第16話 皆で楽しめれば良いのだけれど(上)
なんだか良い人っぽい。
挨拶抜きでハッタリをかました私に向けて、物部先輩の縁者らしき青年は丁寧に自己紹介を始めてくれているのだが、小心者の私に拝聴する余裕はなく、準備しておいた小道具類を引っ張り出して整えながら聞くという無礼を働いている。
私が生徒会室備品の冷蔵庫を勝手に開けて、前日に忍び込んで入れておいた大量の手作りプリンを取り出したり、ロッカーの陰に隠しておいた透明な樹脂製の洗面器やバケツに水を張って並べたりする都度、「えっ」とか「うん?」とか、彼の自己紹介はつっかえたのだが、彼が国士院大学付属高校の3年生で物部先輩の又従兄だという個人情報まで開示してくれた。
彼と物部先輩が待っている応接セットではなく、折り畳み式の机と椅子で構成された作業台を兼ねる協議スペースに小道具を並べ終えた私は、額の汗を手で払って、ようやく謝罪することができた。
「大変、失礼いたしました。申し訳ありません。ご存じかとは思いますが、僕が調貫徹です。通う学校は違いますが、因獄先輩とお呼びしても構いませんか? そこに居る二人は観客です。僕の所属していた流派では観客も参加することを推奨していたので道具類を用意しました。ただ、僕も神前決闘に臨むのは初めてです。予想外の事態に陥ることもあると思うので、出来れば身代わり行為は無しにしたいのですが、いかがでしょうか?」
因獄 司先輩の沈黙は長かった。
「とりあえず、おかけになって、お茶でも、召し上がっては、いかがかしら」
生徒会室に勝手に忍び込んで、好き勝手をしていた私を咎めることもなく、汗をかいた私に飲み物を勧める物部先輩の発言は華族の余裕というものだろうか。いや、何を勝手に大騒動しているのかという貴族的な皮肉かな。
そして裏表なく下種な私は、致死性は無くとも、ちょっと眠くなったり、お腹が痛くなったりして判断力を鈍らせるような薬物を、お茶に混ぜて飲ませてくるのは決闘の妨害行為として判定されるのか自信が無くて、まあ、お茶の注ぎ方やカップの配り方に注目しながら雑談に応じてもよいかと考えて、まだ生徒会室の入り口で棒立ちだった二人を手招きした。
「『そこの二人』って何なのよ。ちゃんと挨拶と自己紹介をさせなさいよ」
若葉さんの言っていることは尤もなのだが、私の襟首を掴んで揺さぶりながらであるため、こちら側とあちら側の育ちの良し悪しが浮き彫りになっている。
仕方がないのだよ、若葉さん。ヴィックスという遊戯は基本、悪ふざけを尊ぶもので、激辛の飲食物に耐えたり、ダイスを対戦相手に投げつけたりするものなんだ。誰がプレイヤーで、観客はゲームの余興へ参加するのか、しないのか、明確にするのは今の私にとって最優先事項だ。
この世界の神前決闘に小道具の用意なんて必要ないかもしれないけれど、超越的存在から提供される演出は予想を超える過激なものかもしれない。その時は、用意した小道具を無駄にさせるなって、GMを務める彼奴に抗議出来るように頑張ったんだ。
皆、応接セットに腰掛けて、親友と若葉さんが自己紹介を終えたところで、因獄先輩が長い沈黙から復活した。
「何か誤解があるようだけれど、僕は決闘をしに来たわけではないんだ。悪いけれど君の事は調べさせてもらった。血筋を辿れば咒禁師の官職に就いた家に連なるようだね。今日は勧誘に来たんだ。この学園の生徒会役員選挙に介入するつもりは全くない。無事に選挙が終わったら、調君、国士院大学付属高校に転校することを考えてみてくれないかな。先輩として、君の主義主張が尊重されるよう配慮することも出来ると思うんだ。歓迎するよ」




