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シャダーラの正体

 シャダーラ大量出現の騒動から一ヶ月ほどが経った。

 ちなみにこの騒動はネットニュースになった。シャダーラの出現は柚子の住んでいる藤影市に限られていたため相変わらず都市伝説扱いではあったが、柚子はドヤ顔でニュースの表紙を飾った。それから柚子のエクソシスト自慢に拍車がかかったのは言うまでもない……。

 しかし、あれからシャダーラが一気に現れることはなかった。地道な討伐に戻ったため、あの大剣……ゼリオティアネス・オブ・セイント・ファルシオンを使うこともなかった。それどころかここ二週間、シャダーラは一切姿を見せていない。

 夏の気配が色濃くなってきた五月末の放課後、柚子はユーリ達エクソシストとパトロールをしていた。

 何も起きない平和なパトロールに、柚子はつまらなさそうに欠伸をする。

「今日も全然いないな……」

 柚子の呟きに対して、横を歩いているユーリは少し反応が遅かった。ユーリは顎に手を当て、何か考え込んでいる様子だった。

「あ、ああ…………しかしまだ四千体ほど残っているはずなんだ……。何度左目で確認しても気配は感じるのだが……」

 ユーリの様子が気になりながらも、柚子は話を続ける。

「シャダーラってやっぱ気まぐれなんだな、急に姿を見せなくなるなんて……。こういう時はいつもどうしてるんだ?」

 ユーリは柚子の方を見ず、顎に手を当てたまま答える。

「今までなかった」

「え?」

 驚く柚子を横目に、ユーリは話を続ける。

「こんなことは前代未聞だ。シャダーラは一度その世界に発生すると、討伐が完了するまで連日現れるのが常だ。一日二日現れないくらいなら、討伐完了間際……残り少なくなってきた時にはあったが、二週間も……しかもまだ四千体はいると考えられる状態でこれは異例中の異例だ。それに…………」

「それに?」

「その四千体の気配、何か違和感を感じる……。あと、こんなに局地的にシャダーラが現れるのも珍しい。いつもはもっと広範囲で出現するんだ」

 シャダーラが藤影市でしか現れないのも、柚子としては行動範囲が狭くて安上がりくらいにしか思っていなかったが、どうやら異常らしい。

「この街に……何かあるのか……?」

 ユーリが一人で考え込んでいるので、柚子は自分も何か協力出来ないかと思った。しかし、柚子はシャダーラの性質について全く詳しくない。まずはシャダーラについて深く聞いてみようと思った。

「ユーリ、考える頭は多いほうがいいだろう? 俺も一緒に考えよう。俺にシャダーラがなんなのか、分かってる範囲で教えてくれないか?」

「…………そうだな」

 柚子の提案に一理あるなと思ったユーリは、ついにシャダーラの正体について口を開いた。

「シャダーラは………セイクリッドで死んだ子供の念だ」

「え………………」

 ユーリの言葉にしばらく固まった後、柚子は珍しく狼狽えた。

「え……念って……霊? 生きてたやつなのか…………? 生きてた人間を殺……いやいやいやいや、成仏させてたってことだよな?」

 柚子の反応に、ユーリは少し驚いた。

「霊…………そうか、こちらの世界には魂という概念があったな。違う違う、安心しろ。少なくとも私たちの世界には魂というものは存在しない」

 ユーリの言葉がいまいち理解出来ないまま柚子が尋ねる。

「じゃあ……なんなんだ念って」

「念……それはその子供が死んだ時にあった強い感情が生み出したものだと考えられている。シャダーラになった子供達は、本人の納得いかない死だった可能性が高く、思いだけが残り彷徨っているのだ。だから、君が消してきたのはただの感情だ」

 それを聞いた柚子は安心したが、同時に少し複雑な気持ちにもなった。

「何だか、かわいそうだな……」

 柚子のその言葉を聞いたユーリは突然立ち止まった。顔を見ると、ユーリにしては珍しく冷たい表情になっていた。

「かわいそうなどではない……シャダーラはただの討伐対象だ。それに念を出した多くの子供はイニュティルの子供達……同情する価値のあるものではない」

「イニュティル?」

 柚子の疑問に、ユーリが続ける。

「ああ…………セイクリッドには身分制度があるんだ。神の血を引く王族と血のつながりがある者を【サーン】、エクソシストの力を持つ者を【ウォザノーブ】、平民を【エアノマーレ】という。そして……満足に税も納めず市民権も持っていない貧困層の身分が【イニュティル】だ」

 ユーリの説明に、まだいまいち柚子はピンとこなかった。

「貧困層……。で、それが何で同情する価値がないにつながるんだ?」

 柚子の問に、ユーリは少し強い声になって続ける。

「イニュティルには碌な者がいない。犯罪ばかり起こし、まっとうに生きようという志もない者ばかり……神聖なるセイクリッド国民の風上にも置けない連中だ。死んだイニュティルの子供達が大人になっても、どうせ同じ道を辿っただろうな…………」

 その発言を聞いて、柚子は軽蔑した目でユーリをじっと見た。

「あんたの国の事情をよく分かってるわけじゃないが…………死んだ子供にその言い草は、いくらなんでも酷くはないか?」

 柚子の言葉に、ユーリは少し我に返ったような表情になった。しかしすぐ柚子から目を逸らし、歩き始めた。

「すまない。君には関係のないことなのに、感情的になって悪かった。しかし私は、正直シャダーラにもイニュティルにもいい感情はない。この話は終わりにしよう」

 強引に話を終わらされた柚子は、戸惑って立ち止まっていた。少しすると、後ろから肩を叩かれた。

 振り返ると立っていたのは、ユーリと作戦についてよく話し合っている、初老の赤髪の男性隊員だった。

「え〜と、あんたは確か……シ……シ……シカ……」

「副部隊長のシエルカだ」

 ああそうそう、と柚子が相槌すると、シエルカがユーリの方を眺めながら話を始めた。

「ユーリはシャダーラとは因縁があってな。あいつの母親は……シャダーラの瘴気によって長年病に伏せっているんだ」

「えっ……」

 驚く柚子に、シエルカは続ける。

「大規模なシャダーラの発生に巻き込まれ、長く瘴気に当てられたユーリの母親は、もう十五年以上ほとんど寝たきりだ。あいつは元々正義感が極端に強いから、素行の悪いイニュティルにもいい感情を持ってなかったしな……母親の一件がダメ押しになったんだろう。今回の態度は許してやってくれ」

 シエルカの話を聞いた柚子は、歩いていくユーリの背中をしばし見つめた。

「ああ…………俺もよく分かってないのに口を出しすぎた」

 二人が話している間にもうずいぶん先を歩いていたユーリは、おーいと隊員たちに号令をかけた。

「シャダーラが現れる気配もないし、早いが今日の探索はこの辺りでお開きにしよう」

 そうしてその日の活動は終了した。

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