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竜来という少年

 俺と竜来の出会いは、小学校に入学して間もない頃だった。

 俺は入学式に熱を出して、登校したのは始業から数日経ってからだった。周りはもう友人関係が出来上がりつつあったし、無理に友達を作ろうという気も無かった俺は、なんとなく一人でいた。そんな時、隣の席にいたのが竜来だ。

 竜来はどこか近づきがたい、暗い雰囲気があった。黒髪を雑に揃えたショートカットに、派手だけどいつも同じ服。クラスメイトが話かけてきてもそっけない返事で、それどころか機嫌が悪くなることも多かった。正直、俺もわざわざ関わる必要はないなと思っていた。

 ある日、俺が休憩時間に絵を描いていた時だ。前を通った竜来が、ふいに覗き込んできた。

「それ、ヒロヴィラ?」

 突然の問いかけに俺は少し驚いたが、自分の描いた絵が何か伝わったのが嬉しかった。

「何で分かったの?」

 竜来は俺が描いていたヴィランの一人を指差した。

「それヴィランのエイスだろ? 角みたいなヘッドフォンが超カッコイイから、すぐに分かった」

「詳しいね。ヒロヴィラ好きなの?」

 俺の質問に、竜来はいつもの暗い雰囲気から少しぱあっとした表情になった。

「ああ! 毎週欠かさず観てるよ。前の、ヴィランがヒーロー達をボッコボコにする回はサイコーだった!」

「特殊な感性してるね……」

 俺達はお互いハマってるヒロヴィラの話で一気に仲良くなった。好きな作品を語り合える相手が出来たのは、すごく嬉しかったのだ。




「だからっ! 明らかに絶対にヴィランの方がカッコイイだろ! 偉そうな金持ちクソ野郎達からイジメられた復讐をするガッツ…………カッケエにも程がある!」

 仲良くなって数ヶ月経ったある日の放課後、俺達は校庭のベンチでヒロヴィラ議論を繰り広げていた。

 ヴィランに酔いしれる竜来は、額にマジックで書いた自称第三の目を撫でながら、虚空を見つめていた。話すようになって分かったが、竜来は結構クセが強い。あと口が悪い。

「ええ〜。でもゆずは、ヴィランはずっと腐っててカッコ悪いと思うぞ。悪いことせずに、もっとポジティブに生きればいいのに」

 俺の言葉に、竜来は顔を真っ赤にして怒りの形相になった。

「おま……っ! おまっ、分かってねえなあお前! お前っ‼」

 竜来からパンチが飛んできたので、俺はすかさず避けた。

「何で避けるんだよ‼」

「いや、前当たった時痛かったから……。お前ガチ目にパンチしてくんじゃん」

 竜来はパンチが当たらなかったので煮え切らずフーフー言っている。俺は少し譲歩しつつも言い返した。

「今のは言い過ぎたかもだけど、お前もヒーローのことボロクソ言うじゃん。あとお前と喋ってたら口悪いの感染って、こないだママに怒られたんだけど」

「知るかよ‼」

 今から考えると、俺達の会話はキャッチボールと言うよりドッジボールだったように思う。小一らしいと言えば小一らしかった。

「ヒーロー達の優しいところとか、絆で強くなっていく姿には何も感じないの?」

 俺の問いに、竜来はフンッと鼻を鳴らして答える。

「感じないね。あいつらの周り、いいヤツばっかでさ。それに乗っかっていいヤツしてるだけじゃん。なーんもカッコよくないね」

「ひねくれてるなあ……」

「それに……」

 竜来は悪そうな顔を決めながら、胸の前に両手で逆三角形を作った。ヴィランが必殺技を出すときのポーズだ。

「ヴィラン強いじゃん。誰相手でも徹底的に潰すし! ヒーローは固まってないと何もできないし、甘いんだよ」

「それはヒーローが優しいからで……」

「それにオレの父さんもヴィランと一緒で強いんだぞ。前にケンカ売ってきたでっかいおっさんを、立てなくなるまでボコボコに殴ったんだ!」

「……え? なにそれ怖……」

 俺が少し怯えた表情をすると、それまで調子良く喋っていた竜来の表情が曇った。

 少しの沈黙の後、竜来はボソッと呟いた。

「オレ達のことも殴るけど……」

 竜来の言葉が、俺はピンと来なかった。俺は親に殴られた記憶が無かったからだ。

「それって強いの? 大人がゆず達殴るのは、簡単そうだけど……」

 竜来は一瞬ハッと、悲しそうな表情をした。そして急に大声を出した。

「強いよ! オレ、父さんが負けるとこ見たことないもん! すごいんだ、ヴィランも父さんも、すごいんだよっっ‼」

 竜来がまた暴れそうな予感がしたので、俺はとりあえず落ち着ちつくように話を持っていくことにした。

「分かった分かった。強いのは十分伝わったよ。でもさ、ただ強いだけってなーんかハマらないんだよね、ゆずは。情緒がないっていうか」

 竜来は少し落ちついたが、俺を睨んだまま尋ねる。

「じょうちょって何だよ」

 俺は少し得意げに人差し指を立てる。

「ああ〜りゅうきには難しかったかな? 心に響くもの……色々悩んで成長したり、尊い友情だったり、その先で手に入れる強さだよ!」

「ふーん。何言ってるかさっぱり分かんねえ」

 あっさり一蹴されてガクッとなった俺は、どうやったら伝わるかを一生懸命考えた。う〜ん、う〜んと思考すること七分。短気な竜来は痺れを切らしかけていた。

「早くしろよ! もう帰るぞ!」

「あっ!」

 俺はひとつ妙案を思いついた。それは絵の得意な俺にはぴったりな、とっておきの方法。

「マンガ! 描いてきてやるよ! 面白いヒーロー、考えて!」

 俺の突拍子のない発言に、竜来は拍子抜けしたようだった。それでもすぐに言い返す。

「いらねえよ、ヒーローのマンガなんて! だいたいマンガなんて描けないだろ!?」

「描ける‼ 描いたことないけど‼ よーし楽しみにしてろよ! 明日持ってくるから!」

「読まねえっつてんだろっっ!」

 叫ぶ竜来を後にして、俺は早速帰ってマンガを描くことにした。




「マンガ、持ってきたぞ!」

 得意気に十枚ほどの紙の束を見せびらかす俺に、竜来が言い返す。

「もう一週間経ってんだけど……描いてたのかよ」

「それはちょっとあれだよ。描くのが思ったより大変で……」

 ゴニョゴニョ言ってる俺から、竜来はバッと原稿の束を取り上げた。

「これが言ってたマンガか……」

 原稿を凝視する竜来を見て、ごちゃごちゃ言ってたわりにはわりと楽しみにしてたんだなと俺は思った。

 チラシの裏に描いた漫画は一般的なコマ割りではなく、一場面の絵を描いては矢印を描いてまた一場面描く……それを繰り返す形式だった。双六の盤面を見るに近いと言えば分かりやすいだろうか。

「マンガってこんなんだっけ?」

「まだ本格的には描けないんだよ……矢印の通りに読んだらいいから。読めるでしょ?」

 漫画を読み慣れていない竜来は、その形式が正しいのかも分かっていない様子だった。俺が描いた形式は、竜来にとってはかえって読みやすかったのかもしれない。

 紙の右上のコマを指差して、ここから読めばいいんだなと竜来が読み始める。

「宇宙を股にかけヒーロー達が活躍するコスモワールド! 多くのヒーローが金持ちの星『大星』から出る中、ビンボー星プアラに後にビッグになるヒーローの卵がいた…………なんかスケールデカくて面白そうだな!」

 俺が描いたストーリーはこうだった。

 宇宙規模でヒーローが活躍する世界「コスモワールド」を舞台に、貧乏な星プアラ出身の主人公「赤星ユウキ」が、金持ちになるためにヒーローを目指して這い上がっていくサクセスストーリーだ。

 読み進めていく竜来は、序盤のある展開で吹き出した。

「ドロボー!? このユウキって主人公、いきなりドロボーやってるぞ! どこがヒーローだよwww」

 冒頭ユウキは、プアラの仲間達とともに経済力のある星々……通称大星の金持ちから金品を奪うドロボーをやっていた。……確かにヒーローとは程遠い設定である。

「でもさ、他のドロボー仲間は盗んだ金を自分達の贅沢のために使ってるけど、ユウキはそれをプアラの子供達のために使ってる……ちょっといいヤツでしょ?」

 俺の話を聞いた竜来が、うんうんと頷く。

「その気持ちはオレにも分かる……ちょーし乗った金持ちはクソだけど、同じ惨めなヤツは助けてやりたくなるもんだよ」

「分かるんだ…………」

「オレもひめる……妹には優しくするしな!」

 その時俺はちょっと意外だと思った。正直竜来は自分さえよければ後はどうでもいいタイプだと思っていたからだ。友達に失礼な偏見だが。

 その後の展開は、ユウキにある日ヒーローになるチャンスが舞い込み、ヒーローになるとたくさん報酬をもらえるのを知っているユウキがヒーローを目指し始めるという流れで、一話はここで終了だった。

「いいなこの主人公! この闇に染まった感じ……気に入ったぞ」

 竜来は右目を手で覆い、闇の者っぽいポーズを取る。

 しばらくポーズを決めた後、竜来は原稿を俺に返しながら「そういえば……」とこちらを見た。

「このマンガ、タイトルはなんなんだ?」

「タイ……トル……」

「考えて無かったのかよ!」

 俺がまたう〜んと唸り出したので、考えてなかったらいいよと竜来が帰りかけた時だった。ふと、しっくりくる言葉が降ってきた。

 それは…………

「『下剋上ヒーロー』‼」

 そのタイトルを聞いた竜来は、ニカッと笑った。

「カッコイイな!『下剋上ヒーロー』! じゃあ続き待ってるぜ! 次は早く描いてこいよ!」

「そんな簡単に描けないけど……絶対面白い続き描いてきてやるよ!」

 なんだかんだ俺は、ハマってくれたのが心底嬉しかった。竜来が好きになりそうな、悪そうな主人公にしてよかったなあと思った。というか、ユウキのモデルは半分竜来だったりした。




 それから、俺が描いた漫画を竜来に読んでもらうのが日課になった。

「二話目持ってきたぞ! ここからユウキのヒーローへの道が始ま……」

「説明はいいから早くよこせ」

 竜来は俺の原稿を速攻奪い、続きを読み始める。今回は集中してるのか静かに読んでいたので、作者としては何だかドキドキした。

 二話目はユウキがヒーローとしての初めての仕事を行う回だ。初仕事は宇宙怪獣の駆除。しかしただ倒すのではなく、俺は意外な展開を忍ばせていた。

 読み終わった竜来が、感想を口にし始める。

「今回のバトル良かったぞ! ユウキが宇宙怪獣に、大好物のボーノがあるって嘘ついて嵌めたのが悪くて良かった! 『何と言われようと、勝っちゃったもん勝ち……それが俺のヒーロー道だ!』って台詞はグッと来たな! でも……」

 竜来が続ける。

「倒した宇宙怪獣が悪いやつじゃないからって仲間にするなんて、変わったやつだなユウキは。ヒーロー協会に持っていけば、いっぱいお金もらえたのに!」

 ユウキは、本来討伐対象である宇宙怪獣を相棒にした。これが、俺の忍ばせた意外な展開だ。

 俺は竜来に意図を説明する。

「ユウキにとっては、金とか偉いって言われるより、自分が正しいと思うことをやる方が大事だったんだよ。」

「ふーん。難しいな。オレにはよく分からんわ」

 こだわりの意図が全く伝わらなかったので俺は膨れながら捨て台詞を言った。

「次はぜ〜〜ったいあれだ! なんかお前が! 泣く感じの描くから‼」

「何でオレが泣くんだよ!」




 その後も俺は漫画を描いては竜来に見せ続けた。相棒の宇宙怪獣バディラと大きな成果を上げる話、他の星のヒーローと友達になる話、かつてのドロボー仲間であり親友のアキラが敵の組織に入り道を分かつ話…………。竜来は毎回俺の漫画を楽しみにし、次第に主人公のユウキに感情移入するようになった。

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