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漫画描きの中二病

バトルは次話から始まります。ここはプロローグっぽくなっちゃった。

「憧れてなんかねえよ!」

 幼い少年はそう言って、折り込みチラシの裏に描かれた十枚ほどの、らくがきのような拙い漫画を少女に突き返す。

 それでも少女がニヤニヤしながら見つめてくるので、少年は照れくさそうに小さく呟いた。

「でも、オレなんかでも…………こいつみたいになれるかな?」

 少女はニッと、大きく笑って答える。

「なれるぞ、絶対に! ヒーローも、いいもんだろ?」


   ***


「あー。やっぱ全然思いつかねえなあ」

 桜の花はとうに散り、新緑に染まりきった四月の朝。ここ藤影市の住宅街沿いの大通りを、うんうん唸りながら歩く女子高生がいた。

 彼女の名前は五十嵐柚子。

 朽葉色の短いツインテールの彼女は、下ろした前髪で片側の目だけを隠している。

 少々変わった風貌だが、特に意味はない。いわゆる中二病なのだ。本人は右目を隠すのがカッコイイと思っているらしい。

「おっはよ〜柚子っ!」

 柚子と同じ学校の制服を着た、栗毛のポニーテールの少女が元気よく声をかけてきた。彼女は小林千賀。柚子が小学生の時からの幼馴染である。

「おはよう千賀。俺の心は今、混沌のムーアの中にある……」

 柚子はシビアな表情で千賀を見つめた。

「あ〜……また漫画、行き詰まってんの?」

 千賀は慣れた感じで柚子の言葉をあしらう。柚子がこういう言い回しをするのは日常茶飯事なのだ。

 ちなみに千賀の言う漫画とは、柚子が趣味で描いている漫画のことである。柚子は漫画が完成すると、よく千賀などの友達に読んでもらっている。

 柚子は空を仰ぐと、人差し指と中指でカッコよく額を押さえた。そしてどこを見てるかわからない伏目で話を続ける。

「うむ。俗に言うスランプってやつだな……。実にカッコイイ設定は思いつくんだが……【天界への猜疑心を募らせ、その身を闇と化した漆黒の堕天使】とか。如何せんストーリーに中身……いや魂……いやソウルがないというか……」

「その設定がカッコイイがどうかは分かんないけど、そりゃ困っただねー」

 千賀は柚子ほどコアなオタクではないので、柚子の話は半分理解出来ていない。なんならちょっと面倒くさいまであるので、半ば適当に返事をした。

 二人がそんな会話をしながら歩いていると、後ろから同じ制服の少女がもう一人、タッタッタッと駆け寄ってきた。

「おはよう千賀、柚子……ってどういう心情、そのポーズは?」

 二人に声をかけてきたのは、サラサラの黒髪ボブに眼鏡をかけた清楚可憐な少女だ。

 先程のポーズをまだ続けている柚子が喋りだす。

「小春、俺は今混沌のムーアの底で……」

「おっはよう小春〜! 柚子殿は今絶賛スランプ中なんだって」

 千賀が柚子の言葉を遮って、少女の疑問に答える。

 言葉を遮られた柚子は、手を額から左の目元にゆっくり下ろし、わずかに広げた指の隙間から小春と呼ばれる少女を覗きこんだ。

「くっ……! 混沌が極まっている……!」

 柚子の挙動に、ただいま困惑している彼女は橘小春。

 小春はこの四月から柚子と千賀と同じクラスで友達になったので、まだ柚子の中二病に慣れていないのだ。

 それでも、人が良い小春は親身になろうと柚子に質問する。

「スランプって漫画の話? 堕天使のお話だっけ。どこで悩んでるの?」

 小春の問いに、柚子はまたソウル云々の説明を始める。

 説明を聞いた小春はうーんと、これまた真剣な表情で考える。あっ、と何か思いついたようだった。

「何かテーマ…………伝えたいことがあった方がいいんじゃないかな。」

「テーマ……うぬ……うぬぬぬぬぬ…………っ!」

 小春のアイデアを聞いた柚子は、とうとう頭を抱えだした。何も思いつかなくて苦しんでいる。

 自分のせいで悪化したと思った小春は、さらに一生懸命頭を捻った。

「え〜と…………あっ! そうだ、誰かに向けて描くっていうのは? 漫画を通して何か伝えたい人はいない?」

 小春からそう尋ねられた柚子は、おもむろに中二仕草をやめた。

 そして、少し懐かしむような表情をして呟いた。

「伝えたい人ねえ……昔はいたことあったな」

 柚子の表情とその言葉に、小春は何か解決への糸口が見つかりそうだと感じた。表情をぱあっと明るくした小春は、さらに質問を重ねる。

「それだよ! その人には何を伝えたいと思ったの?」

 ワクワクと尋ねる小春に、柚子は少しだけ考える仕草をしてから答えた。

「ヒーローに、憧れて欲しくて」

「ヒーロー?」

「昔、ヒロヴィラ……ヒーローズVSヴィランズって特撮やってたの知ってる?」

 ヒーローズVSヴィランズ——通称ヒロヴィラとは、柚子が小学一年生の頃やっていた朝の特撮ドラマである。その頃の少年達の間では大流行していた。

 内容としては、近未来の日本を舞台に、力と恐怖が支配する世界を作ることを目的に世界征服を目論むヴィラン達と、そのヴィラン達から愛を持って世界を守ろうとするヒーロー達とのバトルを描いた物語だ。

 柚子の質問に小春が答える。

「う〜ん、やってたのは知ってるけど……観てないや。私は女の子向きのアニメしか観てなかったから」

 見た目の雰囲気と違わず、小春は昔から男の子向けの趣味は持っていない。

 そこに、しばらく横で適当に聞いていた千賀が話に戻ってきた。

「あたしは観てたよ〜! ヒロヴィラがどしたの?」

 柚子が事情を説明し始める。

「ヒロヴィラ、そん時の友達と一緒にハマってたんだけどさ。そいつが頑なにヴィラン派で。ヒーロー派の俺とよく対立してたんだ」

 柚子の言葉に、千賀は目を丸くした。

「ヴィラン派って珍しいね〜」

 千賀の言う通り、当時の子供の間でヴィラン派は珍しかった。

 色々な悲しい事情を抱えるヴィランを推す層もいたが、少なくとも幼い子供の間では正しくカッコイイヒーロー派が圧倒的だった。

「でも柚子、ヒーロー派だったんだ、意外〜! 重めの中二病だからヴィラン派かと思った。あ〜でもハピエン厨だから何とも言えないかあ」

「俺は光の中二病だからな……」

 そう呟いた柚子は再び中二仕草を始め、謎のポーズを決め始めた。

 そろそろ話に付いて行けなくなりそうな小春が、話を戻そうと試みる。

「それでそれで? ヒーローに憧れてほしかったっていうのは? その子がヴィランっていうのが好きだったから?」

 小春の質問に、柚子は謎ポーズをやめて頷く。

「ああそうだ。友達……りゅうきって奴なんだけど、ヒーローの敵であるヴィランが大好きだった。それはもう好きすぎて、主人公サイドであるヒーロー達をボロクソ批判してたくらいだ」

「そこまで〜⁉ 変わった子だね〜」

 千賀が説明に割り込む。柚子は続ける。

「そう。ちなみにその影響かあいつは自分にもヴィランのような闇の力が眠ってると主張し、額に油性ペンで第三の目を描いていた」

 その話を聞いた千賀は吹き出した。

「ぶっ! それ、まんま柚子じゃん! もしかして中二病の元凶ってその子…………?」

 その言葉にキョトンとした柚子が返す。

「俺は額にマジックでらくがきなんかしてないぞ……。まあいいや、とにかくヒーローアンチが凄かったから、ヒーローの尊さ布教用に漫画を描いて見せてたんだ」

「ファーーーなにそれめんどくせ〜! 厄介オタクじゃん。ぎゃはははははははは」

 千賀はツボに入ったようで爆笑している。小春は本題の「伝えたかったこと」が思ったより浅かったので、次にどう言葉を出していいか悩んでいた。

 ひとしきり笑い声を響かせた後、千賀がふと疑問を抱いて口を開く。

「あれ、でもりゅうきって誰だっけ? あたし結構友達多かったけど、記憶にないな……。あ、習い事で一緒だったとか?」

 千賀は柚子と同じ小学校だったので小学校のメンバーはだいたい覚えている。しかし「りゅうき」という子は覚えていないらしい。

 千賀の疑問に、柚子はあっさりと返答した。

「ああ、小一の間に転校したからな。俺と千賀が友達になったのは小三の頃だから、その時にはもういなかったし、クラスが違ったから覚えてないんじゃないのか?」

 柚子の答えに、千賀は心底悔しそうな素振りを見せた。

「そっか〜、残念! 柚子の中二病の元凶、友達になっときたかったわ〜。ちなみに苗字は何ていうの?」

「確か、さだ…………さだりゅうき」

 柚子が呟いた名前を聞いて、ずっといい案がないかと俯いて考えていた小春が、急に顔をあげた。

「え…………? 佐田竜来?」

 その表情は、心なしか深刻そうな暗い表情だ。

「どうした? 小春……」

 柚子が小春に声をかけようとした、その時だった。


 突如小春の背後に————真っ黒な人型の何かが立ち上がった。

 それはまるで、小柄な影法師が具現化したかのように地面から伸びてきたのだ。

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