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十年前の約束

「あのシャダーラを統べる霊は、柚子の顔見知りだったようだな……」

 シエルカの言葉に、まだ座った状態のユーリが頷く。

「ああ……私はあの少年の絶望に耐えられず、少年の最期のところで視るのをやめてしまった。親しい者だったのなら…………尚更辛かったはず。しかし、柚子は希望を見失わなかったようだ」

 そう言いながらゆっくりと立ち上がると、ユーリは柚子が行った方向を見つめた。

「柚子の上級武器を使いこなす、強さの意味が分かったかもしれない。器とは、折れない心……心根の芯の強さなのかもしれないな」

 シエルカがユーリと同じ方向を向く。「そうかもしれないな……」

 そう返すと、シエルカは「さて」とユーリの方を向き直した。

「第二部隊は三百名以上参加しているが、負傷者は出したくないのかあまり戦いに積極的ではないようだ。どんどん押されてきている。この世界の住人への避難の勧告を優先してやった方がよさそうだな……頼んだぞ、ユーリ」

「ああシエルカ、手分けして麓近くの民家を誘導していこう」

 そう話し合うと、ユーリとシエルカは、周りの隊員達に指示を始めた。





 空から高速移動で自宅に向かう柚子は、千賀と小春に連絡を取っていた。住民の避難を異世界から来たユーリ達だけに任せるのは心配なので、二人にも協力してもらおうと思ったのだ。

 トークアプリのグループ通話を利用し、二人に現状を報告する。またトークの画面には、魔導具に乗る前にスマホで撮影したドラゴンシャダーラの動画を載せた。

「なんじゃこりゃ〜〜、紫の目ん玉がどんどん近づいて来てるのしか分からん……気持ち悪っ」

 トーク画面を見た千賀は、柚子のあげた動画への感想を呟いた。

 柚子がそれに返す。

「スマホのカメラじゃこれが限界だったな……とにかく、このシャダーラが街の方に向かって来てる。住民が避難するように持っていってくれないか?」

「えええ⁉ こっち来てんのそのバカでかシャダーラ⁉ 最悪最悪最悪最悪最悪……」

 千賀が狼狽えた声を出す中、小春が柚子に尋ねる。

「でもどうすればいいのかな? この映像、SNSにあげてみる?」

 柚子はう〜んと少し唸り、それを却下する。

「いやだめだ。フェイクニュースで片付けられる可能性もあるし、避難より先に大きな混乱を招く可能性の方が高い……警察とかに言ったほうがいいかもしれない」

 柚子の意見に対し、千賀が話に入ってくる。

「でも信じてくれるかなあ〜。シャダーラなんて、まだまだ都市伝説扱いだし、どう説明したらいいか分かんないよ!」

 千賀の言葉に柚子が返す。

「説明しなくていいよ」

「へ?」

「とにかく映像を見せて、謎の光る物体が街に近づいてきてるって言えば、とりあえず警察は影山まで様子を見に来るだろう。実物と対面すれば、警察も危険だと勝手に判断するだろうし」

 柚子の言葉に、小春が「なるほど……」と声を漏らす。

「じゃあ私達は最寄りの交番に向かうね!」

「すまん、頼んだ……! 俺はやらなきゃいけないことがあるから……!」

 そう言って柚子は通話を切った。

 通話を終えた柚子はすぐさま、下剋上ヒーローのクライマックスについて想いを巡らせ始めた。

 ユウキとアキラの決闘……しかし今の世界を恨んでいる竜来は、ユウキといえどヒーローに感情移入出来るのだろうか……? 柚子はそこが気がかりだった。

「今の竜来はアキラの方に感情移入するんじゃないか? じゃあアキラを勝たせた方がいいのか……いや、それだと悪を……今の竜来の心を肯定しかねない。どうすればいいんだ……」

 そうこう悩んでいるうちに、柚子は家に着いてしまった。結局、竜来を救えそうな展開は思いつかなかった。それでも柚子は急いで階段を登り、置きっぱなしで出てきた下剋上ヒーローの原稿と向き合う。


 しかし時間だけが経っていった。柚子は拳を突いて、机の上の原稿を撒き散らす。

「クソッ! 何も思い浮かばない……救えるなんて傲慢な思い込みだったのか…………‼」

 そう叫び、項垂れる柚子。しかし落ち着かなければと、すぐに一度深呼吸をする。

 気持ちを落ち着かせているとふと、自分の口から出た言葉であることに気がついた。

「傲慢……そうだ。竜来が俺の漫画にどうして惹かれたかなんて、竜来にしか分からないことだった」

 柚子は下に落ちた原稿を集め始めた。そして整えると、その原稿をじっと熱のこもった目で見つめる。

「俺が分かることは、竜来が、俺が自由に思い描いた展開に希望を感じたってことだけじゃないか……。それなら俺は、俺自身の漫画を描く力を信じるだけだ……‼」

 柚子はシャープペンシルを持つと、スケッチブックに漫画の続きを描き始めた。あの時と同じ、矢印で読み進めるコマ割りで————





「出来た…………!」

 柚子は完成した原稿をビニール袋に入れ、急いで玄関に向かう。玄関で合羽を着ていると、柚子の母親が慌ててやって来た。

「柚子ちゃん! こんな時間にどこ行くの? もう夜の十一時前よ」

「お袋……」

 柚子は今まで母親にもシャダーラの話はしていたが、実物を見ていない母親は柚子の新しい漫画の設定だと勘違いしている様子だった。ここで説明している時間はない…………そう思った柚子は、母親の方を見て、ただニッと目一杯の笑顔を作った。

「大丈夫! ちょっと十年前の約束を果たしに行くだけだ!」

 そう言って柚子は家を飛び出し、高速移動の魔導具で夜の雨空の中に飛び立っていった。





 急いで先ほどまでいた影山の麓の方に向かう柚子。もう時間はユーリ達に言った三時間を過ぎ、四時間近くが経っていた。それでもスケッチブック十二枚分の原稿をこの短時間で描きあげたのは、凄まじい集中力だった。

 柚子が影山に向かう中、トークアプリの着信が鳴った。千賀と小春のグループからだ。

「もしもし! どうした!」

「あっ、柚子! 私達ね、今、ユーリさん達と合流してドラゴンシャダーラの近くにいるの」

 小春の説明のすぐ後に千賀の涙声が響く。

「柚子うううう、なんでいないのよ! 早く来てよ 早く何とかして……ほんと早く何とかしてええ」

「二人とも何でそこにいるんだ⁉ 住民の避難はどうなった?」

 柚子の疑問に、千賀が涙声で答える。

「警察行ったよおお。そしたら影山の麓の民家付近で怪しい制服の集団が住民に声かけしてるからちょうど行くとこだったって! で、付いて行かされて今ここにいる……帰りたいよおおお。警察もバカでかシャダーラ見たら住民避難させ始めたから住民は逃げたよ……羨ましい……」

 千賀の話に小春も加わる。

「私もそんな感じで……千賀と合流した時、千賀帰りたいって喚いてたんだけど、柚子は戦わなきゃだからって引き止めちゃった……。シャダーラどんどん街のほうに来ちゃって……今は藤影市の二小のグラウンドにいるの。そこでようやく動きが止まって……」

「二小⁉」

 二小とは、柚子と千賀の母校である藤影市立第二小学校だ。柚子は困惑しながらも、二人に返事を返す。

「分かった! ありがとう!」

 急速に方向転換すると、柚子は竜来との思い出が残る二小へと向かった。


 二小の周りには何台ものパトカーが止まり、空にはヘリコプターも飛んでいた。グラウンドのライトも点けられていたため、校庭の真ん中に佇むドラゴンシャダーラの輪郭は今やはっきりと分かった。

 柚子がグラウンドに入ると、大雨の中で堂々と————漆黒の巨竜は君臨していた。

 グラウンドに着地し、魔導具から降りていると「あっ」と小春が気が付いた。小春と共に、ユーリと千賀の二人も柚子の元に走ってくる。

「おぞいよおおおおおおおおおおおおおおお‼」

 真っ先に泣き喚いた千賀は、柚子に抱きついたかと思えば肩をつかんで揺さぶり始めた。その光景に若干引きつつ、ユーリも柚子の元へ近づく。

「待っていたぞ、柚子!」

「ああ、ずいぶん待たせてしまったな……。だが、魂を込めた作品は描いて来た」

 柚子はビニール袋に入った原稿をユーリに見せる。

「これで、あの少年を……助けられるのだな?」

 柚子は一瞬俯き、しかしすぐに顔を上げ、精悍な顔つきをした。

「竜来の心を救えるか……それは分からない。ただ、俺はこの作品を竜来に届ける、絶対に……!」


 隊員達に浮遊用の魔導具や武器を用意してもらい、再び精神暴露術の準備に取り掛かる。

 魔導具を靴にセットしながら、柚子がユーリに話しかけた。

「今回は左目のサポートは不要だ。下でみんなと被害が拡大しないように見守っていてくれ」

「…………サポートと言っても役に立たなかったかもしれないが、しかし一人で大丈夫か?」

 ユーリが少し心配そうに尋ねると、柚子は少し笑顔を見せた。

「大丈夫だ。今回は相手が竜来と分かってるし、それに…………」

 柚子が続ける。

「友達として、俺は一対一で竜来と話したいんだ」

 真っ直ぐな目でそう言った柚子を見て、ユーリが笑う。柚子が不思議そうに見ていると、ユーリが返した。

「すまん、すまん。君らしいと思ってな。じゃあ友達との最後の時間、しっかり話してこい」

「ああ‼」


 ユーリの攻撃と共に再び精神暴露術を使った柚子は、下剋上ヒーローの原稿を持って、竜来の元に消えていった。

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