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血の雨が降るように血が降り注いだ、床にびちゃびちゃと。って言うか「血の雨が降るように」とかカッコつけたことを言ってみたけどよく考えたらまんま血の雨じゃん。私は身体中の空気を全て追い出す勢いで溜め息を吐いた。
「死んじまえ、私。」
例えば、一発抜いてから(とか言ったら男子の自慰行為的な意味に聞こえるけど)学校行こうと思って朝っぱらから腕に刺した注射針をぐりぐりしていたら急に勢いよく血が飛び出て、それに驚いてボウルを落としてしまった所為で台所の床が血だらけになってしまった時、あなたならどうするだろうか。瀉血とかしないから知るかそんなもん、だって? 想像力を働かせろバカ野郎、お前には困っている私を助ける程度の甲斐性も無いのか。まあそんなもの元から期待して無いけど。って言うかお前って誰だ。私は一体誰に対して語りかけているんだ。
とかぶちぶち独り言を言ってても床は綺麗にならないのは分かってる。とりあえず今はこの床を満たす赤い水をどうにかしなきゃ。目測で大体亓百ミリリットルくらい、つまりペットボトルほぼ一本分は抜いていたから、もう悲惨なものである。血が飛散して悲惨、なんちって。
……笑えよ、おい。
とりあえず二の腕を締めつけていた駆血帯を外して、腕の血管にぶっ刺さっていた針を抜いて、それから洗面所にある雑巾を持って台所に帰還。そして台所に広がる惨状を再び目にして死にたくなる。ってのは嘘だけど。いやどうなんだろ、嘘じゃ無いのかも知んない。私は死にたくて自傷行為に励んでいるんだろうか、それとも本当は死にたく無いんだろうか。分かんねー。自分でもどっちなのか全然分かんねー。まあそんなことどうでもいいんだけれど。
「はぁ……。」
本日何回目かなんて数えていなけれどおそらく十回は楽勝で超えているだろう溜め息を吐いて、雑巾で床をふきふき。一気に雑巾が赤黒く染まって行って数秒の内に彼は清く白い部分を失った。だけど血は結構びちゃびちゃに広がっているから、雑巾が血でひたひたになるまで拭いても全然終わりが見えないぜ。真っ赤に染まった雑巾を軽く洗って絞って、またふきふき。既に固まり始めているところもあるから、割とごしごし拭かなくちゃならない。それに、母親が仕事を終えて帰ってくるまでに証拠を完璧に隠滅しなきゃならないから結構急がなきゃ。サイアク、サイテー、ファック。誰だ、こんなことしやがったのは。私だよ知ってる、文句あんのか。ごしごし。がちゃ。
「……がちゃ?」
ヤ、バい、かも。焦って振り返ると、そこには煙草を吸いながらダルそうに台所を見回す母の姿があった。その紫煙で出来た薄い煙幕の向こう側には、「うわー何これ悲惨だな」とか言いたそうなツラした男が一人。一年ほど前からしょっちゅうこの家に来てる、母の男。
それにしても思ったより帰ってくるのが早かったなぁ、どこでもドアでも使ったんだろうか? とかしょーもないこと考えてる場合じゃ無いヤバい。
「死ね。」
母は氷点下七度くらいの冷たい声でそう言って、表情を全く変えずにてくてくと歩み寄ってくる。そして私は彼女が次に起こすアクションを知っている。それは私にとって酷く嫌なアクションだ。もうずっと昔から何度も何度も行われきたアクション。母親がゆっくりと右手を振り上げる。だけど私はブロックもエスケープもしないで目を瞑る。ぱしん、と私の頬が爽快な音を鳴らした。そして耳腔の中で全然爽快じゃ無い耳鳴りが喚き出す。ヘイマイマミー、平手するのは別にいいんだけど、いやよくないけど、とりあえず出来るだけ耳に負担を掛けないような叩き方でよろしく。口の中が切れちゃうのはもう仕方無いって諦めてるけどさ。血の味は別に嫌いじゃないし。
って言うか、痛い。超痛い。思わず心の中で「マジあり得ないんですけど死んでしまえババァ」とか罵っちゃうくらい痛い。え、イタいのはお前の頭だって? 知ってるけどそれ以上に頬が痛いんだって。私は思いっきり母を睨んだ。上目遣いに睨み過ぎて眼球が一回転しちゃうんじゃ無いだろうか。いやあり得ないけど。
「そんなことさせる為に生かしてるんじゃねえんだよクソガキ。」
母は私を睨みながら吐き捨てるように言う。じゃあ何の為に生かしてるの? いやまあ知ってるんだけど。
それにしても“クソ”ガキってことはもしかして私、母親の肛門から排泄されて生まれたのかも知れない。……茶色い汚物まみれで産声を上げる赤ん坊を想像したらちょっと吐きそうになった。
母は血溜まりの上に唾を吐くと、退屈そうに自分の爪を弄っていた男の手を引いて寝室へと引っ込んでいった。ばたんと音を立てて閉まった扉をしばらく見つめていると何だか無性にイライラして、私は髪の毛をがっしがしと掻き毟る。はらりはらりと床に落ちる髪の毛。最近、ちょっと掻き毟っただけでこうだ。成人するころにはハゲてるんじゃ無いだろうか、私。
そんなの嫌だ。
「バイバイ。」
私は注射針とか駆血帯とかあと飛び散った血とかその辺を全部ほったらかしにして、扉の向こうの母親に向かって別れの言葉を呟いてから家を飛び出した。グッバイ、グッバイ、マイホーム。




