小春が隠していたこと
それから二週間が経って、季節は夏に変わり、柚子達が住んでいる地域は梅雨入りしていた。
シャダーラはもう一ヶ月現れていない。あんまり現れないので、最近は柚子への協力要請もなくなっていた。
「このまま何事もなければいいが……」
終礼が終わった教室で、ザーザーと雨が振り続く窓の外を眺めながら、柚子がぽつりと呟いた。
四千体が潜んだままと思われる現状、そしてユーリの「前代未聞」という言葉……局地的にこの街だけに現れたシャダーラ……柚子は嫌な予感が拭いきれなかった。
「柚子う〜、何してんの? 帰ろーよ。どうせエクソシストの仕事もないんでしょ!」
柚子の憂いとは裏腹に、千賀が元気よく声をかけてきた。隣では小春が心配そうに柚子を見ている。
「どうしたの?」
「ああ、いや、何でもない。帰るか」
小春にそう返すと、柚子は大きく伸びをした。答えの出る目処のない事をずっと悩んでいてもしょうがない。柚子は切り替える事にした。
三人で帰る雨の帰り道、千賀はまたあの話題を出した。
「ねえねえ! りゅうきくんについてお母さんにも聞いてみたんだけどさあ」
「お前まだ調べてたのかよ」
柚子が呆れながらツッコむ。千賀は特に気にせず続ける。
「その子普通に転校したんじゃなくて、夜逃げだったらしいよ」
「は? 夜逃げ?」
あまり日常には聞き慣れないワードに、柚子は少々困惑した。困惑したままの柚子を尻目に、千賀が話を続ける。
「そう、なんかいっぱい借金してたって噂もあって……。あ、うちのお母さん、PTAの役員もしてたしかなり顔が広かったから、同級生のお母さん方はだいたい顔見知りだったんだけど、そのりゅうきくんの親御さんはなんか近づきがたかったって。金髪なのに暗い雰囲気で、学校の用事にも協力的じゃなくて…………あ、あとよく包帯巻いてたって言ってた」
千賀の話を聞き、柚子がそういえば、となって返す。
「ああ……包帯なら竜来もよく巻いてたな。本人は力を封印してるって主張してたけど」
「中二病仕草じゃん! まさかお母さんまで中二病!?」
「いや、それはないだろ。……ていうか今思ったけど、本当は怪我してたのかな……父さんに殴られたとか、普通に言ってたし」
その話を聞いた千賀は、思いっきりドン引きした。しかしその後、少し興奮気味に声を上げた。
「なんかその子ん家やばい感じしかしないんだけど……絶対夜逃げじゃん‼」
「……いや、噂だろ?」
「いやいやいやいや、絶対そうだよ! うちのお母さんの情報網、なめないでよ?」
「ねえ、その子の話もうやめない?」
白熱してきた千賀に対して、ずっと黙り込んで聞いていた小春が口を開いた。
小春は取り繕うように愛想笑いを浮かべたが、顔色が悪かった。
「え……? なんで……? そういえば小春、りゅうきくんのこと知ってたよね? 学校違うのになんで……あ、もしかして虐められてたとか!? ごめん!」
慌てて謝る千賀に小春が返す。
「そういうのじゃないよ。そういうのじゃないんだけど……もうやめよう? そう、やめた方がいい…………」
自分に言い聞かすように「やめよう」と言う小春が、柚子は引っ掛かった。
「小春……言いたくなかったらいいんだけど、何か…………ずっと隠してないか?」
柚子の問いに、小春は俯いて黙ったままだった。千賀が慌てて間に入る。
「私が悪かったよお。きっとりゅうき一家に何かされたんだよ、掘り返すのやめようよ柚子!」
柚子には千賀の言葉は耳に入らず、考えこんでいた。
そして、ふと呟いた。
「俺か……? 俺に気を使ってるのか」
その言葉を聞いた小春が俯いたまま、ハッとした目をしたのを柚子は見逃さなかった。
「……ずっと一人で抱えていても辛いんじゃないか? 何か知ってるんだろ? 俺は……大丈夫だよ。」
「でも……知らない方がいいよ、絶対に…………」
「大丈夫」
柚子は真っ直ぐな目をしていた。無理をして言っているのではない、そんな目だった。
小春は迷いながら、でも決心したように、やっと重い口を開いた。
「私、小学校に入った頃からニュースとかよく見ててね。地元の小さなニュースだったけど、同級生だったからすごく覚えているの」
小春は顔を上げて、柚子の目を見る。
「10年前の12月、この藤影市で一家心中事件があったの。その犠牲者の一人の名前は…………『佐田竜来』。当時七歳だった」
小春の話を聞いた三人が静まり返った中、雨の音だけがその場に響いていた。
***
「この記事か……」
家に帰った柚子は、佐田竜来のニュースについてスマホで調べていた。そして10年前の十二月三十日に書かれた、事件の記録を見つけた。
…………12月25日の朝、藤影市内の川の浅瀬で人が複数死んでいるとの110番通報があり、その後4人の死亡が確認されました。司法解剖等の結果、遺体は同市在住の佐田将太(35)、佐田恵里香(27)、佐田竜来(7)、佐田姫月(3)とみられています。四人は家族で、状況から一家心中と考えられますが、住民票の住所には今住んでる形跡がなく…………
小春の話を聞いてもまだ現実味のない柚子だったが、実際残っている記事を見て認めざるを得なかった。
重い空気の中、柚子が居るリビングの扉が開く。
「あら? 柚子ちゃん帰ってたの?」
朗らかな声で入ってきたのは柚子の母親だった。
「お袋、ちょっと聞きたいことがあるんだが……」
「またお袋って! もう〜そんな渋い呼び方じゃなくてママで良いのに〜!」
ハイテンションな母とは裏腹に、暗い声で柚子が尋ねる。
「佐田竜来って覚えてるか?」
すると、それまで明るかった母親の表情が少し曇った。それでも彼女は微笑みなおし、柚子の質問に答える。
「竜来くん、覚えてるわよ。柚子と昔仲が良かった男の子よね」
「一家心中したって…………知ってた?」
その言葉を聞いた柚子の母は、一瞬ショックを受けたような、そんな表情を見せた。伏し目がちに目線を下に向け、静かに口を開く。
「知っちゃったのね……」
そう声を漏らすと、ソファに座っている柚子の横にそっと腰掛けてきた。
「10年前の秋…………竜来くんとお家の人たちが突然いなくなった時、保護者の間では噂になってたわ、夜逃げだって。噂は少しすると収まったけど、私は心配だったからずっと気にかけてた。そしたら一ヶ月後くらいかなあ…………その年の年末に、あのニュースを見たの」
「一家心中の……ニュースか」
柚子が重い目つきをしたまま呟いた。柚子の母はこくりと頷いて続ける。
「まだ小学一年生の柚子ちゃんにはとてもじゃないけど言えなかったわ…………ごめんなさい」
柚子は母親の方に向き直した。
「いや、ありがとう。今まで黙っていてくれて」
彼女は、少しだけ肩の荷が下りたように微笑んでいた。
自室に入った柚子は、学習机の引き出しの中を漁っていた。
「捨ててはないと思うんだが…………………あった!」
引き出しの奥から、折り込みのチラシが入る大きさの箱が出てきた。箱の上にはマジックで「下剋上ヒーロー」と書かれている。それは、柚子が竜来に描いて見せていた漫画だった。
柚子が箱を開けると、少しセピア色に染まった古い紙がたくさん入っていた。裏には広告が印刷されている。小さい頃の柚子は、チラシの裏が真っ白な紙を絵を描くのによく使っていたのだ。
「懐かしいな……。あいつがいなくなってから、仕舞い込んだままだったから」
柚子は幼き日に描いた漫画を読み返しながら、竜来との日々を思い出し始めた。




