第35話 夕暮れ時の開票
午前中だけ授業の割り当てられた土曜の午後、生徒会役員選挙の投票が行われた。
対抗馬が現れなかったので信任投票となったのだが、その開票作業が残っている。
織部会長、物部副会長と親友は、因獄先輩と謎の転校生5人を呼びに行っている。彼らは、校舎の各階の掲示板に貼られた選挙ポスターを汚損する者が出ぬよう見張り役を買って出てくれていたのだ。
帰ってくれば開票作業の始まりだ。
不正の無いよう第三者が開票すべきだとは思うのだが、そのような面倒事を引き受ける者も少なく、生徒会役員と候補者と因獄先輩と仲間達で実施する次第である。
開票結果の正当性については、華族パワーで確認ヨシ! なのだろう。
若葉さんへの直接攻撃を警戒して、私は彼女の側に残らされたのだが、二人きりの生徒会室に波音が響く。
ギャルゲー学園は、その性質の都合上、周囲を海水浴場、キャンプ場、遊園地、神社仏閣、ショッピングモールに取り囲まれている不思議物件なのだが、時は来た。
「大海の いそもとどろに 寄する波 われてくだけて さけてちるかも」
「あん?」
このチンピラのような反応は、もちろん若葉さんだ。
「源実朝が、どうかしたの?」
ちっ、これだから、この小娘は油断ならんのよ。腕力はゴリラ並みで、合戦場での組打ち首狩り術を源流とする柔術の継承者の癖に、金槐和歌集にも対応しやがる。
「消波ブロックに打ち寄せる波音が聞こえたから、連想しただけだよ」
教養マウントをとってやるつもりだったが、若葉さんの学力は私よりも遙かに高かったことを思い出し、私は慌てて話の終息を試みる。
「好きなの? その和歌が」
逃げ出したが、回り込まれてしまった。
「最初は疑って、今は重く受け止めている」
あー、駄目だ。また、やり込められる未来図しか見えない。『いや、別に』とか言って打ち切るべきなのに、こういう談義が好きだから乗っちゃうんだよ。
「本歌取の様式美を備えているし、語感の整え方も小気味良い。直観的で豪壮な情景描写は武家の棟梁が詠む和歌として相応しいと思う。でも直接的過ぎるんだよ。見たまんまだ。比喩的で味わい深い表現や、頓智のきいた掛詞のような、教養のある人間にしか理解できない、風流人のあなたなら分かるでしょっていう、くすぐりがない。多くの歌人が褒め称え、金槐和歌集が失伝することなく現代まで知られているのは、単に実朝の地位、征夷大将軍の権威に忖度したとか、歴史的資料としての価値があるだけなんだろって思ってた」
「それが変わったのかな?」
この小娘、絶対、一次資料に基づいた、私より深い考察と批評をぶつけてくるんだろうな。でも構わない。作者に著作権があるのと同様に、読み手が考察し批評する権利も保障されなければならない。だって、感じ方は人それぞれで、どれも、その人にとって正しいのだから。
「実朝は修羅の世界に生きていた。父は叔父を殺し、母は兄を殺し、自分は甥に殺された。謀殺、毒殺、鏖殺。血の繋がった身内に心許せる者など誰一人居ない。荒れ狂う大波も巨岩に打ちくだかれる無力感。厭世的に、貴族趣味に耽溺した実朝の境遇に思いを馳せた時、この直接的な表現が胸を打つ。轟音とともに打ち寄せる荒波が、割れて砕けて裂けて散る」
……ん? どうした、かかって来いよ。何言われても『どう感じるかは僕の自由です』って抵抗してやるぞ。
なんで、こんなに静かになるんだよ。
「……考察と批評は仕方ないかもしれない。アンタが何を考えて、何を望んでいるのか、アタシも理解できないこと多いし。だけど、アンタの生き方を馬鹿にしたり、笑ったりする奴がいたら絶対に許さない」
待て、待て、待て。
違うよ、そういうんじゃない。家族愛に飢えた心情を吐露したわけじゃなくて、ちょっと教養人アピールしたかっただけだから。
因獄先輩の思い込みは感染力が強すぎる。
ヴィックスか?
ヴィックスに関わると、皆、思い込みが激しくなる仕様なのか?
違うって言っているのに『もう、いいのよ、分かってるから』的な仕草で頷くのは、よしなさい。
いや、本当にやめてください。お願いします。




