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古代の禁術

 ユーリの話に、周りの隊員達は酷く狼狽え始めた。

「霊とは一体なんなんだ……」

「そんなもの、倒し方の検討もつかないぞ……」

「もうじき夜になるのに……」

 柚子が空を仰ぎ見る。夏至が近いと言えどもう十九時前。曇っているのもあり、真っ暗になるのも時間の問題だった。

 柚子は夜の討伐に参加したことは無かったが、難易度が上がるのは容易に想像できる。全身真っ黒なシャダーラは、夜の闇に溶け込んでしまうだろう……視界面だけ考えてもかなり不利だ。

 ざわついた空気の中、少し落ち着いて来たユーリが、シエルカの手を取りながら立ち上がる。

「皆、落ち着け! 夜に戦闘することにはなるが、幸い奴の動きは大人しい! 皆で考える時間はあるだろう。シャダーラを統べている正体も大方見当がついた。霊についてはこの世界の柚子もいる。皆で方法を考えれば必ず……」

 ユーリが隊員達を鼓舞していた、その時。


「ガオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 突然の雄叫び…………それは先ほどまでより威力を増していた。それと同時に、ドラゴンシャダーラの動きが活発になる。日が完全に沈んだのだろうか、辺りは真っ暗だった。

 酷く怯える隊員達の中、柚子がユーリの方に駆け寄ってきた。

「シャダーラは、夜になるとパワーアップするのか?」

 柚子の質問に、唖然としてドラゴンシャダーラを見上げていたユーリが答える。

「……あり得ない。霊はどうなんだ」

「霊は……夜に活発なイメージはあるな」

「最悪だ…………」

 ドラゴンシャダーラは一通り雄叫びを上げた後、こちらに向かって移動を始める。

「おいユーリ‼ 指示を出せ‼」

 シエルカの叫びにハッとしたユーリが周りの隊員達に呼びかける。

「皆、一旦麓の方に退却しよう! そこで態勢を整え————」

 しかし、時既に遅かった。

 ドラゴンシャダーラが、大きく腕を振り降ろしたのだ————ドラゴンさながらの大きな爪と手……巨体から放たれたそれは、舞い上がる凄まじい瘴気と共に多くの隊員を飲み込んでいく。結果少なくとも二十人の隊員が、瘴気に当てられ動けなくなった。

「しまった、どうすれば…………」

 自分のミスにより戦力を大きく失ったユーリは動揺していた。しかしそんなことは関係なく、どんどんシャダーラは近づいてくる。嵐の中、その場はパニック状態に陥っていた。

 柚子もユーリの横で考え込んでいた。霊はこちらの世界のものだとしても、柚子はそっちの情報に詳しくはない……思考を巡らせるが、何もいい案が出てこなかった。

 そんな中、柚子達の近くにいた隊員が、ふと呟いた。


「精神暴露術…………」


 柚子が隊員の方を見て尋ねる。

「なんだそれは?」

「シャダーラの感情を浴び、それを収め、浄化する……古代魔術です。霊がシャダーラと似た性質……いや、それ以上に意思があるのなら、使えるのでは……?」

 柚子と隊員の会話を聞いたユーリが、慌てて話に入ってくる。

「何を言っているんだ、あれは禁術だぞ。使った者は次々精神を病み、禁止されたと言われている魔法だ」

「でも、魔導具は残ってますよね? ゼリオティアネス・オブ・セイント・ファルシオンが使えた柚子ならもしかしたら……」

「馬鹿を言え! 古代魔術は理由があって禁止された経緯がある。器で決まる上級武器とはまた話が違うぞ!」

 ユーリと隊員が言い合っていると、そこにシエルカがやって来た。

 シエルカは短い顎髭を触り、少し考える仕草をした。

「一理あるな……」

 シエルカの呟きに、ユーリは驚愕した表情を見せる。

「シエルカ……正気か?」

「十分正気だ。そもそもこの状況が正気じゃないだろう。このままじゃ全滅するぞ」

 こうしてる間にも、ドラゴンシャダーラはこちらに近づいてきている。いつまた攻撃されてもおかしくない状況だった。

 悩む間もないユーリは、クソッ! とひと言叫ぶと、真剣な表情で柚子に尋ねた。

「柚子、今回は賭けではすまない。確実に君は大きなダメージを受けるだろう。それでも、頼まれてくれるか…………?」

 この一連の会話を聞いていた柚子は、それでも、すぐに答えを返した。

「ああ、任せろっ‼」

 柚子の力強い返事と共に、セイクリッドから精神暴露術の魔導具を調達する準備が始まった。

 今回の魔導具は転送魔法ではなく手渡しで来るとのことだった。ゼリオティアネスの剣は転送魔法陣の上に置かれているのですぐに持ってこれるのだが、今回の魔導具は保管庫に仕舞い込まれているからだ。

 魔導具が来るまでの間、柚子は大剣で攻撃を凌ぎ、ユーリ達は瘴気で動けなくなった隊員の救助と全体の避難を促した。

 四十分ほど経った頃、ユーリ達の前に光の境界が出現しだした。ユーリは魔導具を受け取るため、そこに近づいた。

「ようやく来たか……! ……んん?」

 裂け目から現れたのは、なんと大勢のエクソシスト達だった。エクソシスト達は専用の雨除け服を身につけ、続々と入ってくる。そのなかの一人、先頭にいる金髪をハーフアップにした中年男性が口を開いた。

「シエルカから話は聞いた。我々第二部隊は、第三部隊の応援として参った。……お前は妙に王から気に入られているからな。全く、異世界など捨て置けばいいものを…………」

 愚痴愚痴と苦言を呈しているのは、第二部隊部隊長のローディカルテだ。セイクリッド内の有事を任される第二部隊が、第三部隊担当の異世界に来るのは異例中の異例だった。

 ローディカルテはユーリに、煌めいた星のような造形の古びたペンダントを渡す。

「これが精神暴露術の魔導具だ。手にするのもおぞましい。さっさと受け取れ」

 精神暴露術の魔導具には、他の魔導具のように魔法陣は描かれていなかった。

「これはどのように使うんだ?」

「ある呪文を唱える。とにかく先ずは受け取ってくれ」

 ユーリはローディカルテから呪文の内容を聞いた後、柚子の元にやってきた。

「このペンダントを身につけ、対象に向かって呪文を唱えるらしい。」

 ペンダントを受け取った柚子が首にかける。

「いいか、呪文は——————。」

 ユーリの説明が終わる頃、隊員達が半円状の手の平サイズの板二枚と、ユーリのいつもの大鎌を持ってきた。ユーリは板を一枚柚子に渡す。そこには魔法陣が描かれていた。

「これが浮遊魔法の魔導具だ、靴の中に入れて使う。足にしか魔法がかからないから浮遊するのに少しコツがいるが……逆立ちにならないように気をつけるんだぞ」

 魔導具の板を靴の中の踵部分に入れながら、ユーリが話を続ける。

「敵の本体は額にある。幸い目が光っているから位置が分かりやすい。私と浮遊魔法でそこに向かおう。あと、他のシャダーラに術がかかったら厄介だからな。私がトゥルノワール・ゴッドサイスで攻撃した隙に、確実に霊を狙え」

「分かった」

 二人は浮遊魔法を使い、ドラゴンシャダーラの額に向かう。飛び上がった瞬間バランスを崩しかけた柚子だったが、持ち前の運動神経ですぐバランスを整えた。

 額に向かう間、ユーリが柚子に話かける。

「君が精神暴露術を使っている間、私も左目でサポートしよう。可能かどうかは不明だが、私の視る力は精神暴露術と通ずるところがありそうだ」

「大丈夫なのか? さっき、かなり苦しそうだったが」

 柚子の心配をかき消すように、ユーリが伏し目で微笑む。

「なあに、問題ない。それに少女一人に大役を任せては、第三部隊長の名が廃る」

 ユーリの言葉に、柚子はニッと笑顔を返す。

「フッ、それは心強いな」

 そして、二人はドラゴンシャダーラの額の前に来た。

「行くぞ!」

 ユーリが勢いよく漆黒の大鎌を振り、額の周りのシャダーラが光の粒に変わる。霊の形が見えたその一瞬の隙に、柚子は呪文を唱えた!

「【ドゥヴァエフネゼーレ】‼」

 その瞬間————柚子は夜の空から姿を消した。

 ユーリがおもむろに眼帯を取りながら、修復していくドラゴンシャダーラを見つめる。

「任せたぞ…………」


 ————その空間は、暗闇だった。

 今までいた夜の景色とは違う、さらに深い闇。何も見えない中、柚子がキョロキョロしていると、目の前に一人の子供の姿が浮かび上がってきた。

「誰だ……オレの心の中に入ってきたのは?」

 険しい表情で柚子を睨みつける小さな少年。————それは、朧気だが、でも柚子のよく知っている顔だった。

「竜来………………?」

「なんでオレの名前を知ってる……お前は誰だ⁉」

「俺は…………っ!」 

 その時、竜来の霊から紫の禍々しい光が、激しく燃える炎のように放たれ、柚子の中に竜来の記憶が流れ込んできた。

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