第32話 特別号(付録付き)
因獄先輩が織部会長と物部会長を連れて会議室に入って来たのは、私が大声で猥歌を歌い始めた時だった。
身振りでお掛けくださいと伝えながら、私は職員室から借用してきたラジカセのFM波の周波数調整ダイヤルをゆっくりと回し、歌い続ける。
端から端まで数回往復してもラジカセが私の猥歌を拾うことは無かったので、これ以上、私に出来ることはない。
「これも呪法の一つなのかい?」
因獄先輩と物部副会長は忌まわしい場に呼ばれてしまったのかと表情が翳っているが、織部会長は愉快そうな微笑みを浮かべている。
その小山のような筋骨隆々とした偉丈夫を見て、私は、やはり、そうだったのだなと思う。
「いえ防諜対策ですよ。時代遅れの手法で、お恥ずかしい限りですが」
FM波を飛ばす盗聴器にしか通用せず、デジタル暗号化するものや有線式の機器が仕掛けられていれば全く無意味なのだが、これから触れる個人的な話題を思えば、出来る限りのことをしておくのが誠意というものだろう。
「盗聴など我々は……、いや君はそうして生き残って来たのだな……」
もう、どうしようもなく因獄先輩の誤解は深まっていくのだが、今優先すべきは、その対応ではない。
「上級生の皆様方に御足労いただいて、全く筋が通らぬのですが、謝罪の機会を頂きたいと思いまして」
直立不動で切り出した私に、三人とも無言で続きを促してくれるので、いつ土下座するかタイミングを探りながら続ける。
「僕は横紙破りをして、織部会長と物部副会長が積み重ねてきたものを台無しにしてしまったと思っているのです」
そう、大抵の悩み事は筋肉で解決できるとでも言わんばかりの織部会長の姿を遠目に見て、私は疑っていたのだ。たとえ40度の高熱が出ていたとしても、入学式の歓迎挨拶など、この人は鼻歌交じりにこなしてしまうだろう。
仮に感染予防のために出席を控えたのだとしても、生徒会の現状とそぐわない。
前世のギャルゲーでは、生徒会役員の席は華族が占めており、主人公と物部副会長の身分違いの恋路の障壁となる演出だったのだ。それが今世では人材不足のために親友を生徒会長候補になどと言う有様だ。
それは消耗戦を繰り広げる国士院議会が学徒動員をするまでに疲弊している状況を示唆しており、そのような世情の中で国士院大学付属高校に進学せぬ織部会長は良心的兵役忌避者ということだ。
おそらくハト派の織部会長は、小さな実績を一つずつ積み重ねようとしていたのだ。
代読とはいえ、女子生徒が式典で生徒会を代表して新入生歓迎挨拶をしたという実績。
入学したての男子生徒に生徒会長への立候補を求めるという窮乏。
さすがに1年生にはと、投票結果が不信任になれば物部副会長の出馬を求める機運が醸成され、信任されたとしても実質的に生徒会を差配するのは物部副会長であるという功績。
物部副会長は預かり知らぬ思惑であったかもしれないが、そのように、この人は穏当で地道な歩みを進めていて、それなのに私は決闘の宣誓などして食卓を引っ繰り返してしまったのだ。
「いや、謝罪など必要ないのだよ。むしろ私は君の豪胆な行いを痛快なものだとさえ思っている」
盗聴の可能性を否定できぬ中、臆病な私は思うように語ることが出来ず、また誤解は積み重り、こんなことなら最初から土下座しておくべきだったと後悔した。
地位や権利の向上というものは、一人の革命的行為などで押し付けられるものではなく、それを必要とする人々の努力と連帯による総体的な認識の変革を通じて掴み取るべきものだというのに。
(第23話付録 調貫徹の歌う猥歌)
猫の色事、屋根の上
隠す恥など有りはせぬ
事が終われば雌猫は
下手くそめがと啖呵切り
逃げる雄猫捕まえて
爪も隠さず引っ叩く
嗚呼、まこと純なもの
恥じるべきは人の情




