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右や左の国士様  作者: 隣之 芝生


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第25話 リターンマッチ(下)

「もっと丁寧に、秘事口伝を詳らかに語るべきだと思うのですが、私にも躊躇いがあります」


 手を動かしながら、因獄先輩は当然のことだと頷いてくれたのだが、その誤解を解くことは出来ないし、私は自分に言い訳のできる精一杯の言葉遊びをして、更に誤解を深めなければならない。

 騙り続けることが情けなくて、言い淀んでいる間、彼の手元を見ると、中近東で使われる文字のような曲線が書かれていて、何式だかは判別できないけれど、速記術を身に付けた因獄先輩の努力が報われるように続けなくてはならないと思った。


「それは、秘儀を開示するのが惜しいのではなく、絶対の自信がないからです。我らが宗家(公式)は途絶え(企業活動の休止)、宗家が残した聖典ルールブックの記述には多様な解釈の余地があり、残された郎党(愛好家)は各々が最良と考える作法を主張して反目し、多くの流派が生まれました。つまり、私の所属していた流派が信奉する作法を超越的存在が否定して、罰を与えるかもしれないのです」


 因獄先輩は速記の手を止めて問いかけて来た。


「君のような存在が、これからも現れ続けるということか」


「いえ、皆、二度とは会えぬ遠い世界で暮らしています。私の与り知らぬ所で知識を受け継いだ者が生まれている可能性はありますが、そうであれば、疾うの昔に決闘者として勇名を轟かせているでしょうから、居ないものと思ってよいでしょう」


「……つまり、君たちの一門は正統伝承者の座を巡って争い、君は、たった一人の生き残りということか。まさしく、口外の出来ぬ秘事口伝を、僕に教えてくれているのだな」


 ああ、罪深い。

 決定的に、させてはいけない誤解を招いているのだけれど、こういう設定は私の心の奥深いところに潜むアレな病を刺激して、恥ずかしいやら嬉しいやら。

 嘘を吐くのが楽しくて、いや嘘ではなく、ロールプレイだから仕方がないのだと自分にも嘘を吐いて、演技を続けなくてはならない。


「これから始める決闘で、僕は可能な限り、自分の行為が聖典の教えに適ったものであることを超越的存在に主張しながら捧げる体裁をとって、我が流派の決闘の作法を先輩に伝授するつもりです。そして、留意して頂きたいのは、私の行いを、ただ真似ていれば良いのではないということです。それは、私の作法が受け入れられない可能性があるという以前に、決闘の場において、対戦相手を上回る情熱を注いで『お道化て』みせねばならぬという原則が明確な局面があるからです」


 随分と時間が経ったと思うのだが、誰も戻って来る気配はなく、監視カメラも仕掛けられているのか、いや『知ったことを知られたくない』という選択もあるだろうと思って、説明を締め括ることにした。


「先日の決闘で僕は超越的存在の審判を乗り越えるための祭具(小道具)を用意しましたが、通用するかは半信半疑でした。今、その準備は足りませんが、用意する暇は無いでしょう。超越的存在が決闘者に与える試練(演出)は過酷なものかもしれませんが、先に僕が受け止めてみせます。奇矯な言動をしても、正気を失ったとは思わないでください。そして僕の振る舞いを見て、自分なりの解釈をして必要を感じたならば、僕の振る舞いを上回る行いが出来るよう努めてください。決闘が始まったら、僕が言葉や身振りで先輩に何かの示唆を与えることはありません。それは賭け事で三味線を弾く――勝ち誇った表情を浮かべたり、悔し気に項垂れて見せたりして、形勢の有利不利を相手に誤認させる行為が禁止されているのと同様に、神前決闘においても忌避される振る舞いだからです。視線も合わせぬことをお勧めします」


 まるで禅問答のような理不尽なことを言っているのだが、因獄先輩に不平不満は無いようだ。


「最後に、二つの祝詞を教えます。先輩が先攻になってしまった時は山札から引いた手札を開示してから何もせずに『ターンエンド』と唱えてください。手番を相手に渡す祝詞です。最初に引く手札は5枚ですが、2回目以降は1枚だと思ってください。例外はあるのですが、僕がやって見せる前に、その局面に陥ってしまったら、運が悪かったと諦めてください。そして、決闘中、もう耐えられないと思ったら『サレンダー』と唱えて退席してください。自らの敗北を認める祝詞と振る舞いです。超越的存在は降伏する者を許すでしょう」


 そう言って、私がブレザーのポケットに入れたままだったセミの抜け殻を幾つか先輩に手渡して、これは何だと聞きたい気持ちを飲み込んだ覚悟の決まった様子を見て、決闘を始めることにした。

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