第8話 私の恥(中編)
「決勝戦で待ってるから」
何か、かける言葉はないかと煩悶した末、やっと絞り出したのは少年漫画の作中で取り交わされるような根拠のない約束で、大の大人が口にするものではなかったと思う。
それでも、まばたきで肯定の意思を返してくれた息子の様子を見て、私の肩は少しだけ軽くなった。
青天の霹靂というものを実際に見たことはないが、息子の発病は私たち夫婦にとって、そうとしか言いようのない出来事だった。
「なんか、体がチクチクする」
当時、小学2年生の息子に身体の不調を訴える語彙力は乏しく、虫刺されかと服を脱がせて確かめても目に見える異変は無かった。痛むという箇所を暫く撫でさすってやると落ち着くので、成長痛というものだろうと無為に数か月を過ごした日々の後、息子は深夜に激痛を訴えて、もがき苦しみ始めた。
泣き叫ぶ息子を抱きかかえて夜間診療所に駆け込んだが、当番医に所見はなく、痛み止めの処方と総合病院での精密検査のための紹介状を手渡されるだけにとどまった。
そして、翌日の総合病院での各種検査においても病根の特定には至らず、小児科、脳神経外科、整形外科と巷間で名医と噂される医院を巡った末、息子の骨が壊死し始めているという診断結果を告げられた。数万人に一人の確率で発症する原因不明の難病であるという。
医師の紹介を得て、息子と同じ症状の患者を受け入れている国立の療養施設へ入所し、主治医となった専門医から受けた治療方針の説明は希望でもあり、絶望でもあった。
「大人になってからの発症と違って、幼少期の場合、可能性があります。保存治療を行いつつ回復を待つんです。成長途上で症状が治まって、壊死した骨も成長と共に元通りになった、そういう症例があります」
要するに、原因不明の難病に特効薬はなく、ただ、保存治療を施されながら、症状の好転を待つしかないということだった。
壊死し始めている骨にかかる負荷を少なくするため、ベッドに横たわる息子の手足は吊り上げられ、中空で固定されて、食事も排泄も全介助という療養生活の始まりであった。
日々、顔色を失っていく我が子のために私が出来ることは少なく、低年齢向けの童話や漫画雑誌の読み聞かせも、その日、3回目となっていた時のことだった。
「このカードが欲しい」
トレーディングカードゲームで世界の危機さえ救ってしまう少年が主人公の漫画が連載されている月刊誌の巻末にあった小さな広告記事。
ヴィックスとの出会いであった。
幼い息子には、ヴィックスのキャラクター達が背景に持つ物語など理解の範疇を超えたもので、ただ、その絵姿に興味をそそられただけだっただろう。
それでも、私には何物にも代えがたい福音であった。私が息子のために出来る何かを与えてくれたのだから。
私は付き添いの合間にカードショップを巡り、通信販売やネットオークションも活用して、ヴィックスのカード全種を息子に買い与えた。その過程で不定期、小規模ながらも、ヴィックスの競技会が開催されていることを知った。
そして冒頭の、果たせるともしれぬ約束を交わすに至るのである。




