第13話 私の前世の残日録
私の貯蓄など、たかが知れているのだが、その大半を元妻に託し、当面の生活費と1台のバイクだけを私の物として生まれ育った街を出た。
行く先の心当たりなど有りはしないが、ガソリンを買う金が無くなってしまうまでには、どこかへ流れつくことができるだろう。
野営用具、数日分の着替えなどを積み込んでいるので、コーナリングを楽しむような余力はないが、それでもエンジンの鼓動と排気音、開放感、疾走感に包まれて、私は衝動の赴くまま走り続ける。
ここではない、どこか遠くへ行くのだ。誰も私を知らない所へ。
交通量の少ない中山間地帯を選んで進み、廃線になっていると思われるバス路線の屋根付き停留所などで野宿する旅の3日目の夜のことであった。これが人生最後の酒と思い定めてサイドバッグに入れていたスキットルを取り出そうとしたとき、私の指先が触れたのはヴィックスのリングファイルだった。
そう、私はまだヴィックスに囚われていた。
捨ててしまおう、燃やしてしまおうと思った時、コミュニティの仲間たちの顔が思い浮かんだ。
手放すにしても、やり方は選びたかった。
売却するのも違うだろう。大事に取り扱ってくれそうな同好の士に譲り渡せれば良いが、その過程で私は新しい縁を結び、同じ過ちを繰り返してしまうかもしれない。どこか見晴らしの良い、陽の当たる場所に埋めて墓標のようなものを建てよう。飼育していたメダカやザリガニが死んだ時、庭の片隅に埋めて弔う小学生のように。きっと、この道中で適当な場所を見つけることができるだろう。
スキットルに入れていたウイスキーを惜しんで、舐めるように少しずつ口に含みながらリングファイルの頁をめくり、カードの一枚ずつに別れを告げていた私の手が止まった。見覚えのないカードが綴られていた。
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『clown crown』
道化はいつも人の顔色を窺っていた。
躓いてケガをしたのは遠い昔のこと。
もう、痛くはないのに苦しんで見せ、人々の哀れみを誘った。
誰かを笑わせる才覚などなかったから。
他人を勇気づける器量もなかったから。
上手だったのは嘘を吐くことだけ。
騙された人々は、可哀そうな道化のために王座を用意した。
道化王の誕生だ。芸を究めた道化の王ではない。
道化が王を僭称し、王冠をかぶったのだ。
道化はいつも恐れていた。
彼の嘘が露見して皆に蔑まれることを。
道化はいつも言い訳ばかり。
たった一文字違うだけ。皆が勝手に間違えたのだと。
本物の王が現れて、道化の王座に挑んだ時、道化は奮戦むなしく敗れたフリをして、大喜びで逃げ出した。
本当に、道化は嘘だけは上手かった。
2D24 道化の吐いた嘘は本当のことになる。
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これは一体、何なのだろう。ヴィックスのカードの体裁をとってはいるが、他に記述されているはずの項目が欠落しており、分岐してゆく物語のカード群も付属していない。そして、私を揶揄するようなキャラクター像。
私の嘘に気づいた何者かが、このカードを作り、私のリングファイルに忍び込ませたのか?
酔いの回り始めた頭で私は不安に駆られ、そんな機会は無かったはずだと希望的観測にすがる。
カード収集の過程で類似商品――それは悪意あるものではなく、こんなキャラクター像もあるべきという愛好家の暴走の結果なのだが――を掴まされることもあった。それが紛れ込んで、今まで気づかなかっただけだろう。
ふと、足元見れば12面体ダイスがランタンの光を受けて鈍く輝いている。リングファイルを取り出した時にバッグから転がり落ちたのだろうか。
不安をかき消すように、私は戯れにダイスを振る。
出目は12。
連続して12が出る確率はいくらだっただろう――いや、確率は常に12分の1だ。
もう一度振り、出目は12。
声が聞こえた。
『チャレンジ成功。恩典を獲得。どこか遠く、誰も自分を知らない所へ行く気概など無い嘘吐きは異世界へ転生する』




