第15話 学生で良かった
「アンタ、なんで制服なの?」
待ち合わせ場所にした校門で、若葉さんの第一声はドスのきいた低音だったが、もっと怖い若葉さんを既に見てしまっている私は、物足りなさを感じてしまう。
「いや、申し訳ない。昨夜、うっかり体操服を洗濯してしまってね。皆、揃ったし、歩きながら話そう。さっさと終わらせて、せっかくの休日を取り戻そうじゃないか」
まだ隔週学校週5日制が一般的な現世において、呼び出しの指定日時が第二土曜日の夕刻であったため、今日は休日だ。
呼び出された場所は調査機関の取調室ではなく学園の生徒会室だから、私たちの心理的負担を軽くするための配慮と解釈しても、おかしくはない。
普通に受け止めれば、学業の妨げにならぬように、また、国士院に付属する調査機関の取り調べを受ける姿を他の生徒の耳目に触れさせぬよう、休日の部活動が終了した刻限を選んだものと思うところだろう。
しかし、猜疑心の塊である私は恐れる。
未成年である私たちに配慮するのなら、なぜ保護者を同伴させないのか。
事情聴取を本旨とするならば、口裏を合わさせぬように個別に取り調べるものではないのか。
そして、最も恐ろしいのは土曜の夜が近いということ。
疑念を裏付けるかのように12面体ダイスが脈動している。
今はブレザーのポケットの中で見えぬが、ギラギラと光り輝いているのだ。
その輝きに神々しさは無く、繁華街のネオンサインのような存在感を主張している。
数日かけて準備を整えた私は、共に呼び出しを受けた親友と若葉さんに汚れても構わない動きやすい服装で臨んで欲しいと頼み込み、二人は学校指定のジャージ姿で来てくれたのだが、私が着ているのは制服である。
私の誘いに若葉さんは大きな溜息をつく。
「アンタが、おかしな事を言うから、聞き取りの時に拷問みたいなことでもされるのかと心配してたのよ。呑気なことを言ってくれるじゃない」
親友は神妙な顔をして黙っている。
察しの良い幼馴染というのも考え物だな。
私の懸念が現実のものとなれば、親友と若葉さんは神前決闘に伴う拷問まがいの演出に巻き込まれることになるが、それ以上のことにはならないだろう。
決闘の結果による代償は、我が身で支払うと宣誓したのだから。
学生である間、制服は最高の礼装だ。白装束など用意する余裕は無かったが、不覚悟の誹りを受けることはないはずだ。
「ところで、君たちは、どれぐらい呼吸を止めることができるかな。親友は2分くらい余裕だろ。若葉さんも1分半ぐらいはいけるかな。僕が合図したら大きく息を吸いこんで、何が起きても動じないように備えておいて欲しいんだ」
「何、それ。吸わせるタイプの自白剤とかあるの?」
もしも息を止めることになっても、それは余興のようなものだから大丈夫だと請け合ってみせたのだが、そんな説明で納得するはずもなく、何か武器になるものはないかと辺りを見回し始めた若葉さんに「俺は3分ぐらいかな」と親友が言うと「アタシだって3分ぐらい平気よ」と急に落ち着きを取り戻してしまった。
これが主人公補正というものなのか、それともフィジカルエリート達の対抗心なのかは良く分からぬ。
誰ともすれ違わぬまま、気の抜けてしまった会話をしている内に生徒会室の前まで辿り着いてしまった。
決闘は既に始まっているのだから気を引き締めなくてはならない。
国家機関による呼び出しは、私が宣誓した『生徒会役員選挙への不当な介入』であるからこそ、12面体ダイスが反応しているのだ。
お互いの生死を左右するかもしれない戦いに、何の搦め手も用意しないなんて有り得ない。
恐らく、この引き戸の向こうにいるのは物部先輩と、その縁者だと予想している。
友誼や情に訴えて、矛先を鈍らせてくるのだろうか。
国家権力を背景に真綿で首を絞めるような反則スレスレの圧力をかけてくるだろうか。
私のアドバンテージは一つだけ。
国士院は私を素人だと思い込んでいる。
無知で無軌道な若者が身の程知らずに吠え立てているだけと軽んじている隙に、その喉元に刃を突き付けて勝利をかすめ取る。
若葉さんが生徒会役員選挙に勝利し、その任期を終えるまでは精一杯の虚勢を張って、手出しをすれば無傷では済まないという幻影を彼らに見させなければならない。
親友と若葉さんを巻き込まずに済むようになれば、そこからは思う存分、私闘に明け暮れることとしよう。
私は引き戸を滑らせ、応接セットで待っていた物部先輩と見知らぬ青年に挨拶抜きで問いかけた。
「国士様はお一人ですか? もっと大勢、来られるのかと思っていたのですけど作りすぎでしたね。僕の手作りプリンは冷蔵庫で一晩寝かせた今日が一番食べごろなんですよ。少なくとも5個は食べてもらわないと困っちゃうな。卵や牛乳のアレルギーがあれば教えてください。認められるか分からないけど、野菜の腸詰のプディングも用意していますから」




