第3話 やっと主人公の紹介
この世界の主人公の姓名は『親友 主人公』(ちかとも ぬしとき)である。
ゲームでは開始時にプレイヤーが任意の姓名を入力するのであるが、彼の氏名は斯くの如くであり、周囲が「珍しい名前だね」といった反応を示すこともない。
後ろめたい気分になる考察だが『親友 主人公』という名称は私目線での彼の立ち位置であり、実は私がプレイヤーで、名称設定時に無意識のうちに命名したという可能性がある。
良い姓だが、名の方は本人が自分ではどう思っているのか聞く勇気がない。
私は彼のことを『親友』呼びしているが、発音は『ちかとも』であることを補足しておく。
小、中学校と同じ学校に通い、クラスもずっと一緒で、お互い敬称抜きで呼び合う仲ではあるが、私の精神年齢は今生での時間経過も加算すれは彼とは祖父と孫ほどの隔たりがあって、竹馬の友と呼ぶには躊躇いがある。
そんな距離感を持つ私に恋のお悩み相談などしてしまう親友は屈託のない良い男である。
入学式の翌日、放課後に私と親友、そして成り行きで同行することとなった若葉さんを加えた3人で生徒会室を訪問した。生徒会役員への立候補に必要な手続きについて聞くためである。
運よく居合わせた物部副会長は、私達の突然の来訪に嫌な顔もせず、応接セットのテーブルに前年度の選挙ポスターなどの資料を拡げながら、生徒会役員選挙の全般について詳細なレクチャーをしてくれた。
ゆっくり、そして難解な部分は言い方を変えて繰り返す説明は長時間にわたったため、物部先輩は、ちょっと一息いれましょうと言って、生徒会室内に用意されていた紅茶と茶菓子を私達にふるまい、自身もティーカップを口元に運んでいる。
私はその所作に目を奪われ嘆息する。
ゆっくりとした動作を心掛ければ上品に見えるというが、物部先輩の立ち振る舞いには動と静の妙味がある。カップを口元に持ち上げる何気ない動線が、静止する位置の選択と、揺らぐことのない固定よって光り輝く軌跡となったのだ。
天性のものか、修練によるものか、どちらであったとしても、私は目の前の傑物に恐ろしささえ感じる。
大変だな親友。この人の隣に立ってしまうと、お顔と性格が良くて、お勉強もスポーツも得意ですなんて程度では、顕微鏡でも持ち出して覗き込まないと、君の良いところを見つけられないぞ。
親友は入室以来、物部先輩に見惚れるばかりで一言も喋らないし、成り行きで付いて来ただけの若葉さんも黙って茶菓子をつまんでいる。
言い出しっぺの私には物部先輩の雑談にお付き合いする責任があったので、物部先輩の懇切丁寧な説明と茶菓の提供について謝辞を述べると、彼女は柳眉をほんの少しだけ顰めて――そう、雑談の体を装って、これは彼女の本題だった――闘争の始まりを告げる鐘を鳴らした。
「あら、お礼を言われるようなことではございませんわ。だって、生徒会長になってくださる殿方が、わざわざ足を運んで下さったのですもの。感謝するのは私の方でございましてよ」
親友は相変わらず忘我の境地から帰ってこないし、若葉さんは室内を鷹のような目つきで見回しているので――このクッキーの製造販売元が知りたくて菓子箱を探しているのかな。多分、コレ、物部先輩のお手製だよ――違和感を覚えたのは私だけなのだろうか。
「生徒会長にというのは来年度の体制を見据えてのお話ですか? 親友が立候補するのは書記です。この度の選挙では物部先輩が生徒会長に立候補し、昇格されるのでは?」
物部先輩は、ティーカップとソーサーを置いて儚げな笑顔を浮かべる。
親友が溜息を吐いた。
どうした? あの微笑に当てられたか。
「もう少し打ち解けてから御話しすべきことなのですけれど、織部会長の任期満了後、親友さんには生徒会長に、そして調さんと若葉さんには書記と会計を引き受けていただきたいと思っておりますの。もちろん私も副会長に立候補して、微力ながら出来る限りのサポートをさせていただくことをお約束いたしますわ」




