第33話 神前決闘以外の決闘は、とても弱い(上)
聞かれたので答えた。
「経緯を問わないんだ」
教室に戻ると、一人で立候補演説の練習をしていたと言う若葉さんが居た。
きっと、若葉さんは疲れていたのだろう。
普段の彼女なら私が神前決闘の宣誓をした理由が気になったとしても、私の長話を聞きたいなんて思わなかったはずだ。
彼女の問いかけに対して私が返した意味不明な答えを聞いて、自分の失敗に気づいたのだろう。あらぬ方を向いて黙り込んだまま、こちらを見ようとしない。
私は相槌がなくとも気分よく喋ることができる性質なのだが『出来る』と『やって良い』は別で、今は『注意して進め』だと感じている。
「僕の定義する愛は不条理だと以前も言ったと思うが、生活保護という制度は僕が思う愛の具現化に最も近いと感じている。」
忘れ物でもしていたクラスメイトが戻って来ないかなと私は切に願う。
「若葉さんは、どんな人が生活保護を受けるに相応しいと思うかな。二つ例を挙げるから考えて欲しい」
呼びかけても若葉さんに反応はないのだが、我慢出来なくなったら『黙れ』と言うぐらいの気力は残っているだろうから続けよう。
「一方は、貧しい家庭に生まれ、必要な教育を受けることが出来なかったために良い条件の仕事を選べなかった人だ。長時間労働なのに低賃金で、貯蓄する余裕もなく、長年にわたって栄養と休養に乏しい生活を送った結果、健康を損ない働けなくなってしまった」
部活動を終えた生徒達が校門を出てゆく様子を窓越しに眺めながら大人しくしている若葉さんに対する恐怖感が増してゆく。親友、私の危機を察知しろ。
「もう一方は、裕福な家庭に生まれ、甘やかされて育ち、我慢すること、努力することを知らず、放蕩にふけり、薬物に依存して心身に異常をきたし、家産も使い果たしてしまった」
どうしよう。私の所論は、受け取り様によっては若葉さんへの侮辱にもなるのだが、大丈夫だろうか。
「受給要件などの細かい話は割愛するが、生活保護は経緯を問わない。どちらも公費により、必要な治療を受け、社会生活に復帰するための支援を受けながら、健康で文化的な生活を送ることを保障される」
「つまり、アタシは我慢出来ない甘ちゃんだけど、アンタにとっては救済すべき対象だったってこと?」
うん、そうだね。受け取り様とか、そういう次元じゃなくて火の玉ストレートだったね。
「僕にとってではない。この世界においてだよ。恵まれた環境にありながら自己研鑽出来ない人は不要な存在なのかな。そういう価値観を否定はしないけど、それが全てじゃないはずだ。努力できる、我慢できるというのも才能だ。そういうことが生まれながらに出来ない人もいる。努力できない人、我慢できない人は、出来ない苦しみや悲しみに苛まれながら生活を保障される。努力できる人、我慢できる人は、苦しみや悲しみを乗り越えながら税金を支払って、出来ない人達の生活を保障する。全くもって不条理だ。皆が平等に不公平なんだ」
ゆっくりと若葉さんが、こっちを向いたのだけれど、逆光で表情は窺い知れない。また締め落とされるのは構わないが、その前に結論だけは言わせてもらおう。
「若葉さん、君は容姿に恵まれ、頭脳明晰で、その資質を伸ばす努力も出来る。心根は真っすぐで、我欲ではなく義侠心で行動する。羨ましい限りだけれども、世間から見れば、ただの小娘だ。誰かに踏みにじられ、嘆く人が居たとしても、やがては忘れ去られてしまう、ちっぽけな存在だ。だからこそ守られなければならない。嘘つきで卑怯な僕は経緯を問わない社会システムだ。君が無事に本懐を遂げるまで、僕は分け隔てなく不平等を正当化する」
若葉さんが立ち上がった。




