第18話 皆で楽しめれば良いのだけれど(下)
「ガタガタ言ってねえで、早く座れよ」
待ってくれとか、言い方が悪かったのなら謝るとか、僕は本当に君の事を守りたいと思っているんだとか、ご立派な国士であられせられる因獄殿は話し合いでの解決を望んでおられるようだが、頭に血が上っている私は聞く耳を持たない。
「決闘は承認された。グズグズしてると死ぬぞ、お前」
そう私が言ったことで漸く決心がついたのか、何やら沈痛な面持ちで席に着いた彼は、鞄から取り出した桐の箱の蓋を開けて取り出したカードをプレイマットの所定位置に置き始めた。
あれれ、手動なの?
宣誓をした日から脳内でヴィックスのUIを操作出来るようになっていた私は、前世で慣れ親しんだギャルゲー内のミニゲームと全く同じ操作方法であることから、この世界での決闘も同様の手順で行われるものだと思い込んでいたのだが、何か重大な認識の誤りがあるようだ。
短気な自分を後悔して、でも大事なのは、この決闘を生きてくぐり抜けることだと思い直して『土曜の夜』に対抗できる victim 達のリングファイルと山札を呼び出し、シャッフルした山札を対戦相手にもシャッフルしてもらうために差し出そうとして前を見て、再びブチ切れた。
単騎駆けだと?
舐めプにも程があるだろう。
前世の私が所属していたコミュニティでは穏やかに、しかし断固として制止される行為なのだが、泣いて吐くまでプリンを喰わせてやると決意して、侮辱的な言動を重ねる国士殿の顔を見て――どうしたの? お腹でも痛いの?
血の気の引いた顔色で、茫然自失といった表情で、私の差し出した山札や並んでいるリングファイルを見つめる瞳は恐怖の色に染まっていて、ふと見ると、因獄先輩の後ろに立っている物部先輩が自分の両手で自分の肩を抱きしめて、ブルブルと全身を震わせていて、これがアナタの血族の秘事口伝として受け継いできた咒法ですの? みたいなことを呟いている。
もしかして、もうロールプレイが始まってんの?
知らない演出だけど、こういうのが好きなコミュニティはあっただろう。
私も嫌いじゃない。
うん、正直に言う。かなり好き。
だけどさあ、観客参加は無しでって、お願いしたよね。
まあ、短気を起こした私が悪いのは分かっているけど。
仕方が無いので、申し訳なく思いつつ親友と若葉さんを手招きして、水を張った洗面器を置いた席に着いて貰った。
差し出した山札をカットしてくれないので引っ込めて、向こうの山札もシャッフルさせてくれそうにないので、まあ、マナーを強要するのも無粋だし、プレイを続行することにした。
先攻後攻を決めるために私が振ったダイスの出目は3で、微妙だなあと思いつつ、因獄先輩が置いた、リングファイルに収められていない剥き出しの victim 『ヨアンナ』を見て、やっぱり変だよなあと思う。
読み通り、最左翼に来た――というか1枚しか無いのだが――ので『土曜の夜』のメタも華麗に決まっているものの、この世界のヴィックスには私の知らぬギミックがあるのかと思案していたら『バッターラップ』とGMを務める超越的存在の声が室内に鳴り響いた。
ヴィックスは野球ではないのだけれど、プレイ中の遅延行為を諫める時のGMは、このコールを使用するのが一般的で、多分『早くしろ』とか『グズグズするな』とかいう直接的な物言いよりは、正確な意味は皆知らないのだけれど、ゲームを早く進めようとする時に審判が使う言葉っていう認識があって、角が立ちにくいという理由で使われているのだと思う。
考え事してたもので、どうも済みません、私が先攻ですかと慌てて卓上を見れば、転がっているダイスは一つだけ。
なんなの?
もう引っ込めちゃったの?
見てないのに酷くない?
世間一般的には年長者である因獄先輩に向かって汚い言葉使いをした私が悪いってことになるんだと思うけど、そこは、ほら、年長者の余裕みたいなもので受け流して、プレイはプレイとして割り切って欲しいよなと、自分の悪口雑言は棚に上げて不満に思いつつ、リングファイルの表紙を捲って、並べた victim を開示し、自分の山札から手札を受け取ろうと手を伸ばしたところで、再び、超越的存在のコールが鳴り響いた。
『バッターラップ』
なんだよ、手を動かしてるんだから急かすなよと思って、はたと気付いた。
大変! 因獄ちゃんがダイスを振ってないの。
ダイスを握ってるのは、すぐに引っ込めた意地悪じゃなくて、まだ振ってないだけだったの。
それも演技の一環なの? もう1回コールされたらゲームが終わっちゃうよ。
まさか、弱い者いじめをするぐらいなら敗北を選ぶって言いたいの?
なんだよう、早く振れよう。
『2度の注意喚起を経て是正されない遅延行為と認める。調貫徹を勝者とする』
超越的存在が因獄司の反則負けを宣告した。




