第9話 私の恥(後編)
「参加されなくて宜しいのですか?」
私とマスターのファースト・コンタクトは決して友好的なものでは無かったと思う。
それはそうだろう。子ども達だけ、あるいは保護者連れで対戦に興じる喧噪に満たされた店内には、もちろん『大きなお友達』も少なからず居るのだが、その群れにも交わらず、ただ、傍らから様子を窺っているだけの私は不審者そのもので、事案発生として通報されても文句は言えない状況だった。
当時のマスターは対戦コーナーも設えたトレーディングカードショップを営んでおり、ヴィックスの競技会が開催される日に限って、一人でやって来ては、試合経過を食い入るように見つめている私を警戒するのは自然な流れだったろう。
「好きなのは息子なんですが、ここに来ることができないので、帰ってから私が見てきた様子を教えているんです」
まったくもって不十分な釈明だったと思うが、マスターには感じるところがあったようで、それ以上、私を問い詰めることはしなかった。
「あまり売れ筋じゃないんで、コーナーは作ってないんですが、新作を入荷してます。ご覧になりますか」
私たち信者は語らず、問わない。
誰かに苦しみを打ち明ければ、ひと時は心が軽くなるが、根本は解決されることなく、苦難は依然として眼前に立ちはだかっている。他者の苦しみや悲しみを聞いて共感することは出来るが、取り除くことはできない。ただ、いたずらに傷口に触れれば、痛みを与え、流す涙は赤色だろう。だから、問い質すことを極端に忌避するのだ。
ただ、集まる。
まるで引き寄せられるように出会い、ヴィックスを共にプレイすることによってのみ、内心の葛藤を表現し、お互いを認め合う。
マスターのカードショップに通う都度、ヴィックス信者と知己を得て、交流の機会が設けられるようになり、それは、マスターがカードショップを廃業して喫茶店を開業した今も続いている。
察する、空気を読む、と言えば聞こえは良いが、思い込みの強い集団である。
だから、当たり前のように私の境遇を誤解した。
本当にヴィックスが好きなのは私ではなく息子で、その息子は交流の機会に一度も姿を見せたことがない。私がエントリーするのはキャンペーンではなくビーチフラッグスである。それらを踏まえて談合したとは思わぬが、皆の推察と行動は一致していた。
以降、ビーチフラッグスにエントリーするのは私だけで、私は不戦勝による無敗のチャンピオンとなった。私が対戦しなくてはならない相手は、この世で、ただ一人だけ。そういう空気に包まれて3年が過ぎた。
そして、時が来た。私は言わなくてはならなかった。
「次の競技会を区切りにしたいと思います。王座を返還しようかと」
マスターは『なぜ』と問うたりはしない。ただ、静かに私の目を見つめている。
胆力に乏しい私は、沈黙に耐えられず、余計な一言を付け加えてしまう。
「もう、息子が Victim stories をプレイすることもないと思いますので」
マスターの顎は強張り、カウンターの奥に顔を背けた。飾られているマスターに良く似た少年の写真。
マスターの少年時代の一葉というわけではないだろう。写真の額には黒いリボンが掛かっているから。




