2 感傷の鑑賞
「つれないね。臨時ニュースなんてめずらしいのに」
ルカがいうほど残念でもなさそうにいう。
「エイジはときどき、キキュウに乗っちまいそうな気がするな」
「そうかね」
エイジは無感情に応える。
「もう乗ってるかもしれないぜ」
エイジの真顔のジョークに、ルカは「ちげぇねぇ」とカラカラ笑った。
自分でいっておいて、少しも面白くないとエイジは鼻を鳴らす。
「いいじゃん、行こうよ!」
すると、エイジの網膜レンズの20%ほどの視界に「ピコーン!」とヤオ・イシスが割りこんできた。
おそらく、ルカのほうにも同様の出現をしたはずだ。
アクセスを許可した覚えがないのだが、ヤオは熟達したエンジニアなので平気でそのくらいのことはする。
視覚エフェクトではなく、リアルに髪色や瞳をピンク色にしているへんな女友だちでエメラルドシティの同級生である。
ちなみにエイジはルカとは中米の大衆酒場で、ヤオとはアフリカの古代遺跡で接触をもち、なんとなく腐れ縁がつづいている。
「ちょっと面白そうだよ!? アクセスできない情報が多すぎて!」
ヤオが興奮している。そういうときはだいたい不穏なのだが。
「へぇ、そりゃいいね――」
ルカが応えて雑談しているあいだに、エイジはさきほど表示されたニュース記事を復元してみる。
しかし、読みかえしても「現在地から130キロの距離で、植物の暴走が起きつつある」というきわめて曖昧な、情報とも思えないような内容しか書かれていなかった。
あまりないことかもしれないが、こんなものをどこぞのAIが緊急情報と判断した理由がわからない。
「――どの程度、探れた?」
エイジが関心をもったことに、ヤオが喜んでにんまりする。
「それがすごいんだよ。現場周辺が森ってだけで、それ以外は閲覧制限かかりまくり」
「……なんでニュースになったんだろうな?」
便乗して映像に切り替えたルカが首をかしげる。
「危険でもあるってことか?」
いい線だが、物理的な非常事態ならもう少し別のアプローチがあるのではないか、エイジも首をひねる。
「いいぜ、行ってみよう。その代わり、トショカンに影をまわそう――」
エイジの提案に、ルカは口笛を吹き、ヤオは「ああ、待って! おしゃれするから!」と楽しそうにあわてた。
待ち合わせ場所は30分後にヤオの現在地に近いコンビニと、最寄り駅の二か所を指定し、通知しておいた。
そしてエイジは量子もつれ機能(通称、影踏み)を利用して、意識を二当分した甲と乙に分離し、エイジ甲は移動用ポットに乗りコンビニに、エイジ乙は歩いて駅に向かった。
この場合の乙を「影」と呼ぶのである。
影踏みは個人をふたつに分け、同時に管理するという第五世代の頃に生まれた技術だったが、当初分離に失敗する、結合に失敗する、意識が投影できずにどこかへ消えてしまう、などのトラブルが多発し、試行錯誤の結果、使用が推奨されないかたちでいまに至っている。
実体的なリスクがあることと、リアルでのものの価値が相対的に下がったことで、厳格な取り決めはなく、自己責任の範疇をでないツールになったのだ。
コンビニの駐車場にポットをとめると、すでにルカ甲のポットが停まっていた。
エイジ甲は自分も飲みものでも買うか迷ったが、降りて自動ドアまで歩くとルカ甲がレジぶくろをさげてウィーンとでてきた。
「ヤオは?」
二人同時に訊ねてしまった。
二人ともヤオの所在をポットで追っていなかったのである。
そのあたりの息の合いかたが相性のよさなのかもしれないが、その程度でいいのなら全世界の5分の1ぐらいの人は相性がよいことになる気もする。
じっさい、よいのかもしれないがエイジにはどうでもいい。
ルカ甲がにくまんを渡してきた。
「おひとつ、いかが?」
すると、ピンクのポットがコンビニにつっこむ勢いで爆走してきて、二人のまえで急ブレーキをした。
三角錐のポットがまるくたわむぐらいの停車っぷりだった。
極楽鳥のような装いでピンク髪、ピンクの瞳をしたヤオ甲が跳びだしてくる。
「遅かったね」
ルカ甲がにくまんをかじりながらいう。
「うん、にじ色スプラッシュなおしっこしてた」
ヤオ甲がにっこりする。
ルカ甲はもぐもぐしながら少々考えて、「いいね、浴びてみたい」とほっこりした。
「おい」
エイジ甲は叱りつける。
「ここはアラフォーのようちえんじゃねぇぞ。弁えろ」
エイジ甲の凄みに、ルカ甲とヤオ甲はしゅんとして眉をひそめた。
これでこそ自治というものだ。
二人がちらちら上目づかいで反省しているようなので、エイジ甲は気にしていないそぶりで、「よし、行こう」と声をかけた。
「ポットを連結させる」
三角錐の移動用ポットは何連結でも可能なのだ。ルカ甲とヤオ甲はうれしさでたちまち元気になる。「あれ、ルカの意識は等分散じゃないね?」「ああ、オレはにくまんを心ゆくまで味わいたいから影の意識は10%」「感覚がにぶくなるよ?」「トショカンはほこりっぽくて苦手だから、むしろ歓迎」「あれ、ルカは前史の芸術が好きだっていってなかったっけ?」「ああ、でも美術オンリーだよ」「私は前史のアニメや音楽が最近お気に入り。いやに感傷的で最高なんだ――」
すると連結したポット内に、雷さまが打ち鳴らしているみたいにドンツクドンツクうるさいリズムと雷みたいにうるさい弦楽器と、雷に打たれたみたいなハイトーンヴォイスが流れだす。
エイジ甲は顔をしかめたものの、たまのドライブなのだから多少ハメをはずすことぐらいはゆるすことにした。




