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右や左の国士様  作者: 隣之 芝生


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34/62

第34話 神前決闘以外の決闘は、とても弱い(下)

「ねえ、アンタの話って、どうして何時も回りくどいの?」


 ホラー映画みたいです。

 心理的な圧をかけるんじゃなくて暴力に訴えてください。

 冷静に詰められるのが一番怖いし、効くんだよ。

 お願いします。

 もう締め落としてください。

 挑発するから、ほら、早く! 


「簡潔なやり取りが何時も適切とは限らない」


「うん、いいわよ。続けて」


 若葉さんの相槌は朗らかで、きっと、そう振る舞うことで、私に最大のダメージを与えられることを本能的に理解しているのだろう。


「明治の文豪が若い時分に英語教師をしていた時、生徒が『I Love You』を『我、汝を愛す』と訳した時『この訳は難しい。月が奇麗ですねとでもしておくのが良い』と言ったという逸話がある。諸説あるから真偽のほどは定かでないが、意思疎通の本質に触れる内容だと思っている」


「どういうことかな」


 小首をかしげて可愛らしく問いかけてくる若葉さんだが、満腹の肉食獣が気だるげに欠伸をしても鋭い牙は血まみれになっている姿と重なって見える。


「僕たちは同じ日本語を喋って会話しているつもりでも自分にしか通用しない言語を使ってしまうことがある。仮に、若葉さんは赤色が好きで、僕は嫌いだとしよう。君が誰かを評して『あの人は赤色が良く似合う』と言い、僕が同意した時、君と僕の心象風景は真逆だが、僕たちは意見が一致したと誤認する」


「嫌いな色なんて無いわ。組み合わせ次第で化けるものよ」


 オシャレ談義を挑んだつもりはないし、既に私達の意思疎通は失敗しているようなのだが、語り始めた以上、最後まで言わないと座りが悪い。


「直接的な言葉で伝わったと思い込むよりは、間接的な表現で読み解いて欲しいと願う、そんな気持ちもあるだろう」


「月の話に戻るわけね」


 会話を脱線させたのは、私の迂遠な言い回しを揶揄う彼女の諧謔ということか? 


「理由は何でも良い。もう陽の当たる場所を歩くことは出来ぬと諦めた者が、人目を忍んで夜道を彷徨う。星明りもない暗闇の中、何も見えず、何も分からず、途方に暮れた時、雲間から現れた月が下界を照らし、再び歩み始めることができる。ただ見上げる。希望を与えてくれた月を何よりも尊く思う。そして言うんだ。『今夜は月が奇麗ですね』と」


「それで、何が、どう伝わるの?」


「伝わらなくて良いんだよ。胸の内に秘めた想いを愛しい人の前で表現するだけで十分に幸せなんだ。月に手は届かない。届かせたいとも思わない。あなたは自分などが触れてはならぬ、この世に二つとない不可侵の存在なのだと。そして期待する。愛しい人が絶望と希望を経て、この想いに考え至ってくれたならと。思ってもいないのに『愛している』と言える輩は存在するが、『月が奇麗ですね』などと伝わらない告白をする嘘吐きは居ないだろう?」


「アンタって、本当に面倒臭いわ。ストレートな物言いじゃ誤解されることもあるからって回りくどい言い方をして、そのくせ、伝わらないメッセージに気付いて欲しいなんて」


 私をやり込めた若葉さんは得意気に笑っている。

 

 今すぐは駄目だ。

 間をおいて、ムキになって反論しているなどと思わせぬタイミングで報復してやるぞ。

 この小娘に私の心の狭さを思い知らせてやる。

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