。民間企業の社員より高待遇か…。まあ経営者等になれば別だろうが、国家公務員はこの国では悪くない選択肢のようだ。


 「そうなのですね。国家のエリート集団ということですか。しかし先程の発言は、その国家公務員の中でも特別待遇だ、との意味に聞こえましたが」


 「その通り。貴殿は我が帝国情報局が、公式にどのような組織とされているか、もう知っているだろう?」


 「ええ、公的資料で調べさせていただきました。確か、“情報研究機関”であり“外務省の一組織”だと…」


 「ああ、公式にはそういう見解であるな」


 つまりそれは建前。内実は違いますよ、ということ。

 そりゃ独立した諜報機関を“情報研究機関”と表現するなど、とんだオブラートの包み方があったものだ。


 「ええ、以前お会いした際には、情報研究機関ではなく“独立諜報機関”と小耳にはさんだ気がしていたもので。私の記憶違いかと首を傾げました」


 「貴殿の記憶力に何ら問題はない、と言っておこう。更に付け加えれば、我々は外務省の管轄にはない」


 …おや。それは初耳である。


 「と、言いますと」


 「“独立”諜報機関、と言っただろう?字句通り、我々は如何なる国家機関からも独立した組織。ゲレン長官の直属の上司は、総統閣下であられる」


 うわあ。非公式もいいところだ。総統の直属機関だったとは、流石に予想外。


 「成程。それは確かに、同じ国家機関とはいえども、他機関とは一線を画しますね」


 「然様。それ故に、国家公務員としても待遇に差がある」


 「出来れば良い方に格差がある、と理解したいところでありますが」


 するとゲレン長官がにやりと笑った。


 「この場合、まずは定量的な条件提示が必要だな」


 そしてレーリヒ部長から用紙とペンを受け取ると、さらさらとそこに何かを書きつける。

 彼はそれを私に差し出しながら、軽い調子で説明した。


 「一つ目が初年度の固定給。その額面年棒を、12で割ったものを毎月月給として支払う。二つ目はボーナスだ。固定給の8ヶ月分が、年2回支給される。その下はその他手当。任務によって各種手当が支給される仕組みだ。支払いは全てライヒノーテ建て。ちなみに」


 書かれた数字に目を走らせる私に向かって、長官は更に言葉を重ねる。


 「貴殿が正式採用となった場合、そのうちの“危険手当”は常時充当と考えて良い。つまり、事実上の固定給だな」


 先程私は、公務員の給与など雀の涙だと考えていた。…が、今ここにそれを撤回しよう。


 紙面に綴られた数字は、予想の倍以上。固定給と賞給を合わせれば、以前の年収には足らずとも、それをほぼ満たす額は得られる。更に常時充当と言われた危険手当も加えれば、かなりの金額だ。


 国際貨幣価値を鑑みても、トイトーネ帝国の通貨、ライヒノーテは他国通貨に対して強い。資産の分散管理を考えて、他国に不動産を持つにも便利だ。


 報酬は上々。次は福利厚生の確認。


 「帝国情報局は、人材に対して惜しみない投資をされているようで何よりです。他の待遇も確認しておきたいのですが、身分等は如何なるものとなるのでしょう?」


 「レーリヒ部長、説明してやれ」


 「はっ。…表向きは外務省傘下組織の一研究員、という位置づけになる。大枠としては外務省職員だな。従って、公的人事では別の肩書が付与される場合もある。例を挙げると、外交官であったり大使であったりな。我々の間では通称“駐在組”と呼ばれるものだ」


 「となると、そういった人事がなされた場合には、それに見合った装備を用意していただけるということでしょうか?」


 「如何にも。帝国情報局からの任務上必要な権限に加え、公的な肩書に見合った権限が付与される」


 「成程。つまり任務上何らかの事由が発生した場合には、職員の身柄は、その公的立場に沿った法的措置がなされる、という理解で間違いないですか」


 「ああ、その認識で合っている」


 そうなると、どんな任務につくか次第で大分待遇が違いそうだな。

 こういう時は、まず最悪のケースを想定しておいた方が良い。外交官等の外務省職員として派遣されるなら、まだ公的立場からまだ安全性はあるだろう。

 しかし、イリーガルの場合、危険性は飛躍的に上昇する。例えば偽装ライゼパスなんか持たされて、一民間人として国外活動なんかすることになったら、ヘマをすれば救出よりも闇に葬られる確率が高い。


 従って、配属先がとても重要なのだが…恐らく、私が帝国情報局に入局した場合、配属先は既に決まっていると思われる。


 具体的にどんな部署かは不明だが、少なくとも特殊任務を扱う部署だ。それも内勤ではなく、外向部門である確率が高い。


 一応最終確認を込めて、気になっていた点を質問することにした。


 「承知致しました。では最後に一点。貴殿らは私の提示した一つ目の条件について、先日の段階では審議の必要あり、と仰っていました。私が当初提案したのは国防軍からの派兵でしたが、その際ゲレン長官は“帝国情報局内でも審議する事案がある”と発言されていたように記憶しています。そこで質問ですが、今回ロベールへの軍事援助を行うと承認し実行する主体機関は、国防省でしょうか、それとも帝国情報局でしょうか」


 「そう、それは貴殿の採用に関わる重要な論点だ」


 レーリヒ部長がちらりとゲレン長官を見る。長官は薄く笑みを浮かべて答えた。


 「幸い、帝国情報局での審議が通ってね。独立機関としては喜ばしいことに、我々は我々単独で、貴殿の要望に応えられそうだよ」


 つまり、帝国国防軍に話は行っていない。これは、総統とその直属機関である帝国情報局、彼らの独壇場なのだ。


 推測するに先日レーリヒ部長が口にしかけた、帝国情報局内の特殊任務構想に関わりがあるのだろう。そして、私もその構想の一部として組み込まれている。


 提示された待遇は、この世界で取り得る選択肢の中では破格だと思われる。私の要求した条件も承諾してもらえた。後は、その世界に身を投じる覚悟があるかないか、それだけだ。


 …恐らく他の列強諸国も、ロベールにスパイを仕込んではいただろう。そして彼らも同様に、私たち聖女の召喚については把握しているに違いない。

 しかし誰よりも先んじてヘッドハンティングしに来たのは、トイトーネ帝国だった。

 この国は、私の能力を評価し活用する地盤がある。そして、この世界において覇権国家として大きな力を持っている。



 どこまで行けるか、試してやろうじゃないか。



 「ゲレン長官、待遇条件が明確に記載された契約書等はありますか?」


 「…テニッセン課長、ここに」


 「はっ」


 テニッセン課長が手元の袋から、数枚の用紙を取り出す。それを受け取って軽く確認したゲレン長官は、用紙を私に手渡した。


 「貴殿の要求した条件の詳細、更に具体的な待遇等は全て、その契約書に明記されている。確認したまえ」


 一言一句逃さぬよう目を通していく。自分の人生を決める選択だ。一筋の抜かりもあってはならない。


 自分の要求と基本的人権が最大限確保されているのを十全に確認した上、契約書から顔を上げて目の前に佇む人間たちに視線を戻す。


 ゲレン長官は、悠然と葉巻を吸いながらこちらの様子をじっと窺っていた。


 「私のトイトーネ帝国民としての人権が最大限保証されること、私が要求する規模のロベールへの助力が認められること、更に帝国情報局が私に提供し得る報酬に関して、貴局が公的に約束し契約する意思があると、ここに確認いたしました。よって私の答えは――」


 一旦言葉を止めて、ペンを手に取る。

 用紙の最後、ゲレン長官のフルネームで書かれたサインの下に、“ヴェラ・ヴィトゲンシュタイン”とトイトーネ語で署名をしたためた。


 「是非とも貴局にて、微力を尽くしたいと存じ上げる次第です」


 署名をした一部を、ゲレン長官に渡す。


 彼はサインを一瞬見詰めた後、にこやかな表情で手を差し出した。


 「素晴らしい!我々は、貴殿の入局を心より歓迎しよう。――ようこそ、トイトーネ帝国情報局へ!」


 差し出された手をしっかりと握り返す。

 さあ、これから新しいキャリアの始まりだ。

 


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