ヒーロー
最終回は、黄昏時、敵の組織クリムゾンのトップとなったアキラと対面し、驚愕するユウキの場面から始まった。
今や人気者のヒーローになったユウキだが、同じプアラ星の出身であり親友のアキラは自分にもあったかもしれない未来……ユウキは、アキラのことがとても他人事とは思えなかった。
ユウキは「お前とは戦いたくない」とアキラに言うが、アキラは「ヒーローは殺すのみ‼」と聞く耳を持たず戦闘が始まってしまう————
序盤のシーンを竜来はただ黙って読み進めた。柚子は久しぶりに新作を読んでもらうのもあり、緊張した面持ちで竜来を見守っていた。
竜来が続きを読み進めていく。
ユウキはアキラとの戦闘の最中でも「お前達を救いたい」と何度も言った。そしてアキラを説得しようと、今までヒーローをしてきて気付いた話を語る。
宇宙怪獣と良き相棒になれた話、他の星のヒーローもいい奴だった話、そして、大星の人間も自分達と同じように苦悩を抱えてる話————
しかしそれでも、アキラの決意が揺るぐことはなかった。アキラは言う。
「俺はもうそっち側にはいけないんだ、絶対に。俺達は俺達の道を貫くしかねえんだ!」
アキラの台詞を読んだ竜来の読む手が止まった。竜来はそのシーンをじっと読み返し、そしておもむろに言葉を零した。
「アキラはオレと一緒なんだ……」
その瞳は涙を流すでもなく、ただ深く暗い影を落としていた。
「オレももうどこにも行けない。もう、ヒーローみたいにはなれない」
そう呟くと、竜来はまた徐々にページをめくっていった。
いつも卑怯な手を使うユウキだが、この日だけは正々堂々と戦った。最初は武器を使っていたアキラも最後にはそれを捨て、二人は素手での殴り合いになる。
お互いボロボロになりながら、振り絞って放たれる拳と拳。それはとても長い時間……夕方から始まった戦いは夜を越え、日が昇ろうとしていた。
そして決着はついた————勝利したのはユウキだった。
敗北を喫したアキラは瀕死の状態になっていた。アキラは最後にユウキにあるものを託す。それは、血と泥で汚れた一枚の硬貨だった。
その硬貨はアキラの両親の形見だった。アキラの両親は大星の人間に騙され、低賃金で危険な仕事をさせられていた。両親が殺されアキラのもとに戻ってきたのはボロボロのお金だけ。アキラは復讐を誓い、その一つの硬貨をクリムゾンの……プアラの苦しみの象徴とした。アキラだけではない、プアラの民の多くは同じような環境で、盗品以外で綺麗な硬貨など手にはいらなかったのだ。ユウキももちろん、そのことは身にしみて知っていた。
アキラはその硬貨を渡してユウキに伝える。
「俺達の苦しみを忘れないでほしい」
そう言って、アキラは息絶えた。
アキラの思いを受け取ったユウキはその後ヒーロー協会を変えていく————下剋上ヒーローの物語は、そこで幕を下ろした。
竜来はこの最終回を、何度も何度も読み返していた。
静寂の中、柚子はドキドキしながら感想を待つ。それは柚子にはとても長い時間に感じた。
そしてしばらく漫画に没頭した竜来が、おもむろに顔を上げた。
「そっか……」
そう言って竜来は柚子の方を向き、微笑んだ。それは何かを悟ったような————諦めたような、そんな表情だった。
「最終回、面白かった! 最後まで読めてすごい嬉しかった。ユウキはなんか、最後までユウキ……ヒーローらしかったな。最後まで、オレの大好きなユウキだった」
そう感想を言うと、竜来は立ち上がった。それと同時に、辺り一面暗闇だった空間がうっすら光を帯び始める。竜来は顔を上げたまま、しばらく黙っていた。
「竜来……?」
戸惑う柚子も立ち上がり、竜来の様子を伺う。竜来は柚子の顔を見ると————何かを決めたように頷き、そしてニカッと笑った。
「……オレはアキラと同じだから、本当はこうすれば良かったんだな」
竜来がそう呟いた瞬間だった。闇だった空間は、光を放ちながら瓦解し始めた。
「なんだ……⁉」
突然崩れていく世界に、柚子が困惑する。竜来の方を見ると、穏やかながら真剣な表情で柚子を見つめていた。
「ゆずに頼みがある。……オレみたいな奴のことをずっと、ずっと忘れないでほしい。それで、下剋上ヒーローみたいな漫画を、また描いてくれ」
竜来は、柚子に思いを託すことを決めたのだ————アキラがユウキにそうしたように。
崩れゆく竜来の精神世界の中で、柚子は必死に答えた。
「必ず、必ず柚子に伝えるよ……!」
「うん。ありがとな…………ゆず」
「竜来……気づいて……」
それまで形を保っていた竜来自身も、光を放ち薄れていく。これできっと竜来は成仏出来る。竜来と結合していたシャダーラも光へ還っていってるのだろう、崩れた境から薄明の夜空が見えた。
これで全て終わる————しかし、柚子の心は晴れなかった。
「これで良かったのか……?」
きっと街は助かるだろう。でも、竜来は救われたのだろうか? 竜来が見せた諦めた表情が、柚子には心残りだった。
柚子は竜来がアキラに感情移入することは予想していた。それでも、アキラと同じように諦めてほしくてこの展開を描いた訳ではない。柚子は柚子が正しいと思う終わりを描いた。竜来にどうしてほしかったのか……柚子は自分でも分からない。
これで全てが解決する……これで良かった————でも竜来は、最期まで明日を諦めなかった竜来は、本当にアキラだったのだろうか?
「……違う」
そう呟いた柚子は、背を向けて消えていく竜来のもとへ駆け寄った。
「竜来! 竜来はユーキなんだ‼」
竜来が柚子の方を振り返る。もう消え入りそうな竜来に、柚子は必死に叫んだ。
「ユーキは、竜来みたいなキャラにしようと描いたんだ! だから恵まれない奴の気持ちも汲んだ、本当の意味のヒーローになった……竜来がユーキを作ったんだよ! それに……」
柚子は続ける。
「竜来は、必死で変わろうとしてたじゃんか! 最期まで変わろうと諦めなかった……! 竜来は、竜来の心はもう、ヒーローだったんだよ!」
柚子の言葉を聞いた竜来は、ハッと目を見開いた。そして、もう朧気になったその瞳から一筋の雫が流れたのが見えた。
「オレ、ヒーローか。ヒーローに……なれてたのかな」
竜来の涙を、柚子は初めて見た。
————何故あの頃、深く向き合えなかったんだろう。もっと深く知ろうとすれば、何か変わったかもしれないのに。何故誰も、竜来の涙に気が付かなかったのだろう。自分が最終回を早く描けば、何か変わったのだろうか。もっと早く竜来を変えられれば、周りに助けてくれる人が出来たのだろうか。そうしたら助かったのだろうか————もう戻らない「あの時」が柚子の思考を駆け巡り、気づけば涙が溢れていた。
「俺、忘れないから! 竜来が本当に好きだったもの、本当は苦しかったこと、夢を…………竜来が生きてたことを! 変わろうと藻掻いていたことを!」
柚子の言葉を聞いた竜来の顔はもうほとんど消えかけていて、その表情は分からなかった。とうとう崩れた精神世界から見えたのは、淡く光る青空だった。雨は止んだのだ。
崩れゆくシャダーラから落ちていく柚子を、浮遊魔法で来たユーリが受け止める。柚子は顔を両腕で抑えていた。
「ごめん、竜来、あの時何も出来なくて。一緒に大人になりたかっただろう……なりたかったのに」
ユーリは静かに、柚子を地面に降ろした。駆け寄ってきた千賀も小春も、柚子に声をかけられなかった。全ての闇が青空に還っていった校庭で、柚子の泣き声だけが響いていた。




