ドラゴンシャダーラ
「ドラゴン……とはなんだ?」
柚子が漏らした言葉に対し、ユーリが問いかける。巨大なシャダーラを呆然と見上げていた柚子は、ユーリの方に向き直した。
「俺たちの世界で語り継がれる伝説上の生き物だよ。今目の前にいるシャダーラは、ドラゴンにしか見えない姿だ……。でもそれより、合体ってどういうことだ? 今までにこんなことはあったのか?」
柚子の質問に、ユーリは難しい表情をしてをして答える。
「合体……それはそのまま、一つの生命体のようになってるという意味だ。私が左目で確認した際、四千体の気配は確かにした。しかし個々が独立している様子ではなく、上部にある何かを中心に結合しているようだった。信じがたいことだ。もちろん見たことも聞いたことすらない。」
ユーリは額に手を当て、とうとう頭を抱えだした。
「この世界に来てから前例のないことばかり起きる…………一体どうなってるんだ君の世界は」
「俺に言われても……」
若干困惑する柚子に、ユーリは気を取り直して指示を出す。
「とにかく、このドラゴンとやらに似たシャダーラ……とりあえず【ドラゴンシャダーラ】と呼ぼう。前例はないが、物は試しだ。前使ったアレで攻撃してみてくれ」
「ゼリオティアネス・オブ・セイント・ファルシオンか。分かった」
またあの大剣が使えるのか。柚子は内心すこぶる気分が高揚した。ワックワクで決めゼリフを考えていると、ユーリが目を半分に細めて忠告してくる。
「いつもの前口上は無しで頼む。今回のは長くなりそうな予感がするからな……。ドラゴンシャダーラが暴れ出す前に、さっさと消滅させてほしい」
上機嫌だった柚子の表情は一気に真顔になった。
「チッ。了解した」
「……貴様、今、舌打ちしなかったか?」
なんだかんだと二人がやり取りしていると、一人の隊員が転送用の魔導具を持ってきた。
「じゃれ合ってる場合じゃないですよ! あのシャダーラ、怖すぎるんでさっさと倒してください」
「どこをどう見たらじゃれ合ってるように見えるんだ!」
少々ご立腹のユーリを放置し、柚子はそそくさと魔導具の石盤の前にスタンバイした。
数分後、石盤の上に剣の柄が現れる。
「待ってたぜ、ゼリオティアネス・オブ・セイント・ファルシオン【堕天使の聖片手剣】…………!」
柚子は早速、出てきた大剣の柄を手にした。一ヶ月半前と同様、嵐のような突風と共に長大な光の柱が出現する。
吊り橋に向かって走っていく柚子に、ユーリが叫ぶ。
「柚子、雨で滑りやすくなっている! 吊り橋から落ちないように気をつけるんだぞ」
「分かってる! こんなとこから落ちたらそれこそ死ぬからな」
柚子が吊り橋を走り出した時、それまで大人しくしていたドラゴンシャダーラが動き始めた。
「ウォオオオオオオオアアア!!!」
とてつもない雄叫びが、辺りに響き渡る。近くにいれば鼓膜がやられそうな大きさだが、その声は他のシャダーラ同様甲高い子供のような声だった。柚子の動きが一瞬止まる。
「この声、どこかで聞いたことがあるような……」
「柚子、早く攻撃しろ!」
ユーリの声にハッとなった柚子が剣を構える。そして勢いよく剣を振り当てた。
五メートル以上の大剣といえど、数十メートルあろうかというシャダーラにはほんの一部分にしか当てられなかった。しかしこの大剣は風を起こす能力がある。
猛烈な風が神聖な光と共にドラゴンシャダーラの足元を包み込んでいく。ドラゴンシャダーラの脚部分は、いつものシャダーラと同様に光の粒に変わっていった。
「よし、とりあえずこれで……」
ところが、柚子が喜んだのも束の間……そのまま消えていくかと思われた光の粒は黒く変色し、すぐまたドラゴンシャダーラの一部に戻っていく。
距離を置いて周りで見ていた隊員達は、酷く動揺した。
「そんな……」
「どうすれば…………」
隊員達が次々に不安を口にする一方、柚子はL字にした親指と人差し指を顎に当てて考えていた。
「う〜ん、これは新しいパターンだな……。でも元に戻るなら、その前に全て散らせばいいだけだ!」
そう言うや否や、柚子は光の大剣を下から上に思いっ切り振り始めた。すると、大剣から生まれる風は上に登っていく————これによりシャダーラ全体にゼリオティアネスの風を浴びせることができた。
「この戦いの最中よく考えたものだ……」
ユーリが感心しながら、光の粒に変わっていくドラゴンシャダーラを見つめる。
橋を中心に全方向に風を当てられたシャダーラは、とうとう原型を無くした。全てが光の粒に変わっていくシャダーラに、隊員達は歓声を上げていった。
しかし。
「やはりあそこに、何かあるのか……」
光に変わっていくドラゴンシャダーラの上部に何かが残っているのを、ユーリは見逃さなかった。
そして、全ての光の粒は再び黒く変色し、ドラゴンシャダーラを形作っていく。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオ‼」
再生を歓喜するように、ドラゴンシャダーラが雄叫びを上げる。その光景に、辺りの隊員達は一気に絶望感に苛まれた。
重々しい空気の中、ユーリが柚子に指示を出す。
「柚子、一旦退却しろ! どこまで出来るか分からないが…………ドラゴンシャダーラについて、もう一度左目で分析してみる」
「分かった!」
柚子が吊り橋から戻ってくる間、ユーリは思考を巡らせた。最初に左目で見た時に気づいたのは、シャダーラ達がドラゴンシャダーラの上部……額にあたる部分を中心に結合していたということだ。そこに何かあるに違いない————今回ユーリはその部分を中心に視ることにした。
眼帯を外し、左目に意識を集中する。
普段なら数十秒ほどしか使わない左目だが、この危機的状況にユーリは何か分かるまで視続けようと試みた。五分ほど視続けた頃、ユーリはあることに気がついた。
「なんだこれは……シャダーラではない…………? …………うっ!」
ユーリは胸を押さえて倒れ込んだ。そこに、退却していた柚子が帰ってくる。
「ユーリ! どうした⁉」
ユーリに駆け寄ろうとする柚子を、近くにいたシエルカが制止した。
「左目の力を使いすぎたんだ。あれは体に負担がかかる」
少しすると、ユーリはぎこちない動きで起き上がった。ユーリの指示を待って集まっていた皆が心配そうに見守る中、ユーリが口を開く。
「私は大丈夫だ。それよりドラゴンシャダーラの…………核にいる何かの性質が少し分かった」
ユーリが続ける。
「あれはシャダーラではない……感情の残骸が動いてるだけのシャダーラとは違い、明確な意思を持っている。しかし生きているようには感じられなかった……我々の世界には存在しない何かだ。おそらくあれは『霊』————この世界に存在すると言われる、霊だ」




