4 木陰で坐禅
連結された三つの移動用ポットには、いやに感傷的な管楽器の音色が流れている。
乙たちが中央トショカンにいたとき、甲たちはポットのなかでだらだら過ごしていただけである。
エイジ甲はにくまんを放置して考えごとをし、ルカ甲はにくまんを食べて炭酸を飲んで地域ニュースを眺めて、ヤオ甲はいやに感傷的な音楽のメロディの鼻歌を楽しげに口ずさんでいた。
「ああ、オレの喰ったにくまんがジューシィだって影がいってる」
ルカが影踏みジョークをいった。だれも笑わないけれど。
甲と乙が結合したのち、甲が乙の、あるいは乙が甲の経験に基づく言葉遊びをすることが影踏みジョークとして第六世代以降、比較的流行した。
規程のない技術によるものだが、AI(もしかしたらFD)が文化的におもしろいと判断したのかもしれない。「しまった、甲と乙を逆にしとけばよかった」からはじまり、「乙がびびりのせいで、どきどきがとまらない」とか「くそ、乙ばっかりモテやがって、やっぱり男は影があるほうがいいのか」とか他愛もないものばかりだが、第六世代の頃は10年ごとに影踏みジョーク大賞なるものが設けられていたし、世代が進み下火になってからも影踏みジョーク読本とか、影踏みジョーク選集なるものが不定期に発売されていたりするが、それはそれ、これはこれ。
エイジたちの移動用連結ポットは現場まであと30分ほどに迫っていた。
エイジは手もとのかび臭く、傷みがはげしい紙束に目を通す。
網膜レンズのサポート機能は切った。そもそも、どこが重要か、そもそも重要なのかどうかがわからない情報だからだ。じっさい、読み終えたあともそうだった。
「なになに、どうだった?」
ヤオが訊ねてきた。よくみると、動物の耳を模したようなヘッドフォンをしている。深い意味はないだろう。
「さっぱりわからんな――とりあえず現場周辺は前史では山だったらしい」
「いまは森なんだよね」
ルカがあくびをする。飲み食いのせいだろう。
「そこに埋葬された人がいるらしいんだが――」
エイジはなぜかつづきを話す気がしなくなり、黙りこむ。なにかがわかりかけた気がするが、なにもわからない。ルカは眠気を噛みころし、ヤオは鼻歌に忙しい。
そうこうしているうちに現場付近までやってきた。移動用ポットの自動操縦が停止し、ドアが開く。
どうやら地盤の陥没があり、ポットが安全に走行できる経路がないということらしい。「お気をつけください」と音声が流れた。
三人は降りて、でこぼこになった経路を迂回して、徒歩で進むとすぐ森がひろがった。
一面、いろんな種類の緑色の植物が茂っていた。
網膜レンズに表示された当該地は歩いて1キロくらい先だった。
ときどき、数十メートルを超える樹々もまざっているため、臨時ニュースでみた「植物の暴走」なるものが、どの程度のものなのか想像つかない。
そもそも、すでに植物が暴走レベルでふさふさに生い茂っている。そういう意味では臨時ニュースの記載に興味がでてくるが、エイジはクールが売りなので言葉にはしない。
「まさかのピクニックとは……」
ルカがぼやく。
「おやつも買ってくればよかった」
「ひもじくなったら、デリバリーだよ」
ヤオがドローンを模したであろう奇怪な動きではしゃいだので、エイジはにらみを利かせる。空気が読めない提案は一掃する。それが自治というものだ。容赦ないエイジにらみに、ルカもヤオもしゅんとした。
「行くぞ――」
エイジは満足すると、率先して粛々と歩きはじめる。ルカはため息、ヤオはむくれたものの、結局つき従った。
ものの見事に原生林で、ものの5分で4、50メートルはあろうかという太い樹も出現しはじめた。
あまり面識のない蝶やとんぼみたいなやつが目前を通過した。
蔓性の植物に足をとられながら「虫がいっぱい、暑い、つかれた」とヤオが文句をたれはじめ、ルカもどこかから聞こえた極楽鳥を彷彿とさせる絶叫のような鳥の声に「え、ヤオじゃないよね」と真顔でボケつつ汗をぬぐう。
葉っぱや樹や虫や鳥や藪にひそんだ小動物などに反応する網膜レンズの解析表示がうざったいので、エイジはすべての機能をオフにした。じっさい、機能に頼っているルカやヤオはおばけ屋敷なみにあっちこっちに驚いたりおびえたりと混乱しているようだ。
傾斜があがりはじめ、エイジたちの息もあがりはじめる。
ルカが「こりゃしんどいな、ヴァーチャルでもよかったかもしれない」と嘆き、ヤオが「虫に刺された、かゆい、飽きた、足が痛い、苦しい、暑い、汗かいた、のど渇いた、シャワー浴びたい、つかれた」と文句製造機と化したが、エイジは黙々と先導する。
そして――ふいに視界が開けた。
言葉がでなかった。
目前には巨樹があった。
それも想像を絶する大きさである。
頂上がみえない塔のような高さで、傘のようにひろがる枝葉はまるでドームのようだった。首をたくさんもつ大蛇のような根っこがエイジたちのすぐ目前までにょろにょろと伸びてきている。遠景はおなじような森がひろがる谷だったが、それさえも覆い隠すほどの巨大さだった。
しかし、なにより異常なのが、その巨樹がまるで発熱して発狂しているかのようにうごめいていることだった。
苔の生えた山肌のようながさついた灰茶色の幹はところどころメキメキとひび割れ、無数にできたグロテスクなこぶからはチャコールグレーの粘液とともにスモーキーピンクのガスが噴きだしている。
「わぁ……解析不能ってなった!」
ヤオが叫ぶ。
「レンズにへんなログが満載!?」
「安全性さえも評価されない――」
ルカも不安げに目を泳がせる。
「うげぇ、なんかクサい。あのガスは吸ってもだいじょうぶなのか……?」
網膜レンズの機能がバグっているようだが、もともとオフにしているエイジには気にならない。
どうやら周辺には臨時ニュースをみて駆けつけた人たちがそれなりに集まっているようだが、みな一様に不安げに、所在なさげにしてなりゆきを見守っている。
「なんなんだろう、この樹……? まるで生きてるみたい。あ、まぁ、そりゃ生きてるか」
ヤオがうわくちびるをかむと、ルカも眉をひそめる。
「わかるよ、まるで病気みたいな感じだ……これほどの質量に対してエラーがでるってどういうことだ?」
「トショカンでもらった紙束には――シゲル・オザワと書いてあった。それがこいつの名まえだ」
エイジがふいに話しだしたので、二人がエイジをみる。
「シゲル・オザワ? まるで人みたいだね。古代の日本人って感じ」
ヤオが片目を大きくする。
「いや、わからないぞ、オザワのザワってさんずいの沢のことなんだとしたら川べりのことだろ。単純に沢に茂っている樹木って意味かもしれない」
ルカが腕組みする。
「人……なんだろうな」
エイジは樹をにらみながらつぶやく。
「2022年――前史の終盤にシゲル・オザワの頭部から生えたちいさな芽がこの巨樹の発端らしい」
「頭部?」「芽?」
ルカもヤオも目をぐるぐるさせる。気持ちはわかる。
「シゲル・オザワはその三年後――2025年、50歳のときに当時の流行り病で逝去した。そのまえに知人に遺言を頼んでいて、知人は頭部だけを森にかくして埋めたっていうんだな……」
ルカもヤオもお手上げの反応をする。気持ちはわかる。
「紙束は本人の遺言と遺言執行者の手記の合綴本だった。シゲル・オザワの署名もほぼ消えかけていたけど、確認はできた。本物かは知りようもないけどな」
「え、その知人の子孫があのトショカンにいたぼろぼろのおじさん?」
ルカが眉間にしわをよせる。
えぇ、なんかすごいじゃん、握手しとけばよかったとヤオが両目を大きくしたが、エイジは無視する。その気持ちはわからない。
すると、天井のように空を覆っていた無数の枝葉が、まるで強風にあおられたかのようにいっせいにざわざわとさざめき、多くの葉がとれてはらはらと舞ってきた。
同時に、幹なのか根なのかわからない樹の内部からごぷりごぷりと詰まり気味の排水溝のような音がして、突然、幹の割れ目やこぶから冗談かと思うほどの粘液が濁ったガスとともに噴きだし、霧のように拡散する――。
ヤオだけでなく、近くでならんで観察していたカップルの女も悲鳴をあげた。
「やだぁ、気持ち悪ぅ!」
突如、地面がぶるぶるゆれた。
「え、地震!?」「ヴァーチャルじゃないよな!?」
ヤオとルカがあわあわする。
そして、熱病にかかったかのような巨樹が突然、宙にもちあがりだした。
固い土壌や岩石がからみついた無数の根っこがめりめりと音をたてて暴れ、枝から大量の葉をまき散らし、幹をうならせながら、シゲル・オザワは空に向かって昇りはじめる……。
「おい、ちょっと離れよう――土砂がくる!」
ルカが口をおさえて叫ぶ。ねぇ、前史のアニメにこういうのなかったっけ、樹みたいな城が空に飛んでっちゃうやつ――とヤオがおっかなびっくり、それでいてうれしそうにわめいている。
しかし、エイジは樹から目を離さず、歯噛みする。こめかみに汗が流れた。
こいつ……なにをたくらんでやがる――?
両親だってだいたい意味不明なのだ。比べることも正否を問うこともできそうもない50歳の原始人の考えなどわかるはずもない。
すると、ルカがエイジの腕をつかんできた。
「あぶないって、ちょっとさがろうぜ?」
離れた岩場に見物人たちが集まっており、そこからヤオが手招きしている。
エイジがルカとともに岩場に避難すると、ヤオが声高に「ねぇ、少し離れたら機能が復活したよ、それで2025のシゲル・オザワで検索をかけたら、曖昧な情報がたくさん流れてきた!」とはしゃいだ。
「シゲル・オザワはHi-Kiこもりシステムの考案者ОZのことだとか、じっさいの死因は当時の流行病じゃなくて、ガールフレンドにふられたショックだとか、2025には死んでいないとか、じつはまだ生きているとか――」
その瞬間、宙に浮いてぐらぐらと振動する巨樹から、まるで巨人が激しく咳きこんだかのような、水滴まじりのものすごい突風が吹いてきて、全員が顔をかくしてやりすごす。
それにより、岩場にいる人々の多くが黙りこんでしまった。
全員が全員、それぞれの想いをうちに秘めて、徐々に空へと昇る巨樹をみつめる。
ヤオはすべてを呑みこんでしまうピンクムーンが現れたかのようにウキウキと瞳をかがやかせ、ルカはまるでルドンの〈夢〉をみたかのようだと目を細めて及び腰になり、エイジは異様な高さまで延びたセイタカアワダチソウの群れを眺めているような心地がしていた……。
どうやらこの夢はなかなか醒めそうにない――エイジ・イワイは夢のなかで、坐るところをさがした。




