第48話 私と私のキャンペーン(3)
「なあ、どうして拒否したんだ。マスターのプリンなら、もう1回ぐらい食ってもよかったんじゃないか」
プレイ中の私語で、もう何も取り繕う気が無くなってしまっているのだけれど、超越的存在は咎めない。
「油断させておいて『アタリ』を忍び込ませるのが私達の流儀だろう」
「おお、そりゃ、そうだ」
老人の私がダイスを振る。
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『教師Aの道徳 #10』
今日の道徳の授業のお題は「自分なりに一生懸命走った羊飼いの男」だ。
難しい熟語や言い回しは小学生にも理解できるよう平易な言葉に置き換え、要約し、しかし原作に忠実であるよう細心の注意をはらった自慢のテキストだ。
児童に交代で朗読してもらって、読み終えた頃には道徳の授業の時間は残りわずかとなっていた。
痛恨の極みではあったが、子ども達の意見交換を実施する暇はないので、教室内を見回して、頬を紅潮させているような、自分の感動を誰かに伝えたくてたまらないといった様子の子を指名して感想を発表してもらった。
「友情」、「信頼」、「正義感」、「自分の間違いを認める勇気」、「許す心」。
どれも、子どもらしい真っすぐな心象で、私は否定も肯定もせず、最後に子ども達にお願いをした。
「皆さんが今日感じたこと、考えたことを覚えておいてください。今日、皆さんが読んだのは先生が皆さんのために分かりやすく書き換えたものです。10年たったら、本当の小説を読んでください。そして、その時、感じることと、今日思ったことの違いを考えてみてください。気になった人は、この小説の作者が、どんな人だったか調べてみてもいいでしょう。そうして、もしかしたら嫌になっているかもしれないけれど、もう一度、この小説を読んでください。出来れば、10年ごとに1回、この小説を読み返してくれると先生は嬉しいです。読んでみて、感じたことを比べてみて、前に読んだ時と同じかもしれないし、違うかもしれないけれど、毎回、何か気付くことがあるかもしれません。それが、読書の喜びだと思います」
そう締め括ったところで、ちょうどチャイムが鳴って、私は杖をつきながら、教壇を降りた。
私はハムとの決闘において不完全ながらも『転び公妨返し返し返し』の術理を現出させ、ハムの息子は転ばず、私は転びすぎて後遺症の残る怪我をした。
法廷闘争に時間を割くなど、もうウンザリだったので、事を公にするつもりはなかったし、自宅の階段を転げ落ちたことにした方が私自身の身の安全にもなるのだが、ハムの息子はうるさかった。
責任を取るといって私に求婚なぞしてくるのだ。
もちろん、鼻で笑ってやった。
羊飼いの男の話を読めと教示してやった。
粗暴で、短絡的で、自分勝手で、自尊心は強いくせに意志の弱い主人公と、そんな痴れ者を親友だという馬鹿者と、保身のために罪なき人々を処刑してきた権力者の三人が織りなす美談風味の与太話だ。
突っ込みどころが多すぎるうえに、作者の実生活での逸話などを知ってしまった後では呆れてしまって、未熟だったとはいえ感動してしまった過去の自分を殴ってやりたい気分になるのだが、だからこそ味わい深い。
作者ほどの知性があって、この演出過剰な物語の瑕疵に気づかぬわけがなく、作者がその文才を注ぎ込んだからこそ、読んだ者の心を強くゆさぶる。
ハムの息子はもちろんのこと、かくいう私も羊飼いの男達と同列の与太者だ。
自己評価ばかり高くて視野は狭く、志を語っては見せるが実現するには克己心も才覚も足りず、哀れみを向けられれば腹が立つくせに同情して欲しくて、慰めて欲しくて弱さをひけらかしつつ、理想的なふるまいをする自分を夢見て泣いてみせているのだ。
だからこそ、時々、読み返してみて欲しい。
弱くてもいい。
現実から逃げ出して独り善がりの夢想の世界に浸る時があってもいい。
これほどの知性と文才に恵まれた人でさえ、あの体たらくなのだから。
この小説には「許し」と「救い」の「毒」がある。
名前 教師A
年齢 34
特技
求婚返し
活動家が公安警察官と結婚するなど有り得ない事で、場合によっては教師Aの生命の危険に発展します。ハムの息子が官職を辞して入党すれば、教師Aの教導による美談として結婚できる可能性はありますが、それはそれとして碌なことにはならないでしょう。
求婚返し成功判定(1D>2)
境遇
監視と査問、追放と分派。理想社会の建設を共に夢見た仲間達との内輪揉めに疲れ切ってしまって、大嫌いな愛読書を時々読み返しては物思いに耽っています。
特記
求婚返し成功判定に失敗したプレイヤーは、任意のプレイヤーに自分へ貸してくれるお金の最大限度額を確認したうえで借用し、可能な限り返済を先延ばしにしなければならない。
『教師Aの道徳』 Fin




