蘇る思い出
なんの光も感じられない暗闇の中、竜来はゆっくりと姿を現した。
「またお前か…………」
竜来が鋭い目で柚子を睨みつける。それはこの世界に対する全ての憎しみが込められたような、そんな視線だった。
「いらない、いらない、もう全部いらない……‼ みんな消えればいい、お前も、消えろ‼」
竜来から紫の光が燃え上がるように発せられる。柚子はビニール袋からそっと下剋上ヒーローの原稿を出し、激昂する竜来に見せた。
「これ、覚えてるか?」
「それは…………! 下剋上ヒーロー…………⁉」
竜来の怒りの炎は少し落ち着き、柚子の元に近づいて来た。下剋上ヒーローの表紙をまじまじと見た竜来は、柚子と少し距離をとって再び睨みつける。
「何でお前がこれを持ってんだ? これはゆずのものだ! ゆずに何かしたのか⁉」
竜来はやはり今の柚子を認識出来ないようだった。柚子は少し間を置いて答える。
「俺は……あれだ……柚子の親戚…………親戚のお姉さんだ! これは柚子に借りてきた」
それを聞いた竜来はまきまじと柚子の顔を見つめる。しばらく見つめられた柚子が、なんとなくニッと笑った。
「確かにそっくり……笑った顔が一緒だ。親戚だったんだ」
竜来はそう納得すると、少し落ち着いたようだった。でもすぐにまた、疑問を口にする。
「何でゆずは来ないの? オレのこと、嫌いになったの……? 何で漫画だけ持ってきたの?」
柚子は屈んで、目線を竜来の頭の高さに合わせた。そして安心させるように笑いながら答える。
「柚子は熱がちょっと四十度くらい出て来られなかったんだ。でも、漫画を竜来に見せてほしいって頼まれた。出来たんだよ、下剋上ヒーローの最終回」
「え⁉」
竜来は戸惑って、目を丸くした。柚子を見つめるその瞳は、だんだん潤んできたようにも見えた。
「ほんとか……?」
「本当だよ! 一緒に読もうぜ、下剋上ヒーロー‼」
柚子と竜来は、おさらいも兼ねて一話の冒頭から読むことにした。漫画を下に広げ、一緒にのぞき込む。
「宇宙を股にかけヒーロー達が活躍するコスモワールド————なんか懐かしいな!」
漫画を読み始めた竜来は、ワクワクした瞳をしていた。柚子は昔の竜来に戻ったみたいで少し嬉しくなりながら、一緒に読み進める。
貧乏な星プアラから、みんなで金持ちの星々の大星に行って泥棒をするユウキ。プアラの子供達に盗んだお金で手に入れた食べ物を配っていると、ヒーロー募集の広告を目にする————
竜来は一話に目を通すと、一度顔を上げた。
「やっぱヒーローがドロボーって変なの! ゆずって何でこんなこと思いつくんだろう」
ニカニカ笑う竜来に柚子が答える。
「竜来が悪い奴にしか感情移入しないから、必死に悪い設定を考えたらこうなったんだ。ある意味竜来のおかげだな」
「ん? 何で分かんのそんなこと?」
「……って、柚子が言ってた」
その言葉を聞いた竜来は、ぱあっと嬉しそうに微笑んだ。
「そうなんだ! じゃあオレのおかげだな!」
「……そうとも言えるかな」
手柄を取られそうになったので若干言葉を濁したゆずは、大人気ないような、でも同級生だしなという複雑な気分になった。
竜来を見ると、得意気になって体を揺らしている。しかしそれでも、この暗闇が浄化されるような気配はない。笑っていても心に闇を抱えている——それは、生きている時も同じだったのかもしれない。
「続き読もうぜ! 次はバディラとの出会いの話か!」
二話はユウキの初仕事、宇宙怪獣バディラとの戦いだ。バディラはプアラ星から出てくる骨のような鉱物「ボーノ」が大好物だ。そのためプアラ周辺でよく暴れるので、駆除の依頼が来た。ユウキはバディラに「あっ! あそこにボーノが!」という古典的な嘘で騙し討ちをする。
「このユウキの『ダマシウチパンチ!』が、その後に必殺技になるとはな!」
「いい必殺技だろ」
「ああ! 最強の必殺技だ!」
その後ユウキがバディラを仲間にする展開を迎え、二人は二話を読み終えた。
久しぶりに読み返した竜来は、ユウキの初バトルを思い出して興奮した様子だった。ユウキの真似をして柚子にダマシウチパンチをしようとしたが、柚子は大人気なく引っかからなかった。
「マカロンで引っかかると思ったのに。お前はマカロン好きじゃないの?」
「大好きではあるが引っかかるほど単純じゃない。俺はバディラみたいにアホじゃないからな」
「ひでえな…………」
竜来はつまらなさそうに座り直すと、今度はしみじみ落ち着いた様子で語り始めた。
「でも最初読んだときはさ、卑怯なユウキカッケーってだけだったんだけどさ、今読んだら違うんだ」
柚子も竜来の横に座り直し「何が?」と尋ねる。竜来は少し見上げながら答える。
「ユウキがバディラを仲間にした意味が分かった気がする。この後バディラはユウキの最高の相棒になっていくだろ。それは、大金もらうより大事なことだったんだ。あの時ゆずが言ってた意味がちょっと分かったよ」
「…………やっとわかってくれたか」
「何でお前にそんなこと言われなきゃなんないんだ……」
その後も、二人は一緒に読み進める。ユウキに初めてヒーローの友達が出来る話に入った。
「隣の星のヒーローの、ネイバーとケンカする話だ! ここわりと好きだったんだ! ヒーロー同士でくだらないことでケンカが始まったから、面白くて」
ユウキはネイバーとのケンカでも容赦なくダマシウチパンチを使う。伸び切ったネイバーに、ユウキが放つ決めゼリフ。そのシーンを竜来が指さした。
「「何と言われようと、勝っちゃったもん勝ち! それが俺のヒーロー道だ!」」
二人は声を揃えると、顔を見合わせて笑い合った。そこにいたのは紛れもなく————あの頃の小学一年生の二人だった。
そして物語はアキラ…………ユウキのかつての泥棒仲間であり親友のアキラと、完全に道を分かつ話に入っていく。
ユウキが一緒にヒーローをやろうと誘い続けて来たアキラが、ヒーロー協会の最大の敵組織クリムゾンに入る……アキラはヒーローになれなかった、両親を死に追いやった大星の人間達を、世界を、許す事が出来なかったのだ。
「アキラ…………」
竜来は最初読んだ時よりも、ずっと感情移入している様子だった。没頭して読んでいる竜来を柚子が見守る。一通り読み終えた竜来が、おもむろに口を開いた。
「今は、前よりアキラの気持ちが分かるよ。オレも世界を、家族を許せない。オレは、どのみちヒーローにはなれなかったのかもな…………」
そう呟く竜来に、柚子は掛ける言葉が見つからなかった。
話は竜来を心変わりさせた、心に闇を抱える大星の少年ウィリーと出会ったユウキが、大星の人間も自分達と同じなんだと葛藤する回へと進む。
「オレはここで、恵まれたやつにも悩みがあるのが分かった。ウィリーは辛かったって、また思った。でもやっぱり…………羨ましいな」
「羨ましい?」
柚子が尋ねると、竜来が少し間を置いて答える。
「だってウィリーは、それでも大人になっていくから。生きていけるから」
「竜来…………」
その後ユウキは、分け隔てなく人を助けるようになっていく。そして二人は、柚子が小学一年生の時描いた分を読み終わった。
「とうとう最終回だな……ここからは新作だぞ」
柚子の言葉に、竜来はドキドキしてきたのか急に正座になった。そして、柚子がゆっくりと小学一年生の時描いた最後の紙をめくり、新しいページがお目見えする————しかしそれを見た竜来は、かなり驚きのけぞった。それから何度も原稿に顔を近づけ観察する。
「おかしい! おかしい! これゆずが描いたんじゃないだろ‼」
「は?」
「絵が上手すぎる!!!」
最終回は、高校生の柚子が描いた。言うまでもなく、この十年漫画を描き続けた柚子の画力は飛躍的に上がっている。時間がないので雑に描いたとは言えど、デッサンの正確さは雲泥の差だった。
ここで疑われるというまずい状況だったが、柚子は嬉しさが勝ったのか少し得意げになった。鼻に指を当てる柚子に対して、混乱中の竜来が尋ねる。
「ゆずが描いたってウソだったのか⁉ これプロじゃん!」
「そんなにほめても何も出ないぞ」
「何言ってんだ⁉ どういうことなんだよ」
喚く竜来に、柚子は窘めるように言葉を返す。
「あのなあ、柚子はあれだよ、頑張ったんだよ。竜来がいなくなってから、すごく頑張ったんだ」
柚子の話を聞いた竜来は、一瞬納得しかけた。しかしすぐに、いやいやいやいや……と否定する。
「いやいや絵って上手くなるのにいっぱい時間かかるんじゃねえの⁉ それこそ大人になるくらい……」
竜来は柚子の顔を見つめたまま、急に静かになった。
そして、真顔になって呟く。
「そっか…………そうだったんだ」
「ん? どうした?」
竜来は柚子の言葉には返さず、原稿の前に戻っていった。そして正座して原稿を見つめる。
「読むよ。頑張って描いてきたんだろ? あんなに悩んでたのにな……」
「おお! 読んでくれる気になったか!」
そうして竜来は、下剋上ヒーローの最終回を読み始めた。




