6、だれもしらないものがたり
長い長い階段を下って塔から出た一行は近くの村まで戻りました。
「『喜び』をもたらすことなんてあたしたちにできるわけないじゃない。あの騎士みたいに喜べっていったって喜べるわけないわ。他にも人が来たみたいだしその人に任せて春が来るのを待ちましょうよ」
一番に口を開いたのは少女です。そして早く村に帰ろうと少年に言います。
「そうだね。喜べって言われて何もないのに喜べないよね。どんなときに喜びを感じるんだろう」
少年は皆に聞きます。
「オイラはご飯を食べているときかなぁ」
「妾は湖で泳いでいるときかのぅ」
「私は昼寝をしているときですかね」
皆答えますが、ヒントになりそうなものはありません。
「僕が喜びを感じているときは…」
「あんたは村のお祭りでしょ」
少年の呟きに少女が間髪入れずに答えます。幼なじみの少女は、少年が何を考え何を喜ぶかなんてお見通しです。
「僕が祭りを喜んでいるのは君が舞を舞っているからだよ」
少年と少女が暮らす小さな村の一年に一度の小さな祭りで少女は綺麗に化粧をし、美しい衣装を身にまとい、優雅に舞うことを少年はとても楽しみにしており、そして見ることをとても喜んでいたのです。
「ほぅ。お主は舞を舞うのか。妾の歌とあわせるか?」
「それなら私は竪琴を引けますよ」
「オイラは! オイラは太鼓が叩けるよ。でも持ってないから足踏みしてリズムをとるよ」
エルフが荷物から竪琴を取り出しじゃらんとかき鳴らすと、トロールは手を叩いたり足踏みをしたりしてリズムをとります。それにあわせて人魚が美しい声で歌いだしました。
目を丸くしたままの少女の手を取り少年が踊りだします。驚いてなすがままの少女も楽しそうな皆につられて笑顔になり、得意の舞を披露します。美しく踊る少女とは対照的に少年の踊りは下手くそで滑稽なものでしたが、あまりにも楽しそうなので見ていて飽きません。
突然始まった舞踊りに村の大人たちは首をかしげ顔をしかめています。春が来ないのに、何を浮かれているのだと怒っている人もいます。
しかし子どもたちは大喜びです。冬の間は楽しみが少なくて雪遊びにも飽きていました。楽しい音楽と美しい歌声と優雅な舞と滑稽な踊りが身体に響くリズムに乗って現れたのです。村中から子どもたちが集まり手拍子や歓声を重ねて大きな輪になっていきます。
子どもたちが笑顔になると冬の間鬱屈していた生活を送っていた大人たちにも徐々に笑顔が浮かび始め、そして日が暮れる頃にはしかめっ面をしていた大人たちはいなくなり村中に喜びが満ちていました。
「久しぶりに笑ったよ。ありがとう」
村長さんに言われて少年は笑顔で答えます。
「ううん。僕たちに出来ることがわかったよ。こちらこそありがとう」
それから少年たちは踊りをしながら村々を回りました。最初はどこも歓迎なんてしてくれません。トロールと人魚とエルフがいるので怪しんでいます。でも子どもたちはわくわくしてみてくれます。だんだんと大人たちにも広がって、最後には皆笑顔になるのが常でした。
そうしてたくさんの村を回るうちにいつしか春が訪れていました。
誰が冬の女王と春の女王を交替させたのかわからなかった王様は誰にも褒美を取らせませんでした。
春が訪れ、夏が来て、秋になって、また冬が戻ってきても彼らは村々を回り続けました。
そしてまた春が訪れるのです。
その途中で、この国にしか咲かない花の蜜を集めてエルフの目を治したり、海に行って人魚の仲間に湖の素晴らしさを伝えたり、ドワーフの村に立ち寄って肉や魚の差し入れをしたり、少年と少女の村に帰ってとっても怒られたりするのはまた、別のお話。
彼らは今もどこかで、喜びをふりまいているのでしょう。
おしまい。