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無神論者の聖女紀行  作者: はっぴーせっと
第1幕 無神論者の転職紀行
37/59

第28話



 国立図書館で少々話した後、折角だからミアと昼食に出かけることにした。


 「いやあ、課題をしに来たというのに、私の都合に合わせさせてしまって申し訳ない」


 「そんなことないですよ!私も今日は朝から大学で講義があったので、図書館に寄ったあと街で昼ご飯も兼ねて買い物に出かけようかと思っていたんです。だからヴェラさんとご一緒できて嬉しいです。同性の友人とご飯っていうのはテンションが上がりますからね!」


 「確かに!男友達と酒を飲みながら議論するのも楽しいですが、女友達とゆっくり食事をするのも落ち着きますね」


 「そうですそうです!あと有名パティスリーに行ったりとか、洋服とか買いに行ったりするのとかは、男友達だとどうしても遠慮しちゃうんですよね」


 「まあ男性はウィンドウショッピングという概念があまりないですし、目的を決めて買い物に行く方が多いですからね。私が男性の友人と一緒に買い物に行くとしたら、車か物件の内見くらいかなあ」


 「えっ、ヴェラさんって車運転できるんですか?!」


 あ、しまった。この国での自動車の定義は、まだよく知らないんだった。運転免許が必要なのか、何歳から運転可能なのか、そもそも一般人に運転できるものなのか、そこからきちんと知っておかないといけなかったのに。魔動車もあるくらいだし、自動車や魔動車が一部の専門職しか操縦できない可能性もある。免許が存在するとすれば、私はまだ現時点でこの国の運転免許は保有していない。だから今の私の発言は完全に失言になる。


 「ああ、まあ、車は好きでして。魔動車にはそんなに詳しいわけではないけれど、自動車の方なら仕組みくらいは多少わかると思います」


 仕方ないから笑顔で誤魔化す。というかお願いだから誤魔化されてくれ。


 「そうなんですね!女性で運転できる方ってまだ全然少ないし、そもそも車に興味を持っている女性自体珍しいので、思わず驚いちゃって。魔動車はほぼ軍用だから、逆に軍関係の仕事に就く女性なら免許持っているかな?でも一般人としては、自動車に乗れる女性憧れますよね!私も就職する前に免許取得して、通勤とか移動に使えたらなあって。まあ中古の自動車でも20,000RNくらいするし、ナンバー登録だって結構な額だから、車乗るとなると30,000RNくらいは必要ですよね…はあ、お給料良いところに就職して、車のローン組めるようにならなきゃ…」


 隣で嘆息するミアを横目に、頭の中で算盤をはじく。

 魔動車はほぼ軍用だが、自動車は金さえあれば一般人でも免許取得できるということは分かった。但し女性のドライバーは少ないらしい。今街中を見ても、そもそも車の往来がそこまで多くないように思われる。

 恐らく車の価格帯とナンバー登録料の問題なのだろう。以前トゥーマン少尉から聞いた、少尉の月給は約4,500RN。トイトーネ帝国の物価基準からすると、日本円で換算して40~50万程度と見積もった。


 そうすると、自動車は中古で200万はすることになる。中古で200万というと、MINIクーパーの3年型落ちくらいは購入できる。メルセデスのC180とかでもいけそうな値段だ。加えて恐らく登録料は50万以上。上海は一般のナンバー取得に100万かかると聞いていたが、帝都の登録料も中国大都市並みのようだ。車の交通量を規制でもしているのだろうか?

 兎も角この国で車は、ブルジョワジーのための乗り物らしい。鉄道網の普及は広いようだし、見た限り鉄道の利用率の方が高いと思われる。


 「あ、あった!ちょっと混んでいるかもしれないんですが、ここでもいいですか?」


 ミアが指さしたのは通りに面したレストラン。「ローベ・ディーレ」と書かれた看板が慎ましやかに掲げられているそこは、外観の落ち着きとは裏腹に昼食時の人で賑わっているようだった。


 「いいですよ。ちょうど昼食の時間帯ですし、人気店は大体混みますからね」


 「そうなんですよね。あ、ヴェラさんもここ来たことあります?手頃な価格で美味しくて量のあるメニューを揃えているので有名なんです!法学部のキャンパスから近いので、同じ学部の人とよく鉢合わせたりするんですよ。で、会ったついでにそのまま議論しちゃって時間を忘れて、次の講義遅刻しかけたりして」


 「あはは、楽しそうですね!学生さん御用達のお店というわけだ」


 「そうです、学生の財布とお腹に親切な店なんですよ」


 店の前まで来ると、確かに学生らしき若者たちが何人か並んでいる。皆片腕に本や資料を入れていると思しき革鞄を抱えているから、見てすぐ分かるのだ。



 待つこと20分程、ウェイターに案内されて席に着く。店内は満席で、テーブルに対して無理矢理椅子を詰め込んでいる感じがある。ミアの言ったとおり、至る所で賑やかに議論が交わされているようだった。


 「ここのクロプセ美味しいんですよね~ホワイトソースの染み具合がちょうど良くて!あ、定番のカリーヴルストもありますよ。今日はどれにしようかなあ」


 一方目の前のミアは、メニューに意識がすっかり集中している。

 ちらりと近くのテーブルに乗る皿に目を遣って、私は二度見した。

 視覚だけでも食欲を満たせる量の肉とジャガイモが、そこに盛られていた。いや、まさか。そんな私の思いを無視して、隣の男性は1人でその皿を平らげていく。向かい側に座る男性の前にも同じサイズの皿が一つ。それも同じ様なペースで消費されていくのを目の当たりにして、私は悟った。味はどうであれ、この量的暴力を前に、私の胃腸の完敗は火を見るよりも明らかだ。断固メインメニューは回避するべし。サイドメニューを頼みこの局面を乗り切ろう。


 「私、このカートッフェルズッペとパンにしようかな」


 「えっ、それだけでいいんですか?!確かにここのズッペはランプ肉も入ってますけど、お肉はがっつり食べた方がいいですよ!」


 「あー、うん…ちょっと今食傷気味でね…ミアさんは遠慮せずに食べてていいですから」


 「あ、そうなんですね!では遠慮なく!ゾフィさーん、注文お願いします!あ、食傷気味なら飲み物はワインじゃなくてビールにしておきますね!」


 心なしか目をきらきらさせてウェイトレスを呼んだ彼女は、メインの豚肉の塩漬けをしっかり頼んでいた。というかビールは胃に優しい飲料扱いなのか。確かに私が前住んでいた国でも、風邪をひいたらワインでも飲んで身体を温めとけ、みたいな習慣あったけれど…。いいや、私は下戸でもないし、深く考えないでおこう。


 先にビールが来たので早速乾杯して一口あおる。のど越し爽やかな白ビール、活字の海から上がったあとに気持ちのいい一杯だ。


 「そういえばヴェラさん現役じゃないって言ってましたけど、今何されているんですか?」


 「実は今、就職活動中でして」


 「へえ!どんな仕事に応募しているんですか?」


 「公務員系ですかね。民間にも興味はあるんですけれど」


 「公務員かあ!うちの父と同じですね!インタビューの感触どうでした?」


 「有難いことに、それなりの評価をしてもらえているようでして。あとはこちらの提示した条件が先方で受理されるかどうか、返答待ちというところです」


 「じゃあ雇用主側の採用条件はほぼクリアってことじゃないですか!」


 「そうですね、出来れば私の求める待遇が認められると良いんですけれど」


 正直なところ、帝国情報局の面々が所属を明らかにして私をこの国に入国させた時点で、私は強制的にヘッドハンティングされたも等しいと考えている。勿論オファーを蹴ることも可能だろうが、その場合には世界を敵に回すくらいの覚悟はしなければなるまい。だから、私の求める条件を先方が承認し、双方の要求が合致することを切に願わずにはいられないのだ。


 「確かにそこは大事ですよね。兄も就職時には、高待遇を求めてシビアにポジション狙ってたなあ」


 「お兄様はディヴェルト・ツァイト紙の法務報道部に勤めていらっしゃると仰っていましたよね。ずっとそちらにお勤めに?」


 「ええ、兄は私の3個上で、社会人になりたてで。今の職場は初めてのところなんです。まだ社会人歴2年目ですよ」


 「成程。法務報道部ではどのような活動をなさっているのですか?」


 「うーん、各地を飛び回っているので、私も偶に話を聞くくらいなんですが、主にカールパート王国の外交政策を取材しているみたいですね。まだ職歴もこれが初めてなので、平記者やってますよ」


 「カールパート王国の担当なんですね。しかし最初から列強の政治担当とは、キャリアスタートとしては素晴らしいのでは?」


 「そうですね、大学時代の論文が評価されて、採用に繋がったみたいです。まあ我が兄ながら、学内でも成績は良い方だったんですよ。あと、カールパート語が得意なので、それも買われたみたいです」


 「成程。ルプレヒト大学で成績が良いとなると、相当優秀な方なのでしょうね!カールパートとは外交上密接な関係にありますから、そこの言語に精通しているのはスキルとして大きな利点になるでしょう」


 「あはは、ヴェラさんみたいな美女にそこまで褒められたら、お兄ちゃん鼻の下伸びまくりだろうなあ!」


 カールパート王国の政治担当記者か。カールパート王国は一列強国であるし、調べた限りトイトーネとカールパートは歴史的にも密接な関係にある。そこの政治担当となれば、平記者とはいえ、部署的に花形と言っていいだろう。

 

 …前の世界でもよく、諜報機関の人間は別の肩書を持っていることが多かった。特にエージェントと呼ばれる協力者は、情報が入手しやすい職業に従事していることが多い。

 例えば新聞社の記者とか特派員とか。


 どこの国でも諜報員になるには、厳しい審査をくぐり抜けなければならない。課される課題や適性審査は勿論、職歴学歴過去の渡航歴、家庭環境から交友関係に至るまで、徹底的に調べ尽される。そのため採用までに1年以上審査にかけたりするくらいだ。

 私の居住していた国では、一昔前までは諜報員は肩たたき制だった。特に重要視されたのは、その家庭環境と学歴。“貴族階級のオックスブリッジ出身”というのは、もはや定番化したヒューミント人員の固定イメージである。


 そう考えると、恵まれた家庭環境を持ち最高学府を卒業、語学も堪能で花形記者をしているミアの兄は、まるで型にはめたようなエージェント人材となる。

 …が、まあこれだけで情報局との繋がりを判断するのは早計すぎるだろう。はは、最初から独立諜報機関なんて特殊なところと関わったせいで、私も思考が偏り始めているかな。


 「あれー、ミアじゃないか。今日も食べっぷりが豪快だなあ!」


 快活な声が聞こえたと思ったら、男子学生らしき若者たちが数人、ミアに近づいてきた。


 「フロル!お疲れさま、貴方たちこれからお昼なの?」


 「そうだよ、毎週土曜の定番さ。ギルケ先生の歴史法学の講義は、次1コマ分は予定を入れるなって有名だろう?」


 「ああー、語り部大先生の講義か。ええ、あれ土曜の昼前に入ってるの?私なら死んじゃいそう」


 「はは、超正確な腹時計で動いてるミアには、地獄みたいなものだろうな!」


 友人と思しき周囲の学生が一斉に大笑いする。笑われたミアもいつものことなのか、「当然でしょ!」と受け流していた。


 「あ!この人は私と同じ学部で同時期に入学した、友人のフロルです。フロル、こちらヴェラさんっていってね、実はつい先ほどお友達になったの!」


 ミアがこちらに気づいて紹介してくれる。フロルと呼ばれた赤毛の青年は、こちらを見てにこやかに挨拶してきた。


 「初めまして、フロル・エフゲニー・バイラ―です。ミアと同じルプレヒト大学法学部、在籍3年目です。フロルと呼んでください!お名前伺っても?」


 「初めまして、フロル君。ヴェラ・ヴィトゲンシュタインです。残念ながら貴殿らと同じ在学生ではないのですが、宜しければお見知りおきを」


 「ヴェラさんですね。どうりで初見だと思った。こんな美人が大学にいたら、学内ですぐに有名になっているはずですから!」


 「ははは、それを言ったらミアさんも有名なんじゃないかな。こんな可憐な女子学生はなかなかいないでしょう」


 私がミアに話題を振ると、彼女は照れたように笑った。


 「いやあ、確かにミアはうちの学部で大分顔が知られていますけどね。“外見を裏切る健啖家の女狩人が法学部にいるらしい”って、すっかり有名人ですよ!」


 茶目っ気たっぷりにフロルが言うと、ミアが眦を吊り上げて彼を睨む。


 「ちょっと、誰が大喰らいですって?第一、それ広めたの貴方たちでしょ!」


 再び快活な笑い声に辺りが包まれる。

 いやはや、楽しそうなことだ。大学は当然高等研究機関であり、学問を究めるところではある。それと同時に義務教育からストレートで入学した学生にとっては、社会に出る前の最後の学生生活を送る場所だ。謂わば心理社会的モラトリアム。

 彼らはそれを正しく謳歌しているように見える。学生が学生らしくしていられるのは、社会が安定している証拠だ。


 店内もどんどん人で溢れてきた。椅子が足りずに立ちながら飲み食いしている者もいる。ここは若人たちに席を譲って、社会に揉まれた大人は一旦退散することにしよう。


 「ミアさん、もう少しご一緒していたかったのですが、私そろそろ所要がありまして、お暇させていただこうかと。良ければ私の席をご友人方にお譲りしますよ」


 「あら、それは残念です!でも用事があるならお引止めするのは申し訳ないですね。また近々お会いできますか?」


 「勿論ですよ。暫くは帝都に滞在予定ですので、またお会いする時間は取れるかと」


 「そうなんですね、良かった!そしたら私の下宿先の住所と番号をお伝えするので、是非連絡していただければ!」


 「それは有難い。電話番号は共用のものでしょうか?」


 「はい、大家のシュミットさんっていう女性が必ず電話に出るので、そこで201号室のオッペンハイムって伝えれば私に代わってくれます」


 「分かりました」


 「はい、これ住所と番号です!今日は昼食もご一緒していただいてありがとうございました!」


 ミアが差し出したメモを受け取りながら、私もにこやかに席を立ち上がる。


 「ヴェラさん、良ければ今度僕たちもご一緒させてくださいね!」


 「ああっ、フロルったらちゃっかり!」


 「いいじゃないか、折角なんだし」


 「はは、ではフロル君たちも機会があれば是非。それではミアさん、後程ご連絡させていただきますね」


 「はい!お気を付けて」


 手を振って店を後にする。

 さて、まだ時間もあることだし、一旦宿泊しているホテルに借りた本を置いてから出直そう。ここからだと地下鉄を利用した方が便利だろうか。


 そう、ここ帝都には、既に地下鉄網が敷設されている。現時点で4本の路線が運行しており、市民の日常生活を支えているのだ。現代都市レベルとまではいかずとも、お陰様で市内の移動は大分便利である。少なくとも、ロベールよりは断然マシだ。

 

 「うーん、市役所に寄って、ポスターを見てみるか」


 ホテルのロビーで聞いても良いけれど、折角なら博物館等のポスターをチェックしてみるのも悪くない。


 午後の予定を考えつつ、休日の人混みへと身を任せるのだった。




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