第二話 倫理観崩壊宰相
手を後ろに回して縄をかけられ、来ていた制服は脱がされ、裸とまではいかないがほとんど下着だけの恰好で馬車の荷台に放り込まれた俺。
現実世界が冬であったため厚着をしていたことが功を奏したのか、上半身はTシャツ姿で許してもらえた。
それよりも馬車の荷台は異常なまでに揺れる。道が舗装されておらず、馬車のタイヤも綺麗な円形ではないのだろう。揺れる、揺れる。それはもう吐きそうなほどに。
しかし目の前で馬車の座席に座っているこの女はさほど気にもしていない様子でくつろいでいた。
「さて、おぬしには聞かねばならぬことがたくさんある。正直に話さねば、そのまま道に棄て行くゆえにな」
「だから俺はずっと正直に話してますって」
「しかしどのような文献にもニホンなどという地名は存在せぬ。他の大陸に関することも、創世書紀に記述があるはずであるがそこにも載っていなかった」
「…あなたが知らない可能性だって」
「この世の智はすべてここに詰まっておる。つまりわらわの知らぬことは事実ではない」
おそらく”ここ”とは自身の頭を指して言っているのであろう。くっそ傲慢な女だ。
俺の生死がかかった状況において、そのような冗談を言うなんてありえない話である。しかし見たところ、世界観は中世かその辺り。ならば倫理観が俺の世界と違っていても不思議ではない。
とにもかくにもまずはこの縄をほどいてもらい、人並みの待遇を受けさせてもらわないと。
もしかすると死ねば戻るかもしれないが、もはやここまでリアルだと死んだらそこで人生が終了しそうで、自暴自棄にもなりにくい。
よって俺が出した結論は、とにかく生きるために最善を尽くしてみる。である。
「何か言いたそうな顔をしておるな、小僧」
「こ、小僧!?」
「小僧でなければなんと呼べばよい。わらわはおぬしの名など知らぬし、興味も無い。ただ我が主の領国内で怪しげな輩を捕らえたに過ぎぬのだからな。罪人の名などいちいち覚えてはおらぬものよ」
そう言って随分と派手な扇子を開き、一人優雅に涼しみ始める。
こちらは炎天下の中、荷台に放り投げられた状態で身動きも取れないというのに。
「俺の名前は高柳泉です。高柳でも泉でも好きに呼んでください」
「タカヤナギ?イズミ?なんとも呼びにくい名前。それも印象に残らないように偽名のつもりかしら」
「違いますよ!くそ、スマホさえ取り出すことが出来れば名前を見せられるのに…。ん?待てよ」
そういえばこの世界、よくわからないのが言語についてだ。俺は変わらず日本語を話しているが、相手にはしっかりと伝わっている。
俺のことを最初に見つけた男は、この傲慢な女に角令と呼ばれていた。音だけ聞けば古代中国を彷彿とさせる名前だが、果たして表記は俺の知る漢字なのだろうか?もし仮に漢字ではない特殊な文字だった場合、俺の名が偽名でない証明など出来るはずもない。
というか偽名でない証明なんてそもそも出来ないのではないか?記念に持ち帰っている学生証だって、こんな世界では何の意味も持たないだろうし…。
「もしかして詰んでね?」
「何か言ったかしら?もしかしてわらわの悪口でも言ったのかしら。いつまでもそんな態度だと本当に落とすわよ」
「ま、まさかそんな!」
しかし傲慢な女は俺とさほど話す気が無いのか、かなり長時間無言が続く。その間もどうにか逃げ出すことはできないかと、荷台の上でゴロゴロと転がりながら縄が緩まるように色々とやってみる。
それでもガッチリと結ばれ過ぎているのか、あるいは縄が頑丈なのか。まったく緩む気配が無い。動き疲れた俺は、ついに黙って空を見上げるだけになった。
「大人しくなったわね。逃げることは諦めたのかしら?」
「気が付いていたんですか」
「脱走すれば護衛たちに弓の訓練でもさせるつもりだったわ。生きた人間を討つ機会なんて、この子たちにはそう巡ってこない機会だからね」
事も無げにそんなことをいうものだから、思わず尻がヒュッとする。
「先端に何か柔らかいものをつけてですよね?じゃないと当たったら死んじゃいますよ」
「不審な男が一人死ぬだけよ。大した問題でもないわ」
傲慢で倫理観崩壊女の言葉は、それが決して冗談ではないという謎の説得力がある。またも尻にゾクゾクという感覚が襲ってきて、ようやく理解した。
この女に逆らうことは、ただいたずらに俺の寿命を縮めているだけなのだと。
もう大人しくしておこう。
「ところであなたこそ誰なんですか。俺を見つけてくれた人がさいしょうだとか言っていましたけど」
「宰相よ。この国で内政官の長をしているね」
「…」
冗談の声色では無かった。
おそらく本気で言っているのであろう。よくわからない世界の、よくわからない大陸。その中にあるのであろう国の宰相がこのイカレ具合だ。きっと碌な国じゃない。
「朱雀大陸における最古の一族、陸宗家の当主でもあるのよ。こう見えてもね」
こう見えてがどう見えてのことを言っているのかは不明である。だが今は抵抗などしない。反攻も相手が不機嫌になるような言葉も選ばない。
「威厳が見てとれます」
「馬鹿にしているように聞こえるわ。まぁ罪人に理解される必要もないのだけれど」
どうやら選択を誤ったらしい。
「どうせ死ぬ運命にあるのだから、最期にこの国について教えてあげるわ。もしかすると知っているかもしれないけれど、何度も何度も説明してあなたの頭に刷り込んであげる。死ぬ時までらわらの声がよぎるようにね」
わずかに身体を荷台の方に寄せたのか。声がじゃっかん近くなったような気がする。
それでも身体は前方へと向けられているし、当然こちらに対する配慮なども無い。ただ話したいから話す。本当にそれだけのようだ。
「朱雀大陸は大陸発見から1300年以上が経過した比較的新しい地なの。大陸が発見されると同時に創世神がおわす地より帝が送り込まれ、その御方々によって大陸は繫栄していくのよ。朱雀大陸の帝家は通称太陽帝家と呼ばれているわ」
「太陽帝家、ですか」
「太陽帝家は朱雀大陸の北部に帝都を持ち、その地より大陸を支配しているの。ただし各地の政に干渉されることはほとんど無いわ。最後、生き残った国が帝家の直臣となり以降繫栄していく。しかし内部で分裂が起きると群雄割拠の時代に戻り、再び統一を目指して乱世が訪れる。今はまさに乱世の時代。私の主様が興した海興国もまたそんな乱世を生きる国家の一つよ」
なんとなく世界の全容が見えてきた気がする。
それで俺が今いる場所は海興国という地らしい。まぁこんな狂人女を宰相に据えるような国だ。この身が解放されたら速攻でおさらばしてやるつもりでいる。
出来ればその帝が治める地に行きたいが、北側とはいったいどれだけ北側なのか。そもそも大陸の大きさも分からない。
ユーラシア大陸くらい広いのか。日本くらいのサイズ感なのか。中国を彷彿とされるから、中国ほどの大きさかもしれない。
しかしまだこれだけの情報しか持っていない俺には推測すらも出来ないわけで。やはりこの女から聞き出すしかないのか。
「海興国の王。つまりわらわの主様は白麗様と言ってね。わらわを仕官させるために、何度も王都より遠く離れた我が陸宗家の領地にまでやってきては頭を下げられたの。さすがに三度目の来訪時に折れてしまったわ」
「…それは三顧の礼ということですか?」
「三顧の礼?なに、それは」
地雷を踏みぬきかけたことに気が付いた俺は「何でもない」と首を振る。
「そう。まぁいいわ。以降、わらわは海興国の宰相として、この国を豊かにするために奔走しているというわけ。つい先日久しぶりに生まれ故郷である領地に戻り、そして今に至ると。そういうわけよ」
つまりタイミングがあまりにも悪すぎたゆえに起きてしまった不幸ということか。
「あぁ、それとあなたが無事に王都に入ることが出来れば、罪と刑は我が主様が直々に降すこととなるでしょうね。まぁそれまで無事でいられたら、の話ではあるけど」
「…それはどういうことで」
「王都までまだ三日ほどかかるわ。それまでわらわの機嫌を損ねずにいられるといいわね」
俺の命があまりにも軽すぎる。いや、やはりこの女の倫理観がトチ狂っているのだ。
せめてまだ主様とやらがまともな可能性を信じて、王都まで無事にたどり着くしかない。何が何でもこの女の機嫌を取り続けなければ…。
今投稿も最後までお付き合いしていただきありがとうございます。
次回投稿は未定です。更新をお待ちくださいm(_ _"m)




