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右や左の国士様  作者: 隣之 芝生


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第2話 新月の夕闇に星明りも頼りなく

 さて、自己紹介が遅れたが私のこの世界での姓名は『調 貫徹』(しらべ かんてつ)である。私は超越的存在に選ばれ、この異世界へ転生することを強制された昭和生まれの中年親爺であった。


 今生で課せられる使命、達成したと認められる勝利条件などの説明は一切無かったが、ただ、私に因縁のある特異な社会システムが存在することから、この世界は平成初期に発売されたギャルゲーの世界観をベースとした平行宇宙であろうと推測しているので私の役割については若干の心当たりがある。

 名は体を表すというが『調 貫徹』はヒロイン達の趣味嗜好やイベント発生といったゲームの進捗に役立つ諸情報を調べ上げ、主人公に告知する狂言回しである。


 しかし、私は疑っている。私が主人公のサポートキャラクターとして親友が恋する誰か、あるいは複数人とのハーレムエンドを迎えさせたとして、超越的存在が何を得るというのだろうか? 

 私は前世で善良な人々の真心を踏みにじり、その罪を償うこともなく、果たすべき責任も放棄して逃亡した卑怯者だった。超越的存在の価値観や思惑など知る由も無いが、無作為抽出で私が選ばれたわけではないだろう。


 私という個性を『調貫徹』として、この世界に投入した結果、どのような変化が起きるのか観察されているという肌感覚がある。

 この世界の特異な社会システムは、消し去ってしまいたい過去であると同時に、何かを成し遂げる機会でもある。


 私に相応しい最期を迎える機会が与えられるという期待と、受ける罰への恐れが心の奥底で渦を巻く。

 今、若葉さんが私の襟首を締めあげているが、この程度の暴力など比べ物にならない苦痛が私を待ち受けているかもしれないのだ。


「調、アンタ、一体なに考えてんのよ。勝っても負けても、どんな代償を求められるのか誰にも分からないのよ。小学生でも知ってる常識がアンタにはないの?」


 美人が怒ると怖いというが、若葉さんの腕力は物理的な恐怖も備えている。学力もさることながら、特に運動能力に秀でたキャラクターである彼女のステータス値は私の胸倉を掴み上げて自由自在に振り回すことを可能にする。


「若葉さん、ちょっと落ち着こう。若葉さんが怒る気持ちは良く分かるけど、神前決闘の宣誓は承認されてしまったんだ。それ以上やると、若葉さんに神罰が下る可能性がある」


 親友のとりなしにも興奮さめやらぬ様子ではあるが、若葉さんは渋々といった体で私を解放した。

 一息つくことができた私は、校舎の屋上に通じる階段の踊り場の壁を背に、乱れた衣服を整えながら、ここに至るまでの経過を振り返る。


 まずは親友の初恋についてだが、それは一目惚れである。

 入学式では在校生代表から新入生への歓迎挨拶が行われたのだが、急な高熱のため欠席した生徒会長に代わって、挨拶文を代読したのは2年生の物部刀自子もののべ とじこ副会長だった。


 ひと目見て、親友は雷に打たれたような衝撃を受けたそうだ。入学初日の放課後に、親友から初恋の悩みを打ち明けられた私の感想は『うん、知ってた』である。


 この世界のベースになっていると思われるギャルゲーは、3年間の高校生活の時間軸の中で、学園生、他校の生徒は言わずもがな、おおよそ登場する人物全てと、性別の垣根も超えた恋路を進むことができるという自由度の高さが好評を博したゲームだった。

 私自身はというと、ゲーム内に用意されたミニゲームの方が興味の対象であったので、ゲーム本編に関する知識は薄いのだが、物部刀自子もののべ とじこ先輩が多くのプレイヤーから支持を集めたヒロインの一人であったことぐらいは記憶している。


 物部刀自子ルートは主人公が生徒会の書記になることで進み始めるシナリオだったはずなので、私は親友へ生徒会書記への立候補を提案した。そして、立候補の手続きや選挙運動に関する決まり事等々を教えて貰うために生徒会室を訪問し、説明を聞く過程で、ミニゲーム――この世界に存在する特異な社会システム『神前決闘』の宣誓を私が行い、承認されるに至ったのである。


「ちょっと、調、黙ってないで何か言いなさいよ」


 物部先輩の魅力の源泉が優雅、気品とするならば、若葉さんの特長は躍動感、直情径行といったところだろうか。生徒会室を辞去するなり、私の首根っこを掴んで、ひと気のない校舎屋上に通ずる階段の踊り場まで連行し、私を詰問している。


 彼女は顔のパーツの一つ一つが大きく、喜怒哀楽の表現力は鮮烈で、そして今の形相は般若のようだ。もし、この場が彼女と二人きりだったなら、私は失禁していたかもしれないが、有り難いことに親友がいるので私は存念を告げる余裕がある。


「ねえ、若葉さん、選択的夫婦別姓婚について、どう思う? 僕は君が結婚後、お婆ちゃんになっても当たり前のように若葉と名乗ることができる未来を実現したいと思っているんだ」


 私は再び胸倉を掴まれ――ることはなく、私の背後をとった彼女は、これは……送り襟締めか。苦しい、いや、気持ちいい……。

 このタイミングで、締め技で失神させる程度では神前決闘の妨害行為に該当しないと判定されたのだろう。若葉さんに神罰が落ちなかったのは喜ばしいことである。

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