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街に現れた怪異

 それは、この世のものとは思えない奇々怪々な形姿だった。その上部二箇所は裂け、紫の光を放ち始める。まるで、歪な目のように。

 そして笑ったようにその光を細めたかと思えば、ブワッと大量の黒い霧を発し出した。

 その霧が小春に触れそうだったので、柚子は咄嗟に小春の腕を引っ張る。

「わっ!」

 体勢を崩した小春は、柚子に倒れ込んだ。

 その様子をそばで見て固まっていた千賀が、我に返って叫び出す。

「ななななんじゃこりゃー!」

 千賀はパニックになり、喋るのが止まらない。

「えっまじで何、まじで何、なに、なんかの演出? え? ままままじまじまじま」

「落ち着け千賀! 小春、大丈夫か?」

 柚子の問いかけに、小春は青ざめて顔を上げた。

「足に……力が入らない」

 足を痛めたのかと、小春の足を見た柚子はぎょっとした。小春の足に、螺旋状に黒い靄がかかっていたのだ。

 だが状況から見て、さっきの黒い霧に足が触れてしまったのだろう。あの黒い霧は何か特殊効果があるのかもしれない…………柚子はそう判断した。

 訳の分からない状況だが、柚子はわりと冷静だった。

 隣で千賀がものすごいパニックってるため冷めているのもあるが、柚子はこう見えて、中二病発作の時以外は元々落ち着いた性格である。こう見えて。

 しかしそうこう考えている間にも、先ほどの影のような化け物がこちらにゆっくり近づいてくる。

 果たしてこの化け物に物理攻撃は効くのだろうか……などと考えながら、立ち上がった柚子がカバンで応戦しようとしたその時。


 柚子と化け物の間の空間を縦に大きく裂くように、光が漏れ出した。

 そしてそこから、一人の男性が神々しく姿を現す。

 鮮やかな青の長髪を後ろで結んだ中性的な顔立ちのその男は、左目に眼帯をしていた。西洋のキャソックのようなワンピースに軍人が着ていそうな白のロングコートを羽織り、手には二メートルはあろうか真っ黒な大鎌を持っている。

 それは、アニメの世界から出てきたような風貌だった。

 その後その男に続き、続々と似たような服の人々が光から出てくる。

 そんな中青髪の男が、大きく声を張り上げた。

「この世界の人間達! 我々が来たからには安心だ!」

 そう言うなり男は、自分の身長より大きな鎌を威勢よく化け物に振り下ろした。

 鎌で切られた怪異は真っ二つに割れ、割れたところから白い光の粒に変化しながら、空に消えていった。

「助かった……のか?」

 呆然と立ち尽くす柚子達に、青髪の男がキリリと声を上げる。

「我々は聖なる国セイクリッドから参ったエクソシスト第三特殊部隊だ。この世界にオーバーワールドしたシャダーラ達の討伐にやって来た」

 男の自己紹介に三人は呆然としたままだった。

 少し沈黙が続いた後、柚子が神妙な表情で男に申し入れる。

「すまん、何を言ってるか何一つ分からない。こちらに分かる言葉でもう一回言ってくれ」

 男は少しぽかんとしたあと、ハッとした表情になりコホンと一つ咳をした。そして改めてキリリと声を上げる。

「これは失礼! この世界にシャダーラが来たのは初めてだったな。改めて説明しよう」

 男が続ける。

「我々は聖なる国セイクリッドから来たエクソシストだ! 例によってシャダーラがオーバーワールドして今回はこの世界に来た。だから討伐に来た。理解できたか……?」

 さっきとあまり変わらない気がする。そう思った柚子の横では千賀が分からん分からん、とブツブツ言っている。

 柚子は男からの説明は諦めてひとまず分析することにした。

 まず文脈からして「シャダーラ」はあの化け物のことだろう。エクソシストは、あのエクソシストと仮定すると、シャダーラは悪魔的ななにかということになる。

 そしてセイクリッド……そんな国は聞いたことがないし、彼らの風貌はこの世界のものとは思えない。ということは、異世界から来たのか。

 かなりぶっ飛んだ解釈に至ったが、自分たちは今目の前で初めて見る化け物とそれが討伐されるのを見た。そう信じざるを得ないだろう。

「なんとなく分かった」

 柚子のその発言に、まだ若干パニクってる千賀が「ウソでしょ!?」と叫んでいる。

 柚子が続ける。

「あんたと同じような制服の人間はエクソシストだよな? 結構来てるけど、さっきの化け物……シャダーラはこっちの世界にまだまだいるのか?」

 柚子の言う通り、セイクリッドからエクソシストはかなりの数が来ていた。というか、こうして話してるうちにも光の裂け目から入ってきている。

「そうだ! 君の察しの通りシャダーラは一万体ほどこの世界にやって来た」

 その言葉を聞いた千賀はかなり狼狽した。

「いちまん⁉⁉」

「しかし安心しろ! この第三特殊部隊、総勢五十三名が責任を持って殲滅する。部隊長であるこのユーリ=シエル・ジャスティスフォードが保証しよう!」

 ユーリと名乗るその男の自信満々な宣言を聞いた千賀は、柚子の方に寄ってきてこそこそ耳打ちをする。

「五十そこらで一万体って倒せるの? あっ、めっっっちゃ強いのかな?」

「さあ、今の情報だけじゃなんとも……」

 こそこそと返しながら柚子は地面に這いつくばったままの小春に目をやった。どうやら立てないらしい。

「なあ、青い髪のおっさん。友達の足がおかしいんだけど大丈夫かな? シャダーラにやられたっぽいんだけど」

「おっさ…………」

 今年三十路を迎えようとしている絶妙な年齢のユーリは傷ついた。

 しかしそれを悟られまいと落ち着きを装った彼は、コホンと一つ咳をして、丁寧に答える。

「黒い靄が纏っているな。今は力が入らないなど何か症状が出ていると思うが、大丈夫だ。その程度なら半日も経てばもとに戻る」

 その言葉を聞いてホッとしたのか、小春の頬にはポロポロと涙が流れた。

 千賀がしゃがんで小春に話しかける。

「小春〜! よかったねえ、いやよくないけど。もうちょっとで学校だけど行ける? それとも家まで送っていこうか?」

 小春が泣いていてすぐに答えられない状態だったので、柚子もしゃがんで小春の背中をさすり始めた。

 少し落ち着いてきた小春が口を開く。

「私の家までだと電車使わなきゃだし、とりあえず学校に行ってみる。ごめんね二人とも、ちょっと肩借りるね」

 二人が小春を起こして立ち上がろうとした、その時だった。


「ギュアアアアアァァア!」

「ワアアアァァアアァァアア!」

「キャアアアァァァアアア!」


辺りに、まるで子供の断末魔のような声が大量にこだました。

「今度は何っ⁉ 今度は何っっ⁉」

 千賀が露骨に狼狽えていると、周囲の地面から大量のシャダーラが伸びてきて、周りを囲まれた。

 その数、二百はいるだろうか。

「え⁉ しっ死ぬの⁉ あたし達もう終わるの⁉」

 狼狽える千賀に柚子が声をかける。

「落ち着け千賀! 今はエクソシスト達がいるだろう!」

 柚子の言葉に少し安心した千賀が、落ち着きを取り戻した。

「そうだよね! このエクソシスト達めっちゃ強いんだよね(仮定)! ふう〜よかったー! エクソシストがいてよかったー!」

 エクソシストの部隊はもう全員こちらの世界に来たらしく、光の境界はすでに閉じられていた。

 そして彼らはシャダーラに向かって一斉に武器を構える。その武器はユーリのものとは全く違い、普通の大きさの弓矢だった。ただ、七色に光り輝いている。

 あの七色の不思議な力で大量のシャダーラを一気に殲滅するのだろう。柚子達はそう思っていた。

 しかし。

 放たれた矢は普通の弓矢のように地道にシャダーラに刺さっていく。正直ただ光っているだけである。しかも一体に対し5本くらい刺さらないと倒せていない。次の矢が出現するのにも時間がかかっている。

 それに対してユーリの大鎌は一振りで数体を一気に倒していた。一人でどんどん撃ち破っている。だが、だからと言って…………。

「間に合わないな、これ」

 柚子が呟いた通り、戦況はかなり悪かった。

 エクソシスト達は一生懸命攻撃しているが、シャダーラ達はどんどん柚子達との距離を詰めてきている。

 そこでエクソシストの一人が叫ぶ。

「部隊長、これ間に合いません! こちらに被害が出る前に今回はあきらめましょう! この異世界は我々にあまり影響なさそうですし、見捨てましょう!」

 なんだかトンデモ物騒なことを言っている。さすがに看過できないなと柚子達が焦っていると、ユーリが鎌を振り乱しながら大声で応えた。

「聖なる国セイクリッドの誇り高きエクソシストとして、いかに価値の薄い異世界といえど見過ごすことは、神セイクレアの正義に反する!」

 自分たちの世界がさらっと価値の薄い異世界扱いをされたが、どうやら見捨てられないらしい。

 が、安心したのもつかの間だった。

「でもこれほんと間に合わないな……。よし、そこの娘三人! ボサッとしてるなら手伝ってくれ! 安心しろ、武器は多めに持ってきてるんだ!」

 小春にいたっては立てないんだが……。ユーリの突拍子もない発言に対して柚子がそう思っていると、横で千賀が泣き崩れた。

「無理無理無理無理だよう……えぐっ……なんでこんな目にっ……おうち帰りたいよおおおお゛わああああん」

 千賀のあまりの大泣きに、ユーリは狼狽えた。

「な、なんと情けない! 自分達の世界が危ういのだぞ!」

 その時ガキーンッと大きな音が鳴り、ユーリが持っていた鎌が柚子達の目の前に飛んできた。

 女の子を泣かせ狼狽えた一瞬の隙に、シャダーラがユーリを攻撃したのだ。

 シャダーラは人のような形をしているが、腕に値する部分が伸びるようで、それを振り回して鎌に当てたようだった。

「やばいやばいやばいやばい」

 ひたすらにやばいを連呼しながら、一人だけ接近戦をしていたユーリは慌てて退散する。その間にシャダーラ達はさらに柚子達との距離を詰めてくる。

 しかも降ってきた鎌にビックリした千賀の泣き声はヒートアップしていた。もう地獄絵図である。

「仕方ないな……」

 最早この中で一番落ち着いている柚子が動き始めた。先ほど目の前に落ちてきた、ユーリの真っ黒な大鎌に近づいていく。

「この鎌を使えばいいのか?」

 柚子が鎌に触れようとした時、ユーリは咄嗟に声を荒げた。

「その鎌には触るな!」

 触れようとしていた手を止め、柚子が走ってくるユーリを見る。

 ユーリは走りながら説明を始める。

「その鎌は、器のないものが触れると気を失う! 初心者用のピュリフィケーションアローを使え! 他の者が使ってる弓矢だ!」

 それを聞いた柚子は少し考え始めた。そして、ユーリが走りながら部下に柚子への武器の調達を指示している中、一人納得したように頷いた。

「いける気がする」

 そう呟いていた後、柚子はなんのためらいもなく鎌を手に取った。

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