3 ぼろぼろだらけ
その頃、三人の影こと乙は駅から超高速リニアで約50キロ離れた中央トショカンに向かい、5分後に到着していた。
無論、ヴァーチャルでも利用可能なためリアルで来訪する人はきわめて稀だろうが、エイジの意図はみんな理解していた。
デジタル化されてなかったり、オンラインにない古書のたぐいをはじめとする制限されたコンテンツを閲覧するためにはリアルで赴き、貸出作業をおこなう必要があるのだ。
エイジ乙を先頭に三人で豪奢な扉を開けると、受付に黒髪ロングの司書アンドロイドがいてIDのチェックや貸出登録をおこなうことになった。
認証は数分で終わったが、ルカ乙は飽きてあくびばかりしていたし、極楽鳥みたいなヤオ乙は追加で入念にボディチェックをされていた。
「あのアンドロイド、見た目は女の人だけど、中身はおじさんかな。あちこち触られた」
「――いずれ大戦に発展しそうな見解の相違だね」
ルカ乙が微笑を浮かべたが、当然エイジ乙は無視した。
入ると、トショ検索機の奥に無数の木製書架がならび、ルカ乙は美術館のようだと感じ、ヤオ乙は深い森の奥のようだと感じ、エイジ乙はビル街のようだと感じた。じっさい、どれも不正解かもしれない。
網膜レンズに「お静かに」という注意が表示され、三人はそれに従いつつ移動する。
書架を通りぬけたさきに閲覧席があり、スーツにシルクハットといったいかにも前史趣味的な古風な恰好の人たちが書物やら誌面やらをみつめていた。
全員、長居が高じて慢性的な肩こりをかかえているかのようなだらけたポーズになっている。
「ドガの〈オフィスでの肖像〉みたいだね」とルカ乙がささやいてきたが、エイジ乙には意味がわからなかったし、ヤオ乙はくしゃみを返しただけだった。
突きあたりまでいくと、別の型(ブロンド眼鏡)の司書アンドロイドが板チョコみたいな扉のまえに立っていた。
「資料室」と書かれており、網膜レンズに「関係者以外立入禁止」と赤字の点滅で表示された。
しかし、エイジ乙がアイコンタクトをすると、ブロンド眼鏡アンドロイドがにっこりして、板チョコが真っ二つに割れるみたいに両開きになった。
「え、どういうこと?」とルカ乙が驚き、「部屋のなかが真っ暗じゃない?」とヤオ乙も心配そうだったけれど、エイジ乙はさくさくと先に進む。これはエイジの夢だからだ。
すると、暗いトンネルのようなところをくぐりぬけ、ふいに部屋が明るくなった。
大聖堂のような内装に、赤いじゅうたん、そこかしこに前史でも容易にみられないような古めかしいキャンドルが配置されて、謎の演出がなされている。はっきりいって、ちょっとうざったい。
そして三人の正面には、すそやそでがぼろぼろになった紫のような茶色のような布の服をきたおじさんがいた。
「――よくきた若者たち」
ぼろぼろ服のおじさんの顔が笑おうとしてひきつった。笑顔を忘れている感じだ。
エイジ乙は、歴史の授業で前史の日本人について学んだときに、そんな作業服をみたことがある気もした。ふとさっきまでしていた坐禅を思いだす。
「わたしはこのときを待っていたのだ。もうかれこれ2000年近くのあいだ」
ヤオ乙がふたたびくしゃみをした。
ほら、意識をこっちに集中しすぎると鼻がやられるだろ――とルカ乙が勝ち誇る。展開さえもほこりっぽい。
「というのは大げさすぎるけど、要するにわたしは代々メッセンジャーとしてこのトショカンに古書のごとく眠ってきた一族の末裔なのだ」
ヤオ乙が鼻水をたらしたので、ルカ乙が面倒見よくティッシュをだしてぬぐった。
ヤオ乙が、ああ、もうやだ、目もかゆい、そとにでたいと文句をたれはじめる。
「まァ、どうでもいいか。これを授けよう――もっていきなさい」
蚊帳のそとになりかけたぼろぼろ服のおじさんはややふてくされて、ぼろぼろの紙の束をエイジ乙に差しだす。
エイジ乙が受けとると、ぼろぼろ服のおじさんは背を向ける。
「きみたちの知りたいことはおおむね、そこに書かれているだろう。面倒だろうけど、目を通したらいい。これ以上の説明は省こう、尺の都合もある。では、さよなら――」
ぼろぼろ服のおじさんの背中が発光したかと思いきや、三人は中央トショカンのそとにいた。
チヨチヨとすずめが三羽、地面を歩いているぐらい平穏である。イベントが終わったあとに入口までワープできるのはありがたいね。
「なになに、それなに? みせてみせて!」
ヤオ乙がはしゃぐので、エイジ乙が手渡すと、思いのほか束がぼろぼろで崩れ落ちそうになった。
「わぁ、すんごいアナログ! 紙だよ、くさいよ!?」
エイジ乙は取りかえすと、「とりあえず、影踏みをオフだ」と号令をかけ、三人はそれぞれの甲と結合した――。




