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右や左の国士様  作者: 隣之 芝生


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第1話 愛は不条理

「僕の考える愛というのは、例えるなら反社会的組織の末端構成員とその内縁の妻の関係が最も近いのではないかと思っている」


 高校進学初日の入学式を初めとした諸般の行事、連絡事項の周知も終わり、放課となった教室でのことである。


 唐突だが、この世界では必然である親友からの恋愛相談に対し、私が披露する奇天烈な回答に、彼は一瞬の戸惑いをみせたものの遮ることなく黙って続きを促してくれる。


「思い浮かべて欲しい。真面目に働かず、酒やギャンブルに溺れ、浮気もすれば、借金も作り、金に困った挙句、つまらない犯罪に手を染める。そんな社会不適合者の男とその内縁の妻の二人が暮らすアパートに捜査当局が雪崩れ込んでくる。その時、生活を支えるための夜の仕事から帰ってきたばかりで疲れ果てているはずの内縁の妻は敢然として立ちあがる。情夫が窓から飛び出して逃走する時間を稼ぐために、両手を広げて刑事達の前に立ちふさがり『アンター、逃げてー』と叫ぶんだ……」


 放課後の教室に残っているのは私と親友、そして日直に指名されて日誌を書いていた女子生徒――確か、若葉わかば みどりさん……だったかな――の3人だけだった。

 親友の相談内容からして場所を変えるべきかとも思ったのだが、出席番号順に配列された席は、それなりに離れていたから、小声で話せば大丈夫だろうと考えたのは浅慮だったようだ。

 何やら、いたたまれないといった風情で若葉さんが近寄ってきて、私と親友の会話に加わってきた。


「真剣な相談なんだから、真面目に答えるべきじゃないかしら」


 一言、もの申さずにはいられなかった彼女の気性を好ましく感じる反面、どこまで他人の面倒を背負い込む覚悟があるのかなという僻み、羨望、そんな劣後感に囚われる。

 私が、そんな後ろ暗い思いを巡らせているうちに、彼女は親友に向かって、盗み聞きするつもりはなかったが自然と耳に入ってくるし、茶化すような受け答えに我慢できなかったからという趣旨の断りを入れている。


 私としては至って真面目に語っていることなので、最後まで聞いてから批評してもらいたいのだが致し方ない。年寄の長話に付き合える若者は少ないが、私には語り続けるしか選択肢がない。


「僕は結婚披露宴というものに出席した経験が1度だけある。君たちも親類縁者の慶事に立ち会う機会が、これまでに1度や2度はあったのではないかな? 披露宴の終盤に新婦が両親に向けて手紙を読み上げる場面があったと思う。定番の感動シーンだ。僕を招いてくれた披露宴でも、それはあった。手紙の内容は、これまで育ててもらった感謝の気持ちを想い出話にちりばめ、締めくくりに、新郎となら幸せな家庭を築くことが出来ると思うから安心して見守ってくださいという新郎新婦の決意表明だった。そして、手紙を受け取った新婦の父は手紙の朗読への答礼として、新郎新婦の門出に対する餞の言葉を贈ったんだ。人生は山あり谷あり、良い事ばかりとは限らない。苦しく辛い時もあるから二人で力を合わせて困難を乗り越える、そういう心構えで幸せになって欲しい。君たちならきっと出来るだろう、とね……」


「話に脈絡がなさすぎ。不快を通り越して怖くなってきた」


 若葉さんは、空いていた親友の隣の席に腰掛けながら、目の前に大きな毛虫や蛇がいるような気分、と続けて呟いている。

 彼女は主人公との親密度の上昇に追従して発生するトラブルが用意されており、おせっかいを焼く主人公と共に窮地を乗り越える過程で心を通じ合うというシナリオのヒロインだったはずだ。

故に、私の体験談が彼女の物語の核心となる情動の機微を貶める可能性を本能的に感じ取っているのかもしれない。


「喋り出すと長いけど、我慢して最後まで聞けば、主張の方向性だけは理解できるはずだから、もうちょっとだけ聞いてあげてくれないかな。納得や共感が出来るかは保証できないけど」と親友が若葉さんを宥めている。


 私は当初から主張の方向性を明確にしているつもりだ。

 理解の助けとなるように例をあげて丁寧に説明しているだけなので、長広舌を再開する。


「式場は良いこと言ったって雰囲気に満たされていたよ。だけど僕は腑に落ちなかったから、周囲に聞こえてしまう程度の声量で感じた矛盾を口にしてしまったんだ。『この人となら幸せになれる』っていうのと『この人となら困難を乗り越えられる』っていうのは結局、自分に利益が有るか無いかっていう損得勘定でパートナーを選ぼうねっていう意味なんじゃないの? ってね。同じテーブルで目を潤ませて拍手していた親戚達の動きがピタリと止まったよ。そのあと食べたデザートは僕の口から飛び出して、どこかへ行ってしまった。父に右の頬を打たれて、左の頬を差し出したつもりはなかったけど、衝撃でのけ反った先に叔母の平手打ちが待っていたからね」


「新郎新婦と御両家の耳に届いてないことを祈る」と呟く親友に若葉さんは賛意を表明し、二人の間に連帯感が醸成されつつあるように見える。

 まさかとは思うが、私の長話は二人にとって力を合わせて乗り越えるべきトラブルだとでもいうのだろうか? 


 この仮定が正しかった場合、若葉碧ルートが進んでしまって、ややこしいことになりそうなので、不本意ながら話のまとめに入らなければならない。


「見た目が好みだから、スタイルが良いから好きというのは性欲だ。優しくしてくれるから、頼りになるから好きというのは利害欲得だ。僕が定義する愛は不条理で理解に苦しむもの。ただ慈しみ、見返りを求めない。何の利得が無くとも、この人が存在しているという、ただ、それだけで心が満たされる。友愛ではない。博愛とも違う。周囲の人々からは正気を疑われる選択と行動。だから、なあ、親友。応援して欲しいというなら僕に否はない。君が想い人との距離を縮めるための手立てには心当たりがあるし、実行するのも吝かではない。しかし、覚えておいて欲しい。誰かを愛することと、幸せになることは別儀だ。愛がもたらす喜びと苦しみの収支は赤字かもしれないんだ」


「何を言いたいのか見えてきたわ。恋愛成就・家内安全の御利益がある高価な壺を買えとか言い出すんでしょ。友達付き合いを考え直すべき時ってあると思うわ」と若葉さんが親友に耳打ちしている。


 若葉さんの私に対する評価は大暴落のストップ安のようだが、席を蹴って帰ってしまう気配はない。

 親友の株が急騰している所為だろうか。

 であるならば、ゼロサムゲームというものを視聴覚的に体験する良い機会に恵まれたものだ。


「例え話ばかりで悪かったと思うし、不信感を与えてしまったのなら申し訳ない。具体的な話をしよう。今日のホームルームで担任からあった説明は君たちも聞いていたと思う。来月、生徒会役員選挙が予定されているね。親友、立候補しよう。生徒会に与えられている権限なんて無いに等しいから選挙公約と言っても現実感に乏しいが、親友が立候補するにあたって掲げるキャッチコピーは『男女平等』なんてどうだろう。至極真っ当な提案だと思わないかい?」

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