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右や左の国士様  作者: 隣之 芝生


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第12話 恥に重ねる罪(後編)

 私の初防衛戦敗退から数か月後のこと。

 低年齢児向けの漫画月刊誌に特集記事が載っていた。

 Victim stories ではない、メジャーなトレーディングカードゲームの世界大会で4連覇を成し遂げたアフォー氏が、その収入と貯蓄の大半をつぎ込んで、難病に苦しむ人と、その家族を支援するための基金を積み、財団を設立したという内容だった。


 アフォー氏が優勝した世界大会は子ども達も参加するものなので、優勝賞金自体は5千円程度の図書券や1点物のレアカードにとどまるのだが、プロプレイヤーとしての収入源は別に確保されている。

 各地で開催される予選大会での解説者としてのギャランティ、CM契約、スポンサー企業からの助成、動画配信収入など、上澄み層の年収は億に届くという。財団が管理する基金も相応の額になるのだろう。


 特集記事は子ども向けに噛み砕いた内容であり、アフォー氏のコメントも、ひらがなで簡潔に紹介されていた。難病で子どもを亡くしたお父さんとの対戦を通じて、自分が戦い続ける理由を見つけたという内容だった。名前こそ伏せられているが、見るものが見れば誰のことを言っているか判る文章だった。


 そして、そんな父親はどこにも居ない。


 原因不明の難病に侵された私の息子は、これまた原因不明の回復を遂げ、小学校卒業までの経過観察期間を経て完治の診断を下された。

 元々、絵姿を眺めるのが好きなだけで内容を理解していなかった息子は、ヴィックスに囚われることなく、自由に走り回れる喜びを謳歌し、中学進学後は陸上部に所属して、県大会では走り幅跳びの大会新記録を樹立した。努力に応じた成果を得るという成功体験を糧に、どのような道を選ぼうとも逞しく生きていける将来を期待できる。


 かくいう私は、平たく言えばゴミカスと評するのが適当だろうか。


 息子の病状が回復し始めたあたりから、当たり障りなく、そっとヴィックスのコミュニティから距離を置こうとした。

 間違いの始まりだった。

 苦境にあって、口には出さずともお互いを思いやり、暮らしぶりを気に掛けあう仲間たちの中で、自分だけ不幸から脱出しましたとは言いがたく、何も知らせぬままに姿を消そうとした私の小心が誤解を招いた。


 幸薄い人生が常態であるコミュニティの仲間たちは、私と息子の死別を想像し、私を放ってはおかなかった。何気ない風を装って私の安否を確認し、近くに来る便があったからなどと言って、私をコミュニティの会合に連れ出すのだ。


 打ち明けるべきか?

 私は懊悩した。

 話せば、きっと皆、我が事のように喜んでくれるだろう。しかし、仲間たちの抱える課題は依然としてある。


『なぜ、自分は苦しいままなのだろうか』


 そんな悲しみを与えてしまうのではないかと私は恐れた。

 それは邪推ではないか?

 あの愛すべき人々は、そんな狭量な人物か?


 しかし、私は仲間を信じ切ることができず、問われぬことを幸いに、直接的な嘘は吐いていないと言い訳をしながら、皆の誤解を解く道義的責任から逃げ続けた。

 そして、私は酒に溺れた。


 息子が発病したとき、付き添うために私は仕事を辞めていた。妻の方が稼ぎがよかったからである。そして、自分の嘘が明らかになることを恐れるようになってからは、あらたな働き口を見つけることもせず、日の高いうちから酒精を浴び、自堕落に過ごした。


 息子が大会新記録を打ち立てたとき、私はもう限界だと思った。珍しい苗字ではないから、少しばかりの猶予はあるはずだが、嘘や隠し事というのは、ちょっとした切っ掛けで露見してしまうものだ。

 飽くまでも真実を告げぬまま、コミュニティから抜け出そうとした私の卑怯未練は、アフォー氏の財団設立という英断を惹起し、私と私の家族に社会的死を与える可能性をもたらした。


 社会的地位と情報発信力を持つアフォー氏が真実を知ったとき、どのような反応をするのか。

 彼を虚仮にした詐欺師に相応しい報いを受けさせるのではないか。

 私なら、きっとそうする。

 私は私の物差しでしか他人を測ることが出来ない。


 私が叩き潰されるのは仕方ない。

 しかし、息子が歩むかもしれない輝かしい未来に影が差すことは、あってはならない。

 息子には陸上競技に力を入れている私学から推薦入学の誘いが来ていた。通うには飛行機を利用しなければならないような遠方の学園であったが、寮があり、特待生扱いで授業料等も免除されるという。


 私の家族を宇宙ロケットに例えるならば、私の役割はもうない。

 燃料を使い果たした下段ロケットは切り離されて落下し、大気に焼かれて燃え尽きるものと決まっている。

 妻が旧姓に復し、息子は新天地で妻の姓を名乗り、私は人混みに紛れ、息をひそめて余生を過ごすのが最善だろう。


 私の離婚の申し出に、妻と息子は特に驚いた風もなかった。

 別れ際に妻が言った。


「あなたは支えてくれる誰かが側にいると駄目になっていくタイプの男だから」


 息子は、私の方を見ようともしない。

 それでいい。


 妻は私が酒に溺れた原因について何か察している気配はあるが、それを息子に語ることはないだろう。

 それでいい。

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